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第29話 絶倫領主、草の民と語らう

 草の民とはモロルドの草原部に暮らす獣人の総称だ。

 ただし、村に住む者はその限りではない。

 つまるところ放浪者――まつろわぬ民である。


 もともと、獣人たちは獣の性質が強い。

 肉食獣に近い祖を持つ者は、居住地を持たず草原を狩りをして生活している。


 故に、草の民。


 彼らの存在に、時にモロルドの領主は悩まされ、時に助けられた。

 まつろわぬ民たちは、西洋文化の常識が通じぬ相手ではあるが、同時にこの地の神々に通じ、人に通じ、地に通じる――賢者だった。

 そして、ひとたび戦となれば猛果敢に戦う。


 そんな彼らが、草原への進出を快く思うか――。


「まあ、普通に考えて思うわけがないな……?」


「領主さま! また新道路に、獣人たちが妨害行動を!」


 執務室に飛び込んできた報に、肩を落としてため息を吐く。


 イーヴァンが予言した通り、草の民たちは中央道路の建設に強固に反対した。

 歴史をひもとけば、かつて東西の道路を敷いた時にも、草の民と一悶着あったらしい。


 彼らは、自然が壊されることを極端に嫌う。

 単に、自分たちの棲処を荒らされるからではない。

 大地へのリスペクトと、生態系への懸念からだ。


 大地で生きる者は、大地の作用のなんたるかを知っている。人間が、いたずらに生態系に手を加えた結果、思わぬ混乱が起こることを経験則として知っているのだ。


 なので、彼らの言葉は常に正論だ。

 現場監督につけた新米の行政官では歯が立たないだろう。

 それでもことを強行するなら――。


「分かった、俺が説得に向かおう……」


 王自ら話をつけなければいけない。

 執務机から立ち上がり、事務仕事ですっかり凝り固まった腰を揺らす。


 そんな俺に、銀猫が腹の立つにやけ面を向けてきた。


「流石に、四人も姫を娶ると、たいへんでございますな?」


「大変なのは昼間だよ。夜は……まぁ、そこそこだ」


 大嘘だ。


 ルーシー(第三夫人)、ヴィクトリア(第四夫人)と、後宮に新たに妻が加わったが、生憎と俺の相手をできるものはいない。ヴィクトリアは前に騒いだ通り。

 あのルーシーも、それを見るなり――。


「えっ……? 旦那はん、もしかして、アラクネやったん?」


 と、勘違いした。

 もちろん、事は失敗に終わった。


 懲りずにみんな挑戦しに来るが、今のところ徒労に終わっている。

 はやく本当に絶倫かどうかたしかめたくもあるのだが――今は島の開拓が優先だ。

 しばらくはこのままでいいだろう。


 さて、閑話休題――。


「我が君、今回は俺も同行させていただきますよ?」


「おっ、来るかイーヴァン。そうだな、お前も草の民と同じ獣人だからな」


 俺とイーヴァンは連れ立って、小競り合いの起こっている現場に向かった。


◇ ◇ ◇ ◇


「ここは俺たちの貴重な猟場だ! 道路なんて敷かれたら、獲物が来なくなる!」


「これは領主さまの決定なのだ! お前たちもモロルドの民なら従うべきだろ!」


「はん! あの絶倫男が領主さまとは、世も末だねぇ……!」


 ちょうど、行政官と草の民が言い争っているところに俺たちは到着した。


 自分が言ったわけではないが、悪口を聞かれてあわてる行政官。

 対して、草の民は鼻を鳴らして明後日の方を向く。

 どうやら俺は草の民に、領主と認められていないらしい。


 というか――。


「なんだ、サルバおんじか」


「なんだじゃないわ、このぼんくら領主! よくもワシらの猟場を荒らしたな! 小さいころに面倒を見た恩を、仇でかえしおってからに!」


 よく見れば知り合いだった。


 白髪交じりの髪に、灰色にまだらの猫耳。

 もさもさとした顎髭とぴょんと突き出たかぎ鼻。


 草の民。

 山猫のサルバ。

 鹿捕りの名人として知られた男だ。


 彼は俺とイーヴァンの生まれ故郷の村に、年に数回現れて毛皮や角をおろしていた。

 子供好きな人で、村の子たちに狩りの話をしたり、角の端材で装飾品を作ってはプレゼントしてくれる――好好爺である。


 俺もイーヴァンも、子供のころにおんじに遊んでもらった。

 これは厄介なことになった。


「おんじ、まずはこの度のことすまない。ここがおんじの猟場とは知らなかったのだ」


「知らなかったですむか! どうするんだ、鹿たちの生態が変わってしまったら! ワシらは数世代かけて、この島の猟場を作ってきたんだ!」


「本当にすまない。だが――どうしても新道路は必要なんだ。島を発展させるために」


「ワシの言っていることが分かっておらんようだな! 島の発展なぞどうでもいい! モロルドの自然を、お前は壊そうとしておるのだ! それが分からぬのか!」


 カンカンに怒るサルバおんじ。

 やはり話を聞いてはもらえぬか。


「だいたい! お前が築いた新都! あれもよくない! 龍鳴海峡は良質な魚の漁場だったんだぞ! 古くから、精海竜王さまが治めてくれているおかげで……!」


「あぁ、それは精海竜王どのと話はついているんだ。大丈夫、心配しないでくれ」


「……なに? 精海竜王さまに、謁見したのか?」


 ここまで意気軒昂に怒鳴り散らしていたおんじが、岳父どのの名を聞くや途端に静かになる。まぁ、精海竜王の名はモロルドでは有名だからな。

 彼の娘を嫁にもらった――と言えば、おんじはひっくり返るやもしれぬ。


「おんじ。ケビンは精海竜王に認められ、その娘を嫁にもらっているんだ」


「な、なんじゃと! 精海竜王の娘を嫁に――⁉」


 そんな気遣いを、横から音もなく割って入った獣人がぶち壊す。


 しなやかな身のこなしに引き締まった身体。

 純白の髪と対照的に、こんがりと焼けた肌。

 顔には生まれつきの縞の紋様。


 獲物の毛皮をまといアイパッチで左目を隠した女は、俺たちに爽やかな笑顔を向ける。


「ララ! 久しぶりじゃないか!」


「元気にしていたか! なんだ、ララもおんじと一緒だったのか!」


 俺とイーヴァンは、幼なじみの獣人の名を呼んだ。

 白虎のウェアタイガーは、俺たちの古い知り合いだった。


「だから、本名で呼ぶのは、控えてくれ……!」


 立派な身なりに反し、とてもシャイな白いウェアタイガーは、気恥ずかしそうにその鼻頭を指で擦った。それは、幼少の頃から変わらない、恥ずかしがる仕草だった。


 別にかわいいと思うがな、ララって名前は。

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