「これより! モロルド領主ケビンさま主催の御前試合をはじめる!」
新都。
謁見と典礼の儀式を行う居室の前にある小さな広場。
そこに、ずらりと居並ぶ、近衛隊の兵士と草の民。
そして後宮から出てきた、セリン、ステラ、ヴィクトリアたち三夫人。
さらに――。
「ほう、御前試合か。人間も好きよのう――よいぞよいぞ! とく戦え!」
「精海竜王さま!」
意外とこの手の催しが好きな龍鳴海峡の主――精海竜王までやってきた。
新都の空で鎌首をもたげる巨大な海竜。
岳父どのの登場に、息巻いていた草の民も騒然となる。
俺が彼の娘を娶った話は伝わっていると思うが、やはり半信半疑だったのだろう。
そんなハプニングがありながらも、モロルド領主と草の民の威信をかけた御前試合は、粛々と幕を開けた――。
「勝負は三本勝負! 引き分けはなし! 二本勝利した陣営の勝ちとする! それでは、草の民の先鋒、前へ――!」
「ぐへっへっっへ! 久しぶりに人を相手に暴れられるぜ!」
出てきたのは熊の獣人。
全身毛むくじゃらに、ずんぐりむっくりとした体躯。
そんな彼は、腰に結わえた斧を抜くと――まるで手足のように軽やかに操る。
もちろん曲芸ではない。
時に木々を断ち、時に獲物の命を絶つ――戦士の技だ!
「熊嵐のリッキーとは俺のことよ! さあ、俺の相手は誰だ!」
「俺だ。やれやれまったく、二つ名通りに騒がしい奴だな……」
気怠そうに前に出たのは俺の懐刀。
近衛の隊長にして、近臣の中の近臣――幼なじみのイーヴァンだ。
彼は肩に背負った剣を下ろすと、鞘からその剣身をゆっくりと抜く。
彼の身の丈と同じほどあるロングソード。
抜くのもやっとという感じの銀猫に、山の民たちが嘲笑の眼差しを向けた。
さらに、イーヴァンはその剣先を地面に引きずる。
石畳の床を叩き、剣の腹が間の抜けた音を立てた。
「おいおい! 獲物が持てていないぞ!」
「あぁ、悪いかい? 生憎、剣の師匠という奴がいなくてね……!」
「自己流という奴か! それはいいが、剣の扱いくらい習ってこい!」
銀猫を格下と見て調子づく熊嵐。
しかし、構えに隙はない。どうにも品がない奴だが、代表として選ばれただけあり、やはり実力は確かなのだろう。
両者、獲物を手にして睨み合う。
やや熊荒らしが強いかという空気の中――。
「はじめっ!」
一条の流星が流れたかと思えば、熊嵐が持った斧の柄がその手からこぼれ落ちた。
手の上には、握るところがなくなった斧の刃。
これぞイーヴァンの十八番。
必殺「首残し」である。
剣でも、槍でも、斧でも、柄の付け根を断つという神業だ。
水平にかつ神速で、僅かな隙間を狙うように繰り出す太刀筋は、余人を持ってして真似ができるものではない。
神妙無比の一撃である。
ちなみに、さきほど剣の腹で石畳を叩いたのはわざとだ。
彼はああして、剣の跳ね具合を図っていた。
高速で柄を断つ軌道を描くためには、銀猫の非力な膂力では足りない。
どうしても、地を叩いて剣を跳ねさせる必要があった。
なので、あえて素人を演じ、それを整える隙を作った。
真に恐るべきは、イーヴァンの演技力。
本当に油断のならない男だ。
彼と幼なじみで親友だというだけで、少し安心してしまう自分がいた。
「やれやれ、二の太刀がいるかと思ったが、必要なかったな」
「そこまで! 勝者、近衛隊長のイーヴァン!」
ワッと近衛隊が隊長に拍手を送る。
俺もまた、幼なじみの華麗な勝利に惜しみない拍手を送った。
「ぴぇええッ! いまのみた、セリンおねーちゃん! ヴィクトリア! おののあたまがぴゅってのこったよ!」
「演算完了。なるほど、理論上は可能です。ただ、乱戦では使えぬ技かと」
「流石はイーヴァン! 旦那さまが認めた戦士だわ! よくやりました!」
セリンたちもいささか高揚した感じで、イーヴァンに拍手を送る。
問題は草の民たちだが――彼らの眼差しは、息巻いて現れた割には、見せ場もなく敗退した、熊荒らしの方へと向けられていた。
まぁ、相手が悪かった。
そして――。
「それでは! 次鋒! 前へ!」
「あら、イーヴァンはん、勝ちはったんやねぇ? そしたら、うちが勝ってしもたら、大将戦は必要あらしまへんなぁ?」
その次に控えているのは、彼を上回る駆け引き上手。
俺の寵姫の一人――アラクネの姫ルーシーだった。
いつも通りの黒い素肌。
剥き出しの大きな八つの脚。
紫の髪を風に揺らして、広場を闊歩する乙女。
その美しい顔立ちからは大きくかけ離れた、たくましい下半身に、ある者は息を呑み、ある者はため息を零す。
吉祥果の森に棲む鬼。
威風堂々とした女戦士に場は静かに沸いた。
「ふむ、アラクネか。二十年ほど前に、焼き殺したかのう……」
そんな中、彼女の神経を逆なでするような言葉とともに現れたのは――東洋の人間にしては、どうにも彫りの深い顔をした老爺だった。耳は銀色をした狼のものがついている。
どういう素性の者か。
絡新婦をアラクネと呼んだことから、もしかすると――本国から渡ってきた者かもしれない。それも、なにかしらのやむを得ない事情で草の民になった。
定住地を持たない草の民にはそういう者が紛れ込む。
案の定、その老爺は――こちらの者がまず持つことも使うこともない、魔術的な意匠が施された金属製のロッドを取り出した。
「虫系の魔物はもれなく火に弱い。焼き尽くしてくれようぞ、アラクネの娘よ」
「あら、こわいこわい。そないな物騒なもん抜きはるのん? そしたらうちも――刃物の一つでも持たせてもらわんと、釣り合いがとれまへんえ? なぁ、そうですやろ?」
ちらりとルーシーがセリンを見る。
合図を送られた第一夫人は、本当に嫌そうに顔をしかめた。
彼女がピンと指先を弾けば――紫電が走り、彼女の背後に置かれていた、朱柄のショートランスが、ルーシーの頭上へと舞い上がった。
まだ、セリンの紫電をまとった槍を、彼女はひょいと頭の上で回す。
「胴田貫虎政。なかなか、しっくりきはるわ」
それは、先に彼女が遺跡で戦った結界術の巨人――彼が振り回していた鉄棒を、柄の先につけたものだった。