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第14話 絶倫領主、第二夫人を娶る

 奇しくもセイレーンによる旧都襲撃により、新都への移住率は格段に跳ね上がった。

 怪我の功名というべきか、なにが物事を好転させるか分かったものではない。


 なんにしても、旧都に留まっていた民たちは、ほぼ八割が新都に移住し、俺もイーヴァンもほっと胸をなで下ろす結果となった。


 さて。

 そうなると、懸案だった花街だが――。


「新都は行政と海運の街であるからして、花街に区画を割くのは効率が悪い。また、どうしても商売の性質上、治安が悪くなることが懸念される。なので、新都に花街を設けることは断念することとした」


 新都への花街建造に向けて動いていた行政官たちに、俺はそう説明した。


 花街に関わる行政官の多くは、かつて父たちの下で甘い汁を啜っていた者たちだ。

 つまり、セイレーンたちの奴隷売買に関わっていた可能性がある。

 そいつらをまずは領内はもちろん利権構造から弾き出すための方便でもあるが――俺の目的はもう少し違うところにあった。


「とはいえ、港と花街は切っても切れない。そこでだ、使われなくなった旧都の宮殿を開放し、ここを拠点に花街の再編成を図る」


「きゅ、旧都ですと! しかし、あそこはセイレーンたちがたむろして!」


「そうだな。旧都はセイレーンたちに実質的に支配されている。人間たちが入り込む余地はない。だが……別に、人間の女が男の相手をしなくても構わんだろう?」


「しかしそれでは、我々の利益が……!」


「利益? ふむ、行政官よ? 我々はあくまで、娼婦と街娼に場所を提供しているだけであって、彼女たちを管理して利益を得ているわけではない――はずだな?」


 花街経営の建前だ。

 人間の尊厳を守るため――あくまで性を生業にする者たちは、本人の自由意志で売春を行っている。管理売春は、どの国でも、どの地域でも、認められていない。


 なので本来、行政が彼女たちから利益を直接得ることはない。

 まぁ実際には口を挟んだ行政官のように、なにかしらの見返りをもらっているが。


 何か言いたげな行政官を俺は睨み据える。

 脂汗を滲ませ、唇を噛みしめ、手を握りしめる姿は随分と哀れだ。

 まさか領主の落とし胤の絶倫男に、利権を奪われる日が来ようとは、この男も露ぞ思わなかっただろう。


 この様子なら、ほどなく父と弟を追い、本土に向かうに違いない。


 そうなってくれれば望むところだ。

 こちらとしても、大手を振って新しい取引先と商売ができる。


「ということでだ。入ってくれたまえ、セイレーンの姫たち」


「長女、アフロディーテ!」


「次女、マーキュリー!」


「三女、ダイアナ!」


「「「我ら、三人揃って……燕鴎四姉妹!!!!」」」


「「「「「ば、バカな! 三人しかいないのに、四人姉妹だと!」」」」」


 お約束の冗談をやって場を沸かす燕鴎四姉妹。

 今や、旧都の新たな主となった彼女たちを紹介すると、俺は今後は旧都と花街にまつわる経営の一切を、彼女たちに仕切らせることを正式に告げた。


「まぁ、女のことは女が決めるのが一番だ。彼女たちがどのように生きたいか、それを俺は領主として尊重しようと思う。ということなんだが……意義のある者はあるか?」


「もちろん、ございません。流石は旦那さまですわ」


 ご機嫌に手を叩く俺の正妻どの。彼女のひと言で全ては決した。


 かくして、モロルドの花街経営はセイレーンに委ねられた。

 これから彼女たちは自分たちの手で、旧都を女たちにとって働きやすい、歓楽街へと変えていくことだろう。もちろんそのやり方について、助言を求められたなら、俺はいくらでも相談に乗るつもりだし、援助を惜しまないつもりだ。


 花街が生み出す莫大な利益を、一手にセイレーンに委ねてよかったのか?


 その質問に対する返答はこうだ――。


「旧都はすでに港湾機能を喪失している。せいぜい、小型船が出入りするのが精一杯だ。ということで、新都と旧都を結ぶ定期船を就航する。この運営で当面は利益を得る」


「船だけではございませんわ! お得意さまには、新都から旧都までセイレーンと空の旅を満喫する権利を差し上げましてよ!」


「旧都と新都を結ぶ街道も整備して、道中でお金を落としてもらえるようにするよ!」


「えっとえっと……旧都の歴史文化財を保全して、ただの歓楽街ではなく、観光地としての整備も行っていくつもりです。どこまでできるか分かりませんが」


 ということだ。


 この政策のミソは新都と旧都を分けることにある。


 二つの都市を繋ぐだけで、新たな利益が発生するのだ。

 新都ひとつで完結させるより、こっちの方が遥かに多くの雇用を生み出せる。

 もちろん、それを無駄だという者もいるが――。


「バカな……そんな奴隷たちに金と自由を与えてなんになるというのだ! 我が領主はどうかしている! この暗君! 妾腹! 呪い子め!」


「……その言葉、聞き捨てなりません! この地に住まう領民に、あまねく生きる糧と場所を与えようという、旦那さまのお心遣いが分からぬというのなら!」


 後ろに控える正妻どのが、そんな奴らの口は塞いでくれるだろう。

 おっと、俺の横に侍って、いつでも剣を抜ける銀猫いたな。


 二人とも剣呑なんだから。

 参っちゃうよ。


「ということだ。俺は全ての領民を豊かにするために、これからもこの知恵と身体を使っていくつもりだ。それに異を唱えるというのなら、どうぞ好きな所に逃げるがいい」


 以上が、新都と旧都を巡る話と、花街の顛末である。


 これから俺たちはセイレーンと手を取り合い、旧都をモロルドの観光都市としてもり立てていくことになる。まぁ楽観視はできないが、これ以上悪いことにはならないだろう。


 ということで、今度こそどっとはらい――と行きたかったのだが。


「絶倫領主……いえ、ケビンさま! 我ら、セイレーン一族は、ケビンさまを領主として認め、その傘下に入らせていただきますわ!」


「絶倫領主……ケビン! どうかこれからよろしくね!」


「つきましては絶倫領主……ケビンさまには、セイレーン一族からの忠誠と親睦の証として、我らの末姫を娶っていただきたく存じ上げます」


 厄介なことになってしまった。

 先日、正妻を娶ったばかりだというのに、もう第二夫人だなんて。


 ニコニコとセリンは笑顔を浮かべているが、俺は知っているんだ。

 あの笑顔の下にどす黒い感情を隠しているってことを。

 第二夫人なんて認めるものかと、きっと言うに違いない。


 はてさて、どうしたものか――。


「えっと? 末姫ということは、ダイアナが俺に嫁ぐのか?」


「いえいえ、私のような根暗な醜女など、ケビンさまにはもったいのうございます。我ら四姉妹の至宝――やんごとなき末姫を嫁がせますので」


「というか、普通に考えて私たちじゃ、あの魔羅は相手ができない」


「しっ! お黙りなさいマーキュリー! セイレーンが人間相手に遅れを取ったなどと、恥もいいところでございますのよ! けれども、あの娘ならば問題にはなりませんわ!」


 なにやらセイレーン一族の沽券をかけての嫁入りらしい。

 これは無碍にするわけにはいかんよな……と、あきらめたその時。


「おに~ちゃん! おね~ちゃん! やっほぉ~!」


「うん? ステラ?」


「あら、ステラさん? 遊びに来たのですか?」


 精海竜王が覗く窓から、ひょいと小さなセイレーンが入ってきた。

 小柄な金髪の少女――ステラだ。


 彼女はとてとてとセリンに近づくとその胸に飛び込む。

 その姿は、まるで年の離れた姉妹のよう。


 たいそう微笑ましいものだった――。


「あのねぇ~! あのねぇ~! ステラ、今度からここのこ~きゅ~って所に住むことになったんだよぉ~! おに~ちゃん、おね~ちゃんと、一緒だねぇ~!」


「あらまぁ? お針子のお仕事に募集したんですか? ステラさんなら、もっといいお仕事を探してあげましたのに。なんだったら、私付きの侍女として……」


「ち~が~う~よぉ~! ステラはねぇ~! だいにふじんさんになるのぉ~!」


 ぎょっと目を剥く第一夫人。

 そして、そんな話をひと言も聞いていない夫。


 驚く俺たちの前でひらりひらりと舞ったステラは――。


「燕鴎四姉妹! 四女のステラだよぉ~! えへへぇ~!」


 そう言って、姉たちとそっくりな名乗り口上をしてみせるのだった。

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