勝敗は決した。
御前試合は先に二勝した領主側――俺たちの勝利だ。
これ以上、戦う理由はない。
しかし――。
「ちくしょう……! こんなはずでは……!」
「いつの間にこれだけの人材を集めていたんだ……!」
「納得がいかない! そもそもアレは人間ではなく、モンスターではないか!」
「そうだ! 最初の戦いもだまし討ちだった!」
草の民たちは試合の結果に納得していなかった。
当たり前だろう。
強い者に従うのが草の民の習性とはいえ、文句がないわけではない。
あくまで力で無理矢理に従えるだけのこと。
彼らはこれからも、俺たちに恭順するフリをして、不満を内にため込むことになる。そしてそれはいつか――俺の子か、孫か、子孫の代で爆発するだろう。
俺とてそれが分からぬわけではない。
しかし、これ以外に落とし所がないのだが、仕方ないだろう――。
「では、大将戦と行こうか、モロルド領主よ!」
その時、広場に若い女の雄々しい声が響いた。
弓に矢を番えながら、眼帯を解いた彼女は、覇気に満ちた眼差しを俺に向けた。
想定外の申し出だった。
すでに領主側の勝ちは覆らない。
大将同士が戦うことに意味などない。
にも関わらず――幼馴染みは俺に雌雄を決する試合を求めた。
非合理的な彼女の発言に、我々はもちろん草の民さえ驚く。
恥知らずとララをいさめる草の民さえあった。
しかし――。
「分かった! その勝負受けよう!」
俺は堂々と、隠弓神――白虎の獣人の誘いに乗った。
聡い彼女のことだ、きっとなにか考えがあるに違いない。
そう信じて――。
なんでもないショートソードを抜き、俺は広場の中央に向かう。
大上段にそれを構え、俺は来いとララを視線で挑発した。
ララが小型に改良したボウガンを握りしめる。
彼女が狩った獲物――その毛皮で作られたマントを脱ぎ去れば、日に焼けた逞しい身体が露わになる。しっかりと女性的な部分を残しながら、猛獣のように隆起した筋肉に、また場が静かにどよめく。
あれが、草原の覇者か、と。
本当にやるのかと迷う審判を「はやく合図を!」と俺が睨む。
彼は逡巡した後――。
「大将戦! 開始ッ!」
高らかに勝負開始の合図を叫んだ。
巻き上げ式のボウガンの留め具が外れる。
勢いよく飛び出した矢は、俺の正中線を正しく捉えていた。
当たれば胸部。絶命の可能性は十分ある。
それは紛れもなくララの必殺の一撃。
本気で俺を殺しにきた攻撃だった。
モロルドに棲む多くの獣を屠ってきた弓神の矢が迫る。
あわや俺も彼女の哀れなウォートロフィーになるか。
しかし――俺は剣の柄を、地面に向かって振り下ろし、迫り来る矢をたたき落とした。
ショートソードの自重を使い、弓の動きに合わせた一撃を繰り出せた。
剣を取るのは久しぶりだが、自分でもよくできたと思う。対人戦であれば、俺もそこそこ戦えるのかもしれないな――。
「動きが止まっているぞ! ケビン!」
「なっ! 接近戦だと……ッ!」
しかし、うぬぼれる暇もなくララに組み付かれる。
隠弓神の名から、完全に近接戦闘の可能性を除外していた。
あっという間に彼女に組み伏せられる。
首筋にナイフを突きつけて、幼なじみの白虎が俺にまたがる。
その顔はすでに勝利を確信し、しかし少しも気の緩みを感じさせなかった。
「……私の勝ちだな」
そう宣言すれば、広場にたちまちどよめきが溢れかえる。
「そんな! 旦那さまが負けるだなんて!」
「おに~ちゃん、よわよわなのぉ~!」
「あらあら、せやからやめときなはれって言うたのに。これは今後もしっかりと、うちが旦那はんを護衛せなあきまへんなぁ……!」
「マスターの勝率は0.01%。その僅かな可能性に賭けましたが……無念です!」
俺の敗北を悔しがる夫人たち。
同じく、近衛たちも俺の敗北に落胆した。
期待に応えられなくてすまない……!
「だからやめておけと言ったんだ。昔のララと思って挑んだ、お前が間抜けだよ」
「イーヴァン……お前は少しは心配しろ!」
軽口を叩くのは銀猫ばかりだ。
ただ、肝心なのは領主側ではなく、むしろ草の民の側。
俺とララとの一騎打ちに、彼らは何を思うのか――。
「領主に勝った! ララが勝ったぞ!」
「最後に草の民の意地を通せた!」
「よくやった、ララ……」
「いや、待て! 聞いた話しによると、ララは領主と幼なじみらしい!」
「じゃあこの勝利は、俺たちを懐柔するための演技ということか⁉」
「バカを言うな! あのやりとりが演技かどうかなど、見れば分かるだろう!」
「では、二人はなぜこんなことを…………!」
ララ以外の草の民が何かに気がつく。
そして俺もまた、ララの真意をこの時やっと理解した。
つまるところ――彼女は俺の草の民への敬意を伝えたかったのだ。
ルーシーが勝利した時点で、勝負を切り上げてしまってもよかった。領主陣営の勝ちということにし、無理矢理彼らを従わせることもできた。
けれども、俺は彼らを支配をしたいのではない。
俺は――草の民とわかり合いたいのだ。
だから、ララの申し出を受ける。
ララはそう信じて、俺にこの話を持ちかけたのだ。
「ララ、強くなったな」
「……ケビンも。随分と男らしくなった」
「流石は草の民の大将だよ。見事だ」
俺は、草の民のララを認めた。
それは同時に、草の民の尊厳を公の場で認めることだ。
けっして彼らを粗略に扱わない。
その実力を認め、人間として尊重する。
言葉で伝えるのが難しいそれを、ララはこの勝負を通して仲間に伝えたかった。
はたして、そんな彼女の願いは――。
「……モロルド領主ケビンどの! 我ら、草の民の負けです!」
「貴方の度量! そして気品! 誠実さ! すべてを今、我らは理解しました!」
「此度のことについて謝罪させていただきたい!」
「また、貴方のことを絶倫領主だなどと揶揄したことも……!」
賢き草の民に届いた。
彼らはまるで、古くからの俺の家臣のようにその場に頭を垂れた。
そして次々に国と俺への忠誠を誓ってくれた。
すべてララの狙い通りだが――。
「よしてくれ。此度のことは、我らがわかり合うために必要なこと。一方的にどちらかが詫びることではない。それよりも、貴殿らの知恵をこの国のために貸してくれ……!」
「「「…………はいッ!!!!」」」
彼らがすべて罪を被ろうとするのは俺が止めた。
こちらもいささか性急だった。
今後はもっと、領民の声に耳を傾けよう。
さて、これにて一件落着だが、なんだかどっと疲れたな。
思えばセリンを娶ってからというもの、トラブルに次ぐトラブルで、ろくに骨を休める暇もなかった。おまけに、ララの腕力が意外に強いのだ。
身体の節々が痛くてかなわない。
これはちょっと療養が必要かもな……。
「ふぅ、湯浴みでもしようか。溜まった疲れをなんとかしたい」
「領主さま! それなら、我ら草の民が秘匿しておりました、温泉がございます!」
「…………え?」
流石にこの流れで「いや、ちょっと……」とは言えない。
かくして俺は、草の民が勧めてくれた、秘湯に向かうことになった。
「よいですねぇ♥ 旦那さまと一緒に温泉ですか……♥♥」
「ぴぃぴぃッ! よくわかんないけど、楽しそうなの!」
「ほな、すぐに用意しまひょ♥♥ うちも戦いの汚れを落としたかったんえ♥♥」
「ヴィクトリアは完全防水&排熱処理も完璧! マグマに落ちても大丈夫です!」
嫁たちも一緒に。
「じゃあ、私が案内するかな。一緒に、入ってもいいか……ケビン♥」
「ララも⁉」
「…………ダメか?」
「いや、まぁ……ダメじゃないけど」
「…………ふふっ、やったぁ!」
あと、幼なじみも。