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第33話 銀猫、剣を取る

「これより! モロルド領主ケビンさま主催の御前試合をはじめる!」


 新都。

 謁見と典礼の儀式を行う居室の前にある小さな広場。

 そこに、ずらりと居並ぶ、近衛隊の兵士と草の民。


 そして後宮から出てきた、セリン、ステラ、ヴィクトリアたち三夫人。


 さらに――。


「ほう、御前試合か。人間も好きよのう――よいぞよいぞ! とく戦え!」


「精海竜王さま!」


 意外とこの手の催しが好きな龍鳴海峡の主――精海竜王までやってきた。


 新都の空で鎌首をもたげる巨大な海竜。

 岳父どのの登場に、息巻いていた草の民も騒然となる。

 俺が彼の娘を娶った話は伝わっていると思うが、やはり半信半疑だったのだろう。


 そんなハプニングがありながらも、モロルド領主と草の民の威信をかけた御前試合は、粛々と幕を開けた――。


「勝負は三本勝負! 引き分けはなし! 二本勝利した陣営の勝ちとする! それでは、草の民の先鋒、前へ――!」


「ぐへっへっっへ! 久しぶりに人を相手に暴れられるぜ!」


 出てきたのは熊の獣人。

 全身毛むくじゃらに、ずんぐりむっくりとした体躯。

 そんな彼は、腰に結わえた斧を抜くと――まるで手足のように軽やかに操る。


 もちろん曲芸ではない。

 時に木々を断ち、時に獲物の命を絶つ――戦士の技だ!


「熊嵐のリッキーとは俺のことよ! さあ、俺の相手は誰だ!」


「俺だ。やれやれまったく、二つ名通りに騒がしい奴だな……」


 気怠そうに前に出たのは俺の懐刀。

 近衛の隊長にして、近臣の中の近臣――幼なじみのイーヴァンだ。


 彼は肩に背負った剣を下ろすと、鞘からその剣身をゆっくりと抜く。

 彼の身の丈と同じほどあるロングソード。

 抜くのもやっとという感じの銀猫に、山の民たちが嘲笑の眼差しを向けた。


 さらに、イーヴァンはその剣先を地面に引きずる。

 石畳の床を叩き、剣の腹が間の抜けた音を立てた。


「おいおい! 獲物が持てていないぞ!」


「あぁ、悪いかい? 生憎、剣の師匠という奴がいなくてね……!」


「自己流という奴か! それはいいが、剣の扱いくらい習ってこい!」


 銀猫を格下と見て調子づく熊嵐。

 しかし、構えに隙はない。どうにも品がない奴だが、代表として選ばれただけあり、やはり実力は確かなのだろう。


 両者、獲物を手にして睨み合う。

 やや熊荒らしが強いかという空気の中――。


「はじめっ!」


 一条の流星が流れたかと思えば、熊嵐が持った斧の柄がその手からこぼれ落ちた。

 手の上には、握るところがなくなった斧の刃。


 これぞイーヴァンの十八番。

 必殺「首残し」である。


 剣でも、槍でも、斧でも、柄の付け根を断つという神業だ。

 水平にかつ神速で、僅かな隙間を狙うように繰り出す太刀筋は、余人を持ってして真似ができるものではない。


 神妙無比の一撃である。


 ちなみに、さきほど剣の腹で石畳を叩いたのはわざとだ。


 彼はああして、剣の跳ね具合を図っていた。

 高速で柄を断つ軌道を描くためには、銀猫の非力な膂力では足りない。

 どうしても、地を叩いて剣を跳ねさせる必要があった。


 なので、あえて素人を演じ、それを整える隙を作った。

 真に恐るべきは、イーヴァンの演技力。

 本当に油断のならない男だ。


 彼と幼なじみで親友だというだけで、少し安心してしまう自分がいた。


「やれやれ、二の太刀がいるかと思ったが、必要なかったな」


「そこまで! 勝者、近衛隊長のイーヴァン!」


 ワッと近衛隊が隊長に拍手を送る。

 俺もまた、幼なじみの華麗な勝利に惜しみない拍手を送った。


「ぴぇええッ! いまのみた、セリンおねーちゃん! ヴィクトリア! おののあたまがぴゅってのこったよ!」


「演算完了。なるほど、理論上は可能です。ただ、乱戦では使えぬ技かと」


「流石はイーヴァン! 旦那さまが認めた戦士だわ! よくやりました!」


 セリンたちもいささか高揚した感じで、イーヴァンに拍手を送る。

 問題は草の民たちだが――彼らの眼差しは、息巻いて現れた割には、見せ場もなく敗退した、熊荒らしの方へと向けられていた。


 まぁ、相手が悪かった。


 そして――。


「それでは! 次鋒! 前へ!」


「あら、イーヴァンはん、勝ちはったんやねぇ? そしたら、うちが勝ってしもたら、大将戦は必要あらしまへんなぁ?」


 その次に控えているのは、彼を上回る駆け引き上手。

 俺の寵姫の一人――アラクネの姫ルーシーだった。


 いつも通りの黒い素肌。

 剥き出しの大きな八つの脚。

 紫の髪を風に揺らして、広場を闊歩する乙女。


 その美しい顔立ちからは大きくかけ離れた、たくましい下半身に、ある者は息を呑み、ある者はため息を零す。


 吉祥果の森に棲む鬼。

 威風堂々とした女戦士に場は静かに沸いた。


「ふむ、アラクネか。二十年ほど前に、焼き殺したかのう……」


 そんな中、彼女の神経を逆なでするような言葉とともに現れたのは――東洋の人間にしては、どうにも彫りの深い顔をした老爺だった。耳は銀色をした狼のものがついている。


 どういう素性の者か。

 絡新婦をアラクネと呼んだことから、もしかすると――本国から渡ってきた者かもしれない。それも、なにかしらのやむを得ない事情で草の民になった。


 定住地を持たない草の民にはそういう者が紛れ込む。

 案の定、その老爺は――こちらの者がまず持つことも使うこともない、魔術的な意匠が施された金属製のロッドを取り出した。


「虫系の魔物はもれなく火に弱い。焼き尽くしてくれようぞ、アラクネの娘よ」


「あら、こわいこわい。そないな物騒なもん抜きはるのん? そしたらうちも――刃物の一つでも持たせてもらわんと、釣り合いがとれまへんえ? なぁ、そうですやろ?」


 ちらりとルーシーがセリンを見る。

 合図を送られた第一夫人は、本当に嫌そうに顔をしかめた。


 彼女がピンと指先を弾けば――紫電が走り、彼女の背後に置かれていた、朱柄のショートランスが、ルーシーの頭上へと舞い上がった。

 まだ、セリンの紫電をまとった槍を、彼女はひょいと頭の上で回す。


「胴田貫虎政。なかなか、しっくりきはるわ」


 それは、先に彼女が遺跡で戦った結界術の巨人――彼が振り回していた鉄棒を、柄の先につけたものだった。

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