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第19話 絶倫領主、捕まる

 翌朝。

 アラクネ討伐に向け俺たちは作戦を練った。


「西洋ではアラクネ退治には煙を使う。生木を燃やしてアラクネたちをいぶすと、コテンと動かなくなってな。そこを縛って捕らえるんだ」


「へぇ、アラクネって煙に弱いんだ……」


「とはいえ、古城なんかに棲むアラクネにしかできないがな。森に棲むアラクネを退治するのは人海戦術だ。見敵必殺。やられる前にやれだ」


「しかしこうも広い森だと……それも難しいんじゃないですか?」


 モロルド領の発見からずっと存在する吉祥果の森。

 その範囲は島の10分の1と広大だ。


 アラクネをいぶし出すのはたしかに現実的ではない。

 となれば、アラクネたちを一網打尽にする良いアイデアはないか。


「あらくね~さんは、すきなものないの? それをプレゼントするよぉ~っていったら、でてきてくれない?」


「まぁ……俺を餌に一本釣りはアリかもしれない」


「バカ言うな! 十尺の大蜘蛛だぞ! そんなのと正面から戦えるか!」


「私の術で……と言いたいところですが、蜘蛛に雷撃は効くのでしょうか?」


 鬼の正体も分かったところで、ここは出直した方がいいかもしれない。

 吉祥果の森の鬼がアラクネだと分かれば、親衛隊の男どもも動くだろう。

 ただ――。


「……できれば、荒っぽい解決はしたくないな」


 長年、島民の恐怖の象徴だったアラクネたちだが、彼女たちだって生きるために仕方なくこのようなことをしていた。男たちは襲われたが、彼女たちに救われた者もいる。

 邪魔だからと追い出すのはなんだか違う。


 セイレーンの時のように、和解の道が選べるなら一番いい。

 そんな俺の心根を見抜いたか、クスリとセリンが笑いを漏らした。


「旦那さまは、今回も和解をお望みのようですね?」


「そうだな。今は人手が足りない。アラクネたちも領民にしたい。いや、違うな……俺は、この島の住民を等しく幸せにしたいんだ。アラクネたちも含めて」


 世迷い言のようなことを口にする。

 流石にむず痒くって頭を掻いた。


 つい最近まで、妾腹と軽んじられていたぼんくら領主にはすぎた理想だ。

 けれどもセリンは否定しなかった。ステラもうんうんと頷く。


「旦那さまらしいですね」


「ね~! おに~ちゃんらしいよね!」


 すぎたるのは俺の妻か。

 本当に素晴らしい嫁を俺は娶ったようだ。


「であれば、アラクネたちと話し合う必要がございますね」


「そうだな。分かりやすい棲処などあればいいのだが……?」


「……あれ、ひょっとして?」


 首を傾げたのはマーキュリー。

 どうやら、心当たりがあるようだ。


「なにか心当たりがあるのか、マーキュリー?」


「……えっと、アラクネは古城や洞窟に住むんだよね?」


「まぁ、西洋ではな?」


「……あるよ! この吉祥果の森に――アラクネが棲んでそうな遺跡が!」


 新都と旧都を往復しているセイレーンたち。

 何人かが、吉祥果の森の上を飛んだ際に、遺跡があるのを見たという。

 さらに廃墟には、妙な生活感があったのだとか。


 どうやら、天は俺たちに味方してくれているようだ。


「よし! その遺跡に向かおう! アラクネたちと話し合うぞ!」


「うん! ステラたちにまかせるのぉ~ッ!」


「分かりました。とはいえ相手はモンスター。危なくなったらすぐ逃げますよ」


 探検隊はかくして、空から遺跡に向かった。


◇ ◇ ◇ ◇


 吉祥果の森のほぼ中央。

 そこに石造りの遺跡はあった。


 見るからに西洋の造りとは違う。

 さりとて、東洋の造作ともどこか違うそれは、石造りの荘厳な建物だった。

 なるほどモンスターの棲処としてはうってつけかもしれない。


 加えて、よく見ると建物の周囲には蜘蛛の巣が張っている。


 当たりだ。


 間違いなく、ここがアラクネの巣に違い無い。


「さて、問題はどうやって中に入るかだが?」


「遺跡の前に開けた場所がありますが……」


 降りるのはちょっと無理だろうな。

 たちまち、アラクネに囲まれてタコ殴りに合うのがオチだ。


 いや、伝承によれば彼女たちは『女性を襲わない』のだったな?


「うーん、俺が女装をしてくるべきだったか……?」


「おに~ちゃん! ステラ、とぶのつかれたぁ~!」


 ふと、ステラが俺たちに疲れを訴えかける。


 キャンプ地からかれこれ、一刻ほど飛びっぱなしだ。

 幼い彼女には、たしかにしんどいかもしれない。


 とはいえ、降りる場所はない。

 女子供を襲わないという噂を信じ、ステラだけを遺跡の前に降ろすか?

 それとも騒ぎになるのを承知で、全員で降下しようか?


 迷っているうちに、事態は思わぬ方向へと動き出す――。


「あっ! ちょうどいいところに、おへやがあるのぉ~!」


 遺跡の中央にそびえ立つ鐘楼に、ふらふらとステラが飛んでいったのだ。


 セリンに術をかけてもらい俺は飛行している。

 ただ、空に生き駆ける一族――セイレーンの飛ぶ速度には敵わない。

 疲れていてもそれは同じ。彼女は俺たちが止めるのも聞かず、鐘楼に飛び込んだ。


 蜘蛛の巣が少しも張っていない、石造りの部屋に。


「ぴぁっ⁉ なになにっ⁉ なんなのぉ~~~~ッ!」


「ステラ⁉」


「旦那さま、あの鐘楼の周りに、見えない蜘蛛の糸が張り巡らされています!」


 それは巧妙な罠。

 ステラのように無防備に飛び込んで来た獲物を、絡め取るための仕掛け。


「あらぁ~! 久しぶりの大物やわぁ~? 美味しそうな鳥ちゃんやこと!」


 鐘楼の中から姿を現す人影。

 森の中で出会った鬼と同じように、そいつは鐘楼の天井から逆さまになって現れた。

 紫の髪、白い肌、黒く肌に吸いつくような衣装。


 そして――鬼と勘違いするのも無理もない、巨大な八つの脚!


「ぴぃいッ! なにぃッ! だれぇッ! たすけて、おに~ちゃん! おね~ちゃん!」


「くそっ……! すぐ助けるぞ、ステラ!」


 セリンに頼み、すぐにステラを助けに向かう。

 しかし、それさえも罠――。


「あっ! 馬鹿な! こんな場所にも蜘蛛の糸が――!」


「セリン!」


「しかもこの糸……雷撃が効かない! とんでもない魔法耐性です!」


 仲間を助けようと飛び込んで来た者もまとめて絡め取る。

 鐘楼はアラクネの狩り場だった。


 迂闊としか言いようがない。


「あらあら! 今日は大量やねぇ~! 仲間を助けにほんにけなげやなぁ~!」


 古代遺跡の空に響く、甘ったるく蠱惑的な声。

 セイレーンとはまた違う、男を惑わすような声音の持ち主は、見えない糸を器用に渡って俺に近づいて来た。


 そして、俺を見てはっと息を呑んだ。


「あらぁ♥ 雄やないのぉ♥ いややわぁ、子種がそっちから来てくれるやなんて……♥」


「こ……子種?」


 まるで酒に酔って男を誘うような、妖艶な笑顔と共に。

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