「はぁ⁉ 吉祥果の森を開拓する⁉ 馬鹿なことはおよしください、我が君!」
「我ら、領主さまに身命を賭した近衛兵!」
「王命とあれば命を捨てるのもやぶさかではなし!」
「死してモロルドの礎となれるなら、それも本望!」
「「「「「けど、吉祥果の森だけは勘弁!!!!」」」」」
イーヴァン率いる近衛兵隊は、吉祥果の森への進軍を拒否した。
実際、島民に森は恐れられているのだ。
モロルド家や本土から入植してきた人間たちより、古くからこの地に住んでいる人間たちの方がその感情は強い。それくらい鬼女にこの島は悩まされてきたのだ――。
ということで、今回は俺を除いて女所帯。
「旦那さま。ここは私にお任せくださいませ。鬼女がなんだというのです。こちらは竜の娘でございますよ。神通力も負けはいたしません」
最も頼りになるセリン。
「おね~ちゃん、かっこいいのぉ~! ステラもおてつだいしちゃうのぉ~!」
天真爛漫なムードメーカーのセイレーンのステラ。
「うちの空輸部隊の娘を何人か連れてきたぜ! これで足りるか、ケビン?」
マーキュリーとセイレーンの女作業員たち。
急造の女探検隊は、一日かけて島の中央の森へとたどり着いた。
実際に空を飛んでみると、中継拠点の重要性が分かる。
運ばれているだけなのに意外と疲れるのだ。運んでいるセイレーンはいわずもがな。新都と旧都のちょうど真ん中で休むことができたなら、どれだけ楽なことだろう。
「都が二つになったからこその悩みだが、潜在的な悩みでもあったんだろうな」
なんとなく、無理に内海航路を開拓しなかった、祖先の気持ちが分かった。
てっきり精海竜王に恐れをなしたのだと思っていたが――この森も障害だったのだ。
龍鳴海峡といい吉祥果の森といい、モロルド統治には問題が多すぎる。
逆に言えば、改良する余地がいくらでもあるということだが……。
「とりあえず、今日は森の前で野営して、本格的な探索は明日にしましょうか?」
「さんせ~い! ステラ、もうおな~か、ぺ~こぺこだよぉ~!」
「ふふふっ。それじゃ、さっそくご飯にしましょうね……」
イーヴァンに代わり探検隊を指揮するセリンの一声で野営が決まる。
暮れなずむ森を前に、俺たちはせっせとテントの設営に入った。
力自慢のセイレーンたちが、器用に空を飛んで仮設住居を組み立てる。
その横で、セリンとステラが仲良く料理を作る。
今日は芋と魚のスープらしい。
俺の腹が鳴る。
しかし、空腹だからではない。
慣れぬ空の旅に緊張したのか少し腹を崩したらしい。
俺は、人目を避けてセリンたちから離れた――のだが。
「あれ? どうしたんだケビン? そんなこそこそと?」
あっさり、俺は義姉に見つかってしまった。
「さては、女所帯だからって……流石だな絶倫領主!」
「違う! そっちじゃない! 生理現象!」
「はいはい! そういうことにしておいてやるよ! けど、くれぐれも隊の奴らには手を出すなよ! セイレーンでも、そういうのが嫌な娘だっているんだから!」
「しないって言ってるだろ……!」
姉というものは弟をからかうものだと聞く。
ただ、義理でもここまで言われるものなのか。
これはさっさと中継拠点を整備して、マーキュリーに新都から出て行ってもらわねば。
あらためて、小姑との同居の難しさを痛感しながら、俺は森へと向かった。
「まぁ、鬼女が出るとは言うが、少しくらいなら大丈夫だろう」
そう軽く考えていた。
木陰に入り、ベルトを緩め、ズボンを下ろし、しゃがみ込む。
騒がしい探険隊に背を向け、俺は森に視線を向ける。
すると――薄暗い中にぼんやりと、白い人影が浮かび上がった。
まさか鬼女か?
いや、セイレーンかもしれない。
判断は軽率だと躊躇したその矢先――。
「イヒヒヒヒヒヒヒッ! 男ォ! 男ダァッ!」
「なっ、馬鹿な! 宙づりに!」
その白い鬼女は、突如として宙を舞い、なぜか頭と胴を逆さまにした。
そしてその格好のまま――。
「男ォッ! 男ォッ! 子種ぇッ!」
「うっ! うわぁあああっ! くっ、来るなぁっ!」
俺に突進してきた。
なんとか絶倫脱糞領主になるのは免れたが――俺はズボンを脱ぎ捨てると、脇目も振らずに探検隊の方に向かって駆けた。
まさか、本当に出るだなんて……!