翌朝。
アラクネ討伐に向け俺たちは作戦を練った。
「西洋ではアラクネ退治には煙を使う。生木を燃やしてアラクネたちをいぶすと、コテンと動かなくなってな。そこを縛って捕らえるんだ」
「へぇ、アラクネって煙に弱いんだ……」
「とはいえ、古城なんかに棲むアラクネにしかできないがな。森に棲むアラクネを退治するのは人海戦術だ。見敵必殺。やられる前にやれだ」
「しかしこうも広い森だと……それも難しいんじゃないですか?」
モロルド領の発見からずっと存在する吉祥果の森。
その範囲は島の10分の1と広大だ。
アラクネをいぶし出すのはたしかに現実的ではない。
となれば、アラクネたちを一網打尽にする良いアイデアはないか。
「あらくね~さんは、すきなものないの? それをプレゼントするよぉ~っていったら、でてきてくれない?」
「まぁ……俺を餌に一本釣りはアリかもしれない」
「バカ言うな! 十尺の大蜘蛛だぞ! そんなのと正面から戦えるか!」
「私の術で……と言いたいところですが、蜘蛛に雷撃は効くのでしょうか?」
鬼の正体も分かったところで、ここは出直した方がいいかもしれない。
吉祥果の森の鬼がアラクネだと分かれば、親衛隊の男どもも動くだろう。
ただ――。
「……できれば、荒っぽい解決はしたくないな」
長年、島民の恐怖の象徴だったアラクネたちだが、彼女たちだって生きるために仕方なくこのようなことをしていた。男たちは襲われたが、彼女たちに救われた者もいる。
邪魔だからと追い出すのはなんだか違う。
セイレーンの時のように、和解の道が選べるなら一番いい。
そんな俺の心根を見抜いたか、クスリとセリンが笑いを漏らした。
「旦那さまは、今回も和解をお望みのようですね?」
「そうだな。今は人手が足りない。アラクネたちも領民にしたい。いや、違うな……俺は、この島の住民を等しく幸せにしたいんだ。アラクネたちも含めて」
世迷い言のようなことを口にする。
流石にむず痒くって頭を掻いた。
つい最近まで、妾腹と軽んじられていたぼんくら領主にはすぎた理想だ。
けれどもセリンは否定しなかった。ステラもうんうんと頷く。
「旦那さまらしいですね」
「ね~! おに~ちゃんらしいよね!」
すぎたるのは俺の妻か。
本当に素晴らしい嫁を俺は娶ったようだ。
「であれば、アラクネたちと話し合う必要がございますね」
「そうだな。分かりやすい棲処などあればいいのだが……?」
「……あれ、ひょっとして?」
首を傾げたのはマーキュリー。
どうやら、心当たりがあるようだ。
「なにか心当たりがあるのか、マーキュリー?」
「……えっと、アラクネは古城や洞窟に住むんだよね?」
「まぁ、西洋ではな?」
「……あるよ! この吉祥果の森に――アラクネが棲んでそうな遺跡が!」
新都と旧都を往復しているセイレーンたち。
何人かが、吉祥果の森の上を飛んだ際に、遺跡があるのを見たという。
さらに廃墟には、妙な生活感があったのだとか。
どうやら、天は俺たちに味方してくれているようだ。
「よし! その遺跡に向かおう! アラクネたちと話し合うぞ!」
「うん! ステラたちにまかせるのぉ~ッ!」
「分かりました。とはいえ相手はモンスター。危なくなったらすぐ逃げますよ」
探検隊はかくして、空から遺跡に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
吉祥果の森のほぼ中央。
そこに石造りの遺跡はあった。
見るからに西洋の造りとは違う。
さりとて、東洋の造作ともどこか違うそれは、石造りの荘厳な建物だった。
なるほどモンスターの棲処としてはうってつけかもしれない。
加えて、よく見ると建物の周囲には蜘蛛の巣が張っている。
当たりだ。
間違いなく、ここがアラクネの巣に違い無い。
「さて、問題はどうやって中に入るかだが?」
「遺跡の前に開けた場所がありますが……」
降りるのはちょっと無理だろうな。
たちまち、アラクネに囲まれてタコ殴りに合うのがオチだ。
いや、伝承によれば彼女たちは『女性を襲わない』のだったな?
「うーん、俺が女装をしてくるべきだったか……?」
「おに~ちゃん! ステラ、とぶのつかれたぁ~!」
ふと、ステラが俺たちに疲れを訴えかける。
キャンプ地からかれこれ、一刻ほど飛びっぱなしだ。
幼い彼女には、たしかにしんどいかもしれない。
とはいえ、降りる場所はない。
女子供を襲わないという噂を信じ、ステラだけを遺跡の前に降ろすか?
それとも騒ぎになるのを承知で、全員で降下しようか?
迷っているうちに、事態は思わぬ方向へと動き出す――。
「あっ! ちょうどいいところに、おへやがあるのぉ~!」
遺跡の中央にそびえ立つ鐘楼に、ふらふらとステラが飛んでいったのだ。
セリンに術をかけてもらい俺は飛行している。
ただ、空に生き駆ける一族――セイレーンの飛ぶ速度には敵わない。
疲れていてもそれは同じ。彼女は俺たちが止めるのも聞かず、鐘楼に飛び込んだ。
蜘蛛の巣が少しも張っていない、石造りの部屋に。
「ぴぁっ⁉ なになにっ⁉ なんなのぉ~~~~ッ!」
「ステラ⁉」
「旦那さま、あの鐘楼の周りに、見えない蜘蛛の糸が張り巡らされています!」
それは巧妙な罠。
ステラのように無防備に飛び込んで来た獲物を、絡め取るための仕掛け。
「あらぁ~! 久しぶりの大物やわぁ~? 美味しそうな鳥ちゃんやこと!」
鐘楼の中から姿を現す人影。
森の中で出会った鬼と同じように、そいつは鐘楼の天井から逆さまになって現れた。
紫の髪、白い肌、黒く肌に吸いつくような衣装。
そして――鬼と勘違いするのも無理もない、巨大な八つの脚!
「ぴぃいッ! なにぃッ! だれぇッ! たすけて、おに~ちゃん! おね~ちゃん!」
「くそっ……! すぐ助けるぞ、ステラ!」
セリンに頼み、すぐにステラを助けに向かう。
しかし、それさえも罠――。
「あっ! 馬鹿な! こんな場所にも蜘蛛の糸が――!」
「セリン!」
「しかもこの糸……雷撃が効かない! とんでもない魔法耐性です!」
仲間を助けようと飛び込んで来た者もまとめて絡め取る。
鐘楼はアラクネの狩り場だった。
迂闊としか言いようがない。
「あらあら! 今日は大量やねぇ~! 仲間を助けにほんにけなげやなぁ~!」
古代遺跡の空に響く、甘ったるく蠱惑的な声。
セイレーンとはまた違う、男を惑わすような声音の持ち主は、見えない糸を器用に渡って俺に近づいて来た。
そして、俺を見てはっと息を呑んだ。
「あらぁ♥ 雄やないのぉ♥ いややわぁ、子種がそっちから来てくれるやなんて……♥」
「こ……子種?」
まるで酒に酔って男を誘うような、妖艶な笑顔と共に。