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第35話 絶倫領主、剣を取る

 勝敗は決した。

 御前試合は先に二勝した領主側――俺たちの勝利だ。

 これ以上、戦う理由はない。


 しかし――。


「ちくしょう……! こんなはずでは……!」


「いつの間にこれだけの人材を集めていたんだ……!」


「納得がいかない! そもそもアレは人間ではなく、モンスターではないか!」


「そうだ! 最初の戦いもだまし討ちだった!」


 草の民たちは試合の結果に納得していなかった。


 当たり前だろう。

 強い者に従うのが草の民の習性とはいえ、文句がないわけではない。

 あくまで力で無理矢理に従えるだけのこと。


 彼らはこれからも、俺たちに恭順するフリをして、不満を内にため込むことになる。そしてそれはいつか――俺の子か、孫か、子孫の代で爆発するだろう。


 俺とてそれが分からぬわけではない。

 しかし、これ以外に落とし所がないのだが、仕方ないだろう――。


「では、大将戦と行こうか、モロルド領主よ!」


 その時、広場に若い女の雄々しい声が響いた。

 弓に矢を番えながら、眼帯を解いた彼女は、覇気に満ちた眼差しを俺に向けた。


 想定外の申し出だった。

 すでに領主側の勝ちは覆らない。

 大将同士が戦うことに意味などない。


 にも関わらず――幼馴染みは俺に雌雄を決する試合を求めた。


 非合理的な彼女の発言に、我々はもちろん草の民さえ驚く。

 恥知らずとララをいさめる草の民さえあった。


 しかし――。


「分かった! その勝負受けよう!」


 俺は堂々と、隠弓神――白虎の獣人の誘いに乗った。


 聡い彼女のことだ、きっとなにか考えがあるに違いない。

 そう信じて――。


 なんでもないショートソードを抜き、俺は広場の中央に向かう。

 大上段にそれを構え、俺は来いとララを視線で挑発した。


 ララが小型に改良したボウガンを握りしめる。

 彼女が狩った獲物――その毛皮で作られたマントを脱ぎ去れば、日に焼けた逞しい身体が露わになる。しっかりと女性的な部分を残しながら、猛獣のように隆起した筋肉に、また場が静かにどよめく。


 あれが、草原の覇者か、と。


 本当にやるのかと迷う審判を「はやく合図を!」と俺が睨む。

 彼は逡巡した後――。


「大将戦! 開始ッ!」


 高らかに勝負開始の合図を叫んだ。


 巻き上げ式のボウガンの留め具が外れる。

 勢いよく飛び出した矢は、俺の正中線を正しく捉えていた。

 当たれば胸部。絶命の可能性は十分ある。


 それは紛れもなくララの必殺の一撃。

 本気で俺を殺しにきた攻撃だった。


 モロルドに棲む多くの獣を屠ってきた弓神の矢が迫る。

 あわや俺も彼女の哀れなウォートロフィーになるか。


 しかし――俺は剣の柄を、地面に向かって振り下ろし、迫り来る矢をたたき落とした。


 ショートソードの自重を使い、弓の動きに合わせた一撃を繰り出せた。

 剣を取るのは久しぶりだが、自分でもよくできたと思う。対人戦であれば、俺もそこそこ戦えるのかもしれないな――。


「動きが止まっているぞ! ケビン!」


「なっ! 接近戦だと……ッ!」


 しかし、うぬぼれる暇もなくララに組み付かれる。

 隠弓神の名から、完全に近接戦闘の可能性を除外していた。


 あっという間に彼女に組み伏せられる。

 首筋にナイフを突きつけて、幼なじみの白虎が俺にまたがる。

 その顔はすでに勝利を確信し、しかし少しも気の緩みを感じさせなかった。


「……私の勝ちだな」


 そう宣言すれば、広場にたちまちどよめきが溢れかえる。


「そんな! 旦那さまが負けるだなんて!」


「おに~ちゃん、よわよわなのぉ~!」


「あらあら、せやからやめときなはれって言うたのに。これは今後もしっかりと、うちが旦那はんを護衛せなあきまへんなぁ……!」


「マスターの勝率は0.01%。その僅かな可能性に賭けましたが……無念です!」


 俺の敗北を悔しがる夫人たち。

 同じく、近衛たちも俺の敗北に落胆した。


 期待に応えられなくてすまない……!


「だからやめておけと言ったんだ。昔のララと思って挑んだ、お前が間抜けだよ」


「イーヴァン……お前は少しは心配しろ!」


 軽口を叩くのは銀猫ばかりだ。


 ただ、肝心なのは領主側ではなく、むしろ草の民の側。

 俺とララとの一騎打ちに、彼らは何を思うのか――。


「領主に勝った! ララが勝ったぞ!」


「最後に草の民の意地を通せた!」


「よくやった、ララ……」


「いや、待て! 聞いた話しによると、ララは領主と幼なじみらしい!」


「じゃあこの勝利は、俺たちを懐柔するための演技ということか⁉」


「バカを言うな! あのやりとりが演技かどうかなど、見れば分かるだろう!」


「では、二人はなぜこんなことを…………!」


 ララ以外の草の民が何かに気がつく。

 そして俺もまた、ララの真意をこの時やっと理解した。


 つまるところ――彼女は俺の草の民への敬意を伝えたかったのだ。

 ルーシーが勝利した時点で、勝負を切り上げてしまってもよかった。領主陣営の勝ちということにし、無理矢理彼らを従わせることもできた。


 けれども、俺は彼らを支配をしたいのではない。

 俺は――草の民とわかり合いたいのだ。


 だから、ララの申し出を受ける。

 ララはそう信じて、俺にこの話を持ちかけたのだ。


「ララ、強くなったな」


「……ケビンも。随分と男らしくなった」


「流石は草の民の大将だよ。見事だ」


 俺は、草の民のララを認めた。

 それは同時に、草の民の尊厳を公の場で認めることだ。


 けっして彼らを粗略に扱わない。

 その実力を認め、人間として尊重する。

 言葉で伝えるのが難しいそれを、ララはこの勝負を通して仲間に伝えたかった。


 はたして、そんな彼女の願いは――。


「……モロルド領主ケビンどの! 我ら、草の民の負けです!」


「貴方の度量! そして気品! 誠実さ! すべてを今、我らは理解しました!」


「此度のことについて謝罪させていただきたい!」


「また、貴方のことを絶倫領主だなどと揶揄したことも……!」


 賢き草の民に届いた。


 彼らはまるで、古くからの俺の家臣のようにその場に頭を垂れた。

 そして次々に国と俺への忠誠を誓ってくれた。


 すべてララの狙い通りだが――。


「よしてくれ。此度のことは、我らがわかり合うために必要なこと。一方的にどちらかが詫びることではない。それよりも、貴殿らの知恵をこの国のために貸してくれ……!」


「「「…………はいッ!!!!」」」


 彼らがすべて罪を被ろうとするのは俺が止めた。


 こちらもいささか性急だった。

 今後はもっと、領民の声に耳を傾けよう。


 さて、これにて一件落着だが、なんだかどっと疲れたな。

 思えばセリンを娶ってからというもの、トラブルに次ぐトラブルで、ろくに骨を休める暇もなかった。おまけに、ララの腕力が意外に強いのだ。


 身体の節々が痛くてかなわない。

 これはちょっと療養が必要かもな……。


「ふぅ、湯浴みでもしようか。溜まった疲れをなんとかしたい」


「領主さま! それなら、我ら草の民が秘匿しておりました、温泉がございます!」


「…………え?」


 流石にこの流れで「いや、ちょっと……」とは言えない。

 かくして俺は、草の民が勧めてくれた、秘湯に向かうことになった。


「よいですねぇ♥ 旦那さまと一緒に温泉ですか……♥♥」


「ぴぃぴぃッ! よくわかんないけど、楽しそうなの!」


「ほな、すぐに用意しまひょ♥♥ うちも戦いの汚れを落としたかったんえ♥♥」


「ヴィクトリアは完全防水&排熱処理も完璧! マグマに落ちても大丈夫です!」


 嫁たちも一緒に。


「じゃあ、私が案内するかな。一緒に、入ってもいいか……ケビン♥」


「ララも⁉」


「…………ダメか?」


「いや、まぁ……ダメじゃないけど」


「…………ふふっ、やったぁ!」


 あと、幼なじみも。

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