「出た! 出たぞぉッ! ついに出たぁ!」
「きゃあっ♥ だ、旦那さま、いけません♥♥ ステラさんも見ているのですよ♥♥♥」
「あ~っ! おに~ちゃんてば、おまたまるだしだぁ~! ダメなんだよ、ふくはちゃんときないとぉ~! いけないんだぁ~! あははぁ~!」
「おい! なにやってんだ絶倫領主! ここにいるセイレーンたちは、そういうのに免疫がないって言っただろ!」
「出たんだって、鬼子母神が!」
命からがら森から出た俺を待ち構えていたのは、のんびりした探検隊の面々だった。
なんて緊張感がないんだろう。
鬼子母神がすぐにも近づいてくるというのに――。
「そうだ! 鬼子母神! みんな気をつけろ、奴は宙を舞う魔物だぞ!」
「…………で、どこいるんだそいつは?」
「……あれ?」
振り返った先――俺が先ほどまでいた森には、すでに鬼の姿はなかった。
あっさり俺は見逃された。
なぜだ?
セリンたちに恐れをなしたのか?
そんな知性があるようには見えなかったが?
いや、俺も随分取り乱していた。
実は鬼女は、人前に出ることを恐れ、森の中でひっそり暮らし、人がやってくるのを待ち構える――そういう習性があるのかも。
「もしかして、この森の鬼はそういうモンスターなのか?」
セリンが持ってきたズボンに履き替えながらごちる。
その時、俺の肩にセリンが指を伸ばした――。
「旦那さま、肩に糸くずがついておりますよ……あら?」
「どうかしたのか、セリン?」
「この糸くず……魔力がこめられています。とても微量ですが」
「なんだって?」
今、俺が着ている領主の服には、魔法はとくにかけていない。
ということは、この糸くずは俺の服のものではない。
いったいどこで付着したのか。
セリンの指先で弄ばれる白い糸。
親指と人差し指に渡ったそれは、彼女が指を広げればよく伸びる。
そして狭めれば伸縮する。
実に不思議な糸だ。
いや、もしかしなくても――。
「糸は糸でも、蜘蛛の糸か?」
「そのようですね。けど、魔力のこもった糸を吐く蜘蛛を、私は知りません」
魔力を帯びた蜘蛛の糸。
森に棲む鬼子母神と呼ばれる鬼。
なぜか男だけが食われる謎。
バラバラだった謎が、急速に頭の中でまとまっていく。
「分かったぞ! セリン! ステラ! マーキュリー! 鬼子母神の正体が!」
「えぇっ⁉ 本当ですか、旦那さま⁉」
「しょ~たい? きしぼーじんさんは、きしぼーじんさんじゃないのぉ?」
「あぁ、そうだ! 森の中に棲んでいるのは鬼子母神なんかじゃない――アラクネだ!」
アラクネ。
上半身が女性で、下半身が蜘蛛のモンスターだ。
西洋の伝説によれば、機織りを得意とする娘が神に刃向かい、逆鱗に触れ蜘蛛に変えられたと言われる。だが、実際には仄暗いダンジョンや廃棄された古城、森の中で蜘蛛の巣を張って罠を作り、人や家畜を捕らえて食らう化け物だ。
まさかセイレーンに続き、アラクネまでこの島にいたとは。
いつの間に棲息したんだろう。
「アラクネなら全て説明がつく! 彼女たちはこの地に昔から棲んでいたんだ!」
「ぴぇえええ~~~~っ! なんだってぇ~~~~っ!」
「ちょっと待てよケビン! いくらなんでも無茶苦茶な推理じゃないか! アタシらみたいにこっそり運び込もうにも、アイツらの図体はそんなかわいいもんじゃないだろ!」
「……それは、まぁ、たしかに?」
「そもそもなんで男だけが襲われるかの謎が解けてないぞ?」
鋭いツッコミを繰り出してくるマーキュリー。
たしかに、アラクネは人を襲うが、男だけを襲うというのは聞いたことがない。
モロルド諸島のアラクネだけが特殊ということだろうか。
ただ――。
「問題はそこじゃない。相手が鬼ではなくただのモンスターだということだ」
「……まぁ、たしかにそうか?」
「相手が魔物であれば、恐れることなどありません! そうですね、旦那さま!」
「やっつけちゃうのぉ~! がんばるのぉ~、おに~ちゃん! おね~ちゃん!」
セリンが言った通りだ。
不気味な妖魔もその、正体がモンスターであれば恐れることはない。
俺たちは吉祥果の森のアラクネと戦うことを決意した。