「なるほど、それは大変でございましたね、旦那さま……よしよし♥」
「ぴぃっ! くさのたみさん! そうげんでくらすじゅうじんさんのこと! ステラおぼえたよ! ヴィクトリアはおぼえたぁ!」
「……サーチ完了。草の民。定住の地を持たず、野や山で生活をする、またはその術を持つ者たちのこと。このような者たちは、古今東西どのような文明にも現れますが、厳しい環境で生き抜くために、定住者よりも高い能力を持っている者が多いです」
「旦那はん、そんなん気にしんときなはれ? 聞く耳を持たはらへんのやから――なますにおろして、ボリボリと頭から食ってもうたらえんやわ」
「…………みんな、慰めてくれてありがとう。けど、なんで俺の寝所にいるんだ?」
「旦那さま「旦那はん「おにーちゃん」マスターが、夜伽に来ないから!」」」」
草の民が盗みを働いた日の夜。
俺の寝所になぜか一斉に妻たちがおしかけてきた。
しかも全員寝間着姿で。
「さぁ、旦那さま! 今宵こそ、観念していただきますよ!」
セリンは絹で拵えられた前開きの寝間着。
うっすらと身体のラインが出るそれは、何度も見たがいつも蠱惑的だ。
「みんなできょうはあさまであそぶの~!」
ステラは羊毛で編まれたもこもことした上着とズボン。
微笑ましい姿だが、無防備に懐に潜り込んでくるのが、ちょっと辛い。
「旦那はん、疲れましたやろ……♥ あとは全部うちに任せはって……♥」
ルーシーはいつもと変わらず、一糸まとわぬ姿。
とはいえアラクネの彼女は、その皮膚を黒革で覆われたような見た目をしている。
性的なことはない――のだが、なぜか妙に扇情的だ。
「仙力の増大を確認! おそらくマスターのメンタルが、ただでさえ多い仙力にブーストをかけている模様! メンタル変化の原因は……【ピーーーーッ!】と判断!」
最後に――ヴィクトリアはいつものワンピース姿。
彼女曰く、その衣装以外は「きかくがあわない」らしい。
セリンが音頭を取ったのか。
それとも、ルーシーがうまくたきつけたのか。
経緯はよく分からないが、狭いベッドにところせましと、第一夫人から愛人まで侍らせる姿は――有り体に言って体裁が悪かった。
これじゃ本当に絶倫領主だ。
とまぁ、それはともかくとして。
「なんとかならないものかなぁ。俺としては、草の民も大事にしたいんだが……」
俺は正直な心の内を妻たちに語った。
理想論なのは分かっている。
国を統治すれば必ずひずみは生まれる。
俺のやり方についてこれないものは、どこかで切り捨てなくてはいけない。
けれども、俺は誰一人として追放したくないのだ。
俺のような惨めな思いを、領民にして欲しくない。
思い悩む俺を、セリンが優しく撫でる。
ステラがぎゅっと胸に抱きつき、ルーシーが背中を掻いた。
そしてヴィクトリアが、謎の踊り――棒に絡みつき、身体を上下させる――をする。
妻たちは皆、俺の心中を察し、励まそうとしてくれていた。
本当に、俺には過ぎたる女たちだ……!
「惚れた弱みやな。旦那はんのそういうところに、胸が疼いてまうわ……♥♥♥」
「かわいこぶりっこしてんじゃないわよ、泥棒猫! 旦那さま、ではこういう策を用いるのはどうでしょう? まず、草の民たちを集め、父上に謁見させて……」
「セリンの献策の成功率を試算。成功率……0.8%」
「だいじょーぶだよ! おにーちゃんが、やさしいりょうしゅさまだって! きっとみんなわかってくれるから! しんぱいしないで!」
そうだな。
今までもそうやって、俺は領民を増やしてきた。
ついでに、妻も増やしてきた。
きっと、俺のやり方は間違っていない。
草の民たちも分かってくれる。
妻たちにぬくもりに勇気をもらった俺は、ようやく鬱々とした気分から解放された。
なんとかして草の民と話し合おう。
これ以上、酷いことが起こらぬ前に。
「……旦那はん、ちょっと動かんといてな?」
「ルーシー?」
その時、ルーシーが突然天井を見上げた。
なにごとかと思った矢先、頭上で破砕音が響く。
おそるおそる顔を上げれば、ルーシーの前脚が天井を穿っていた。
せっかく、精海竜王さまに立ててもらった、狭いながらも快適な寝所が。
そう嘆く間もなく――。
「残念、こっちだ」
「あら? しもたわ、うちとしたことが……小バエを逃がしてもうた」
「何奴! 旦那さま、後ろに下がってください!」
「熱源を確認! 人間――ではない! 人型のモンスターと判別! 脅威度はA! 速やかな排除が必要です! マスター、ご命令を!」
「ぴぃっ? しろい、ねこの、おねえちゃん……?」
俺の寝所に不審者が姿を現した。
それも、とてもよく知った、不審者が。
「ララ! どうして、君がこんなところに!」
寝所に姿を現したのは、俺の幼なじみにして草の民。
先日、再会を果たしたララであった。
そして――。
「そ、その……いつもこんなことを、しているのか? ケビン?」
「……え?」
「りょ、領主だからな! それは、奥さんはいっぱいいた方がいいけど! けど、こんなことするのは、いけないことのような! ちょっとうらやましいような……!」
「ご、誤解だ! ひどい誤解をしているぞ、ララ!」
どうもよくない勘違いをされたらしかった。
違う、本当に違うんだ。
信じてくれ、ララ。
俺はたしかに――ナニは大きいけれど、けして好色ではないのだ!