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第30話 絶倫領主、幼なじみの白虎を口説く

 ララは虎の獣人で、西洋ではウェアタイガーと呼ばれるモンスターだ。

 虎の気性を強く受け継ぐ彼女たちは、草の民の中でも特に狩り上手と知られている。


 魔法も罠も使わず、己の腕と狩りの術で、自分より大きな獣を仕留める。

 その姿は、凄絶を越えて美しい。


 その中でもララは特別な存在だった。

 生まれた時からその毛が特別――白かったのだ。

 彼らは、白い同族の子供に神の姿を見出し、自分たちの未来の長として崇めた。


 そんな大人たちのプレッシャーに――負けて、ララは大人しい子に育った。

 というか、狩りも戦いもダメダメ。

 蓋を開けてみれば、彼らの神はなんとも軟弱で頼りなかった。


 たぶん、ララはアルビノなのだ。

 人間のそれと同じで、身体が弱いのだろう。

 そんなこともあり、彼女は10歳くらいの頃に、群れから追放されてしまった。


 そして、俺たちの住んでいた村に転がりこんだ。

 以来、ララは成人直前まで村で暮らし、同年代の俺たちとともに成長した。


 というのが、俺たちとララの関係性といきさつである。


「いやぁ、いつぶりかな? 懐かしいなぁ、イーヴァン!」


「ケビンが前の領主どのに庶子と認められ、村を出て以来じゃないかな? そういえば、あの時もララはわんわん泣いていたなぁ」


「や、やめてくれ、二人とも……子供のころの、話じゃないか」


 顔を真っ赤にしてララが顔を隠す。


 白い肌なので彼女の感情はすぐに肌に出る。

 昔はララをよくからかって、そのたびにイーヴァンの妹に怒られたな。

 それが今じゃ――。


「聞いたぞ――『隠神弓のララ』と、呼ばれているんだって!」


「ウェアタイガーの中で、弓を引かせたら敵う者はいない……そうじゃないか。まさか臆病なララにそんな才能があったとは。やはり、白くても虎なんだな」


「いやぁ……たまたまだよ」


 さて、ここからは俺が村を出たあと。

 イーヴァンから聞いた話だ。


 俺が都に招集されてから間もなく、ララもまた村を去った。

 どういう心境の変化か分からないが、彼女はウェアタイガーとして、草原で生きることを選んだのだ。とはいえ、多くの時間を村で育った彼女に、同族と同じ狩りはできない。


 そんな彼女が獲物に選んだのが――弓と石だ。

 より正確には、機械式の巻き取り弓と、革布でできた投石器。


 彼女はそれを使い獲物を遠くから確実に仕留めてみせた。

 見敵必殺。百発百中。鎧袖一触。

 まさしくそれは、たウェアタイガーたちが求めた『神の業』だった。


 さらに彼女は、同族が決して使わない罠の知識も蓄えた。

 獲物たちと真っ向から向かい合わず、知謀を持ってそれを倒す。

 かくして、捨てられた神の子は、立派な狩猟神となった――。


 と、俺は隣の銀猫から聞いた。


「いつも、家で本ばかり読んでいたララがなぁ……!」


「まぁ、私も、頑張ったんだよ」


「そうだな。俺も、ララに負けないように、モロルドの領主を頑張らねば」


「…………えへへへ、頑張った甲斐があったかな」


 小声でララがなにか呟いたが、よく聞き取れなかった。

 恥ずかしがり屋なところは昔から変わらないな。


 懐かしさに、胸が温まったの束の間――。


「えぇい! ワシを無視して昔話に花を咲かせるな! とにかく、ここに道路を敷くのはやめろ! すぐに島の再開発をやめるんじゃ!」


「……あっ! す、すまないおんじ!」


 俺に無視されたおんじが、いよいよ怒り心頭、ピンと耳と尻尾を伸ばして叫んだ。


 さらにまずいことに――おんじが声をかけたのか、それともララが引き連れてきたのか、ぞろぞろと草の民たちが俺たちの前に姿を現した。


「お前が新しく都を移したせいで、島の環境はめちゃくちゃだ!」


「龍鳴海峡の崖は! 海鳥たちの繁殖場でもあったんだぞ!」


「大地の状況が、海に影響を与えることを、お前は知らないのか!」


「しかも旧都を歓楽街なんぞに変えて――!」


 よくぞこんなにも隠れていたものだと、驚くほどの獣人たちに囲まれ、俺とイーヴァンは非難囂々と文句を浴びせかけられた。


 おっしゃることはごもっとも。

 まったくもって返す言葉がない。


 そんな中、ララが草の民の矢面に立つ。


「みんな落ち着け! ケビンはよくやってくれている! もしもケビンが領主として立たなかったら、この島は本土から見放されて滅ぶ運命だったんだぞ!」


「けど、島を無茶苦茶にするのとは、話が違うじゃないか!」


「そうだ! モロルド島がどうなってもいいのか!」


「お前も草の民だろう! ララ! 絶倫男の肩を持つのか!」


「さてはララ……お前、その絶倫男に!」


 その時、白いウェアタイガーが恐ろしい咆哮を上げた。


 虎の叫びとはまったく異質な、強い威圧と殺気が籠もった叫びに、ざわついていた草原が一瞬にして静まりかえる。あまりの迫力に、地面に尻を着く者までいたほどだ。


 まさに草原の覇者の風格。

 彼女の幼なじみの俺でさえ肩がこわばる――。


「とにかく! ケビンを信じろ! ケビンはモロルドを、いい方向に導いてくれる! 私たち草の民のことも見捨てたりしない!」


 白虎の一声で、なんとかその場は収まった。

 新道路の施設工事は再開され、草の民は一時的にだが大人しくなった。


 しかし、数日後……。


「なに? 村の倉庫に盗人が入った?」


「はい。けれど妙なのです、村人たちの誰も盗人に心当たりがなく、盗まれた食料も微々たるもので……まるで、いつでも盗みに入れると示しているような」


 俺は無言で、別件で執務室にいたイーヴァンに視線を向けた。

 それだけで近衛兵の隊長は、すべてを察して頷いた。


 間違いない。


 草の民たちが暴走をはじめたのだ。

 自分たちを無視するモロルド政府に、力をアピールしはじめたのだ。


「まずいことになったぞ……!」

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