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第34話 絡新婦、悪漢を絡め取る

「それでは――試合開始!」


 ルーシーと狼の獣人の老爺――オッケンハイムとの戦いがはじまった。

 おそらく、イーヴァンの戦いを遥かに凌駕する、頭脳戦になると予想したが、序盤はお互いの間合いを探り合うやりとりが続いた。


「ふんっ! アイスエッジ!」


「もうっ! なんやのんさっきから! 氷の柱ばっかり! 焼き殺すのんちがいはったんえ! それとも、もうボケてしまいはったん!」


「くくく……なぁに、初戦がはやく終わりすぎた。ゆるりと行こう」


 ルーシーが苛立つのもよく分かる、単調な戦いだった。

 オッケンハイムは基礎的な氷魔法『アイスエッジ』で、氷の柱を地面から作り出してはアラクネを牽制した。


 西洋の魔法を使うところを見るに、やはり出身がこの島ではない。

 ただ、どうにも魔法の使い方が慎重というか――。


「遅い! 鈍い! とろい! そないなちんたらとした術で、うちを屠れると本気で思ってはるなら、舐めはるんもたいがいにしい!」


 そう、ルーシーの言う通りだ。

 オッケンハイムの魔法はやけに発動が遅い。

 それは西洋魔術を見たことがない、東洋育ちの絡新婦が見てもあきらかだった。


 氷魔法は基礎魔法。

 なのに、こんなに予備動作がかかるとは――。


「なにか策を練っているのか?」


 草の民側の次鋒に選ばれる腕前だ。

 単に魔法が使えるというだけでのし上がれるほど、草の民の層は薄くない。

 この老いた魔法使いが、他を差し置いて選ばれた理由がある――。


 その時、ルーシーが震う長槍が、オッケンハイムの氷柱を断ち切った。


 おかしい。

 いくらなんでも柔らかすぎる。

 ルーシーの槍がいくら鋭くても、氷を断てるはずがない。


「ふむ! そろそろ頃合いかのう!」


「なんやのん! ようやくその気になりはったん! けど、この氷の術は、もう見切らせてもらいましたえ! さぁさぁ、次はアンタの胴が泣き別れ――!」


「ダメだルーシー! すぐにその場から離れろ!」


 思い違いをしていた。


 オッケンハイムが『アイスエッジ』と唱えているものだから。

 いかにも、魔法使いらしい装備をしているから。


 たしかに彼は魔法を使う。

 だが、それはオーソドックスなものではない。

 多くの西洋の魔法使いが、師から口伝と手ほどきを受け、書物で学び自力で習得するそれ。その、さらに先にあるもの。


「オッケンハイムは上級職の錬金術師だ! その『アイスエッジ』は氷じゃない!」


「気づくのが遅いよ……さぁ、約束通り燃やしてやろう! ファイヤアロー!」


 今度こそ、老爺は基本魔法『ファイヤアロー』を放った。

 そしてそれは『アイスエッジ』と異なり、目で捕らえるのも難しい神速の一撃だった。


 これがオッケンハイムの本当の実力。

 氷の柱を生み出すのが遅かったのは、それが彼のオリジナルの技だから。

 やはり彼もまた、嘘で相手を弄するタイプだった。


「なんやのこの程度の炎――あぁッ⁉ なんでやのん、全然消えはらん!」


「くっくっく! 究極まで、酸素濃度を高めておいてやった! さぁ、地獄の業火に焼かれるがいい! これが錬金術――乾湿と属性を操る、魔法の妙技よ!」


「あっ……いやぁああああああああッ!!!!」


 広場に寵妃の無惨な絶叫が木霊する!


「ルーシーッ!」


 たまらず、俺は彼女の名を叫んだ。


「なにやってるのよ泥棒猫!!!!」


「ぴぃいいッ! ルーシーおねーさん! はやくひをけさないとぉッ!」


 同じく、つんざくような悲鳴を上げる夫人たち。

 すぐにでも試合を中断して、ルーシーを助けなくては。


 審判に俺が試合の中断を頼もうとした、まさにその時――。


「解析完了。ルーシーは無事です。というか、悪趣味な演戯を今すぐおやめください。私はともかく、セリンやステラに悪影響です」


 ヴィクトリアが冷徹な声と顔でそんなことを言った。


「「「なっ……演技ぃッ?」」」


 俺とセリン、そしてオッケンハイムの声が重なる。

 そして、そんな俺たちをあざ笑うように、妖女のいつもの声が広場に響いた。


「もう、ばらさはらんといてぇ。ヴィクトリアはんてば、いけずやわァ。煮ても焼いても食えそうにないから、困ってまうやないの」


「……シュミレーションを開始。私を食べる方法。該当件数0件です」


 ルーシーを包んでいた炎が、一瞬にして弾けたかと思うと、その中から無傷の彼女が姿を現す。髪の毛はもちろん、爪先さえ焦げてはいない。

 いったいどうやって炎を防いだのか。


「なんや、策を弄しとる感じやから、こっちも仕込ませてもろうたわ」


 空中に煌めいたのは細い糸。

 そう、ルーシーたち絡新婦が扱う、魔法が付与された蜘蛛の糸だ。

 魔力を吸い取り、強靱な強さを持つそれを、彼女はこっそりと空中に撒いていた。


 おそらく『ファイヤアロー』が放たれた瞬間、それを使って身を包んだのだ。

 魔力と生命力を吸い取る性質を持つ糸は、彼女の身を守るだけでなく、魔法の威力も低下させたに違いない。


 せっかくの、オッケンハイムの策略が徒労に終わるほどに。


 苦し紛れに杖を構えるオッケンハイム。

 しかし、魔法石がはめこまれた杖の頭が、小気味よい音ともに宙を舞った。


「あんさんの首を、刎ねてやろかと思うたけど……せっかくの新居を血で汚すのもなんやさかいになぁ。感謝しいやぁ」


 ルーシーが涼しげな笑顔と共に、大胆に勝利宣言を告げる。

 かくして第二試合もまた、領主側の勝利で幕を閉じた。


 途中、どうなるかと思ったが、流石はルーシー!

 やはり頼りになる俺の嫁だ!


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