俺が髪の毛を洗い終えると、ステラは身体を洗い出した。
無防備に入浴着を脱ぎ散らかそうとするのは流石に子供だ。
とはいえ、彼女もレディ。俺はそっとその場を離れ、彼女と仲が良いヴィクトリアに、身体を洗うサポートをお願いした。
こくりと頷く、銀髪の機械人形。
「お任せくださいマスター! ステラさんはこのヴィクトリアが、きちっと洗浄してみせます! さぁ――高圧洗浄機展開!」
「やめなさい!」
腕の中から銃のようなモノを取り出した彼女を俺はあわてて止めた。
いつも思うが、ヴィクトリアの身体はいったいどうなっているんだ。
神仙が作った仙宝――だそうだが、あきらかに容量がおかしい。
「それではステラさんを洗いに行ってまいります。その後は、私もマスターと……」
「お、俺と……?」
急に色っぽい顔をして、頬を赤らめるヴィクトリア。
女の子らしく遠慮がちな声で彼女は――。
「身体の隅々まで注いでください……♥」
「ちょっとまってくれ! みんながいるんだぞ!」
「機械油を。洗浄後には、可動部のケアが大事です」
「…………まぁ、それくらいなら」
俺を誘惑しているのか、からかっているのか、反応に困るお願いを言うのだった。
まぁ、メンテナンスならいいだろう。
今日はみんなを労うための旅行でもあるわけだし。
ステラと湯船を出たのがこれ幸い。
せっかくなので、俺も自分の身体を洗おう。
海に囲まれているが淡水の水源に乏しいモロルドでは湯浴みをするのも難しい。
川や池に飛び込めればいいのだが――領主の身分では軽々しくそんなこともできない。岳父どのに頼めば雨くらい降らせてくれるだろうが。
腕を手ぬぐいで拭き胸と脾腹を擦る。
内股を丁寧に拭いて、足のかかとを軽石で擦る。
案外、外での入浴はいろいろなことに気を遣わなくて楽だ。
「旦那さま、やっぱりいい身体だわ……じゅるり」
「せやなぁ。食べてまいたなるなぁ……ふふふ」
「ぴぃ~? セリンおね~ちゃんも、ルーシーおね~さんも、なにいってるの? おに~ちゃんはたべられないよぉ~?」
「ステラさん、それはきっと違う意味で……」
妻の視線は気になったが。
なにを堂々と見ているんだろう。
俺の身体なんて、見ても面白くないだろうに……。
ふとその時、背中に突き刺さる視線を遮るように――白い髪と焦げた身体が、俺と彼女たちの間に入り込んだ。幼馴染みのララだ。
「ケビン、背中を流そう」
「あぁ。久しぶりに頼めるか」
久しぶりに会った幼馴染み同士、水入らずといこう。
妻たちは悲しがったが、俺は古くからの友人に背中を預けた。
俺の背を木綿の布で擦る、ララの手つきはたくましい。
子供の頃に川で水浴びをした時も、彼女にはこうしてよく身体を洗ってもらった。
その頃はどこか頼りなかったが――。
「やっぱり、変わったなララは」
「そうかな……? あまり、自覚はないんだが?」
「いや、背中を洗う手つきひとつとっても、逞しくなったよ」
「……たくましく、か」
俺としては褒めたつもりだっただが、ララの手つきが少し弱まった。
女性への褒め言葉ではないな。
とっさに俺はふさわしい言葉を頭でかき集める。
「すまない、たおやかというべきだったかな?」
「……たおやか、か。うん、そう言われると、嬉しいかも」
「それと、時々昔に戻ったみたいに喋るのも、可愛いぞ」
「か……可愛いはダメだ! ケビン! 私は奥さんじゃないんだからな!」
ララがぽんぽんと俺の背中を叩く。
すっかりと草の民となった幼馴染みの猫パンチは――想像以上に重たい。
口から変な汁が出そうだ。
昔のノリで、じゃれ合うのは今後は控えるべきかもな。
「けど、本当にケビンが領主さまになってくれてよかった」
「…………ララ?」
ララがパンチの手を止める。
「本国から領土放棄の話が来たとき、草の民はクーデターを考えていたんだ。モロルドを自分たちで統治しようって。私は、争い事は嫌だったから『やめよう』と言ったが……みんな、聞いてくれなくて」
「そんなことが……」
てっきり、俺が領主に就任してから、草の民は不満を募らせたのだと思っていた。
だが、どうもそういうことでもないらしい。精海竜王のことを領主に黙っていたのもだが、草の民との関係は昔から緊張状態にあったようだ。
王国からの領土放棄は、その緊張関係を表面化させるきっかけだったか――。
「けど、ケビンが王様になって、ちょっと様子を見ようってなって。最後は、こんなことになっちゃったけど、それでも王様としてみんなケビンを認めた……!」
「ララ」
「本当はね、ケビンは大臣になると思ってた。それか将軍さま。そうなったら、私が草の民の技で支えようって……ケビンを陰で助けてあげようと、思っていたんだ」
そんな思惑で村を出たのか。
知らなかった。
けど、幼馴染み想いのララらしかった。
俺は妻だけでなく、幼馴染みにも恵まれている。
本当に、俺のような呪われた子には、もったいない人たちだ。
だからこそ――。
「そしたらね、私の幼馴染みは領主さまになっちゃった。それも、とっても聡明な」
「あぁ、これからも、ララやイーヴァン……島のみんなを守るために、俺は頑張るよ」
俺は彼女たちの誇れる領主でありたいと願った。
耳元で「なれるよきっと」とララが囁く。
ちょっと色っぽい口ぶりにびっくりして驚くと、彼女は桶に入ったお湯を、パシャリと俺の顔に浴びせかけた。
けっして昔のララではしないこと。
けれどもその表情は、無邪気な笑顔だった――。
「ケビン、これからも私のことを遠慮なく使ってね! そのために頑張ったんだから!」
「…………あぁっ!」
「あ、けど……セリンさんたちみたいに、癒やしてあげるのは無理かも」
そんなことはないさ。
今、こうしているだけでも、俺はララに癒やされているよ。