「お~っほっほっほ! 絶倫領主も口ほどではありませんでしたわねぇ~!」
「姉さま! このままモロルドの旧都を、私たちで占領してしまいましょう!」
「あの人たちがいなくなった今、こんな島に閉じこもっていても、仕方ないですからね。私もマーキュリーお姉さまの提案に賛成です、アフロディーテお姉さま!」
「そうですわね! 絶倫領主も倒したことだし、攻め時かもしれませんわね!」
セイレーン逆ハー島。
断崖絶壁を上り、頂上へとたどり着けば――そこには、あきらかに人の手で作り上げられた、石造りの宮殿があった。
東国の造りではない。
西国。それも本土――レンスター王国の意匠だ。
おそらくセイレーンを住まわすために、彼らが作らせたのだろう。
館の中央。四つの玉座に座るのは、三人のセイレーンたち。
燕鴎四姉妹の長女アフロディーテ、次女マーキュリー、三女ダイアナである。
彼女たちは、自分たちが掠ってきた男たちを侍らせて調度品のように扱っていた。
さながらセイレーンの女王である。
そして、そんな彼女たちに魅了され頭を垂れる男たち。
魔歌にしてもそうだが、セイレーンは人を魅了する秘術を持つ。特に異性にこれは格別に効き、多くの男が虜になる。
はね除けるには強い精神力が必要だ。
精兵たちが為す術もなく拐かされたのも仕方がない。
そもそも抗うことが難しいのだ。
「ふふふっ! しかし愉快ですわ! まさかモロルドがこのようになるとは!」
「いい気味です! 長年、我らを搾取してきた奴らが悪いのです!」
「モロルドの領主たちはやり過ぎたのです。もし、本土からの追放が少しでも遅れていたと思うと……ううぅっ!」
「あぁ、泣かないでダイアナ! 私の可愛い妹! 貴女に涙は似合わなくてよ!」
「そうよダイアナ! 貴女は何も悪くないわ! 悪いのは、私たちをこんな狭い島に閉じ込め、翼をもごうとしたアイツらなんだから!」
怨嗟の声を上げる燕鴎四姉妹。
その会話から、だいたいなにがあったのかは俺も察した。
そして、彼女たちの身の上に同情もした。
しかしだからと言って、今回の横暴を許すわけにはいかない――。
「お前たちの身の上には同情する! しかしな……だからと言って、モロルドをお前たちの好きなようにはさせない!」
俺は燕鴎四姉妹の前におもむろに姿を現した。
「そ、その声は……絶倫領主⁉」
「ほう、この島に乗り込んでくるとは、いい度胸ね!」
「お姉さま! 下がってください! ここは私が相手を……!」
「「「って、なんで縛られてるの⁉」」」
セリンに身体を縄で縛らせた状態で。
俺の奇行にあきらかに引いているセリン。
しかし、俺には勝算があった――。
「聞け、セイレーン逆ハー島の女王たちよ! かつて西洋の英雄は、セイレーンの魔歌に打ち勝つべく、その身を帆柱に強く縛りつけたという!」
「「「それはそうですけど⁉ それがその格好となんの関係が⁉」」」
「故事にならって勝負をしようではないか、セイレーンよ! 俺がお前たちの魔歌に抗い、耐えることができたなら、この地に連れ込んだ男たちを解放しろ!」
これは、西国では一般的なセイレーンへの対処方法。
そしてセイレーンへの決闘の申し込みであった。
別に、領国経営の難しさに、頭がどうにかなったとかではない。
「さぁ! どうする、燕鴎四姉妹よ! 勝負を受けるか、受けないのか!」
「……よろしくってよ! その勝負受けてたとうではありませんの!」
「我ら燕鴎四姉妹の魔歌に悶えるがいい!」
「ど、どうなっても、知りませんからね……!」
言うがはやいか、玉座から燕鴎四姉妹が舞い上がる。
彼女たちは俺の頭上を旋回すると、その口から人を惑わす魔歌を奏でた。
耳に届くのはなんてことはない歌。
しかし、みるみる身体に淫らな熱が籠もっていく。
空を飛ぶ有翼の乙女たちに、欲望のまま手を伸ばしそうになる。
唇からうめきが漏れ、身体が膨れ上がる。自ら戒めた縄を無意識に解こうと、俺は身体に力を籠めていた。そんな俺を、不安げに見つめるセリン。
妻の悲しげな顔に少し冷静になる。
耐えろ! 耐えるんだケビン!
領民のため! 掠われた男たちのため!
そして、セリンを失望させないために!
「うふふふっ! もう随分と苦しそうじゃない!」
「口だけだったみたいだね! さぁ、一気に決めちゃうよ!」
「ごめんなさい! けど、勝負を挑んできたのは、そちらですから……!」
いっそう、魔歌を奏でる音声が大きくなり、皮膚の下を這いずり回る激情が強くなる。
ダメだ耐えられない。
意識を保つのも、もう限界だ――。
ついに、俺の中を走る感情が、弾けそうになったまさにその時!
「うっ、うわぁああああああああッ!」
「「「なぁッ⁉ 絶倫領主の服がッ⁉」」」
縄が断ち切れるより先に、服の方が破れてしまった。
裸体を晒し、恥をさらし、ついに自我さえ失いそうになる。
やはり英雄のようにはいかない。
セイレーンへの敗北に打ちひしがれる俺の前で――ピタリとセイレーンたちが、その人を惑わす妖艶な歌を止めた。姉妹揃って、赤く染まった顔を手と翼で覆い隠して。
「な、なっ! なんですの、あの規格外のソレは!」
「見たことない! あんな大きなのをつけた男、生まれてはじめて見る!」
「む、無理ですよ! は、入りませんからぁ……!」
なんの話か分からないが、とりあえず魔歌は止まった。
どうやら俺は、ギリギリのところでセイレーンに打ち勝ったようだ。
「ど、どうやら、勝負あったようだな!」
「ハッ! 私としたことが、つい見たことのないサイズのナニに取り乱して! まだですわよ! マーキュリー! ダイアナ! すぐに魔歌を……!」
再び人を惑わす歌を奏でようとする燕鴎四姉妹。
しかし、そんな彼女たちに――。
「お待ちなさい! 魔歌が止んだおかげで、旦那さまのそれは平常サイズに戻っておりますが……最大サイズは、これの倍ではすみませんよ!」
「「「そ、そんなに大きくなるものなの⁉」」」
セリンが謎の発言を浴びせ、その顔を茹で上がらせ唇を塞がせた。
よく分からんが、ここに趨勢は決した。
「「「くっ、殺せぇッ!!!!」」」
玉座ではなく地面に降り立つと、セイレーンの女王たちが苦渋の顔で告げる。
伝承に従うなら、彼女たちは自らその身を岩に投げつけ死ななければならない。
そこまで織り込み済みの作戦だったのだが……。
「だめだよ、おね~ちゃん! いのちはだいじだよぉ~! めッなのぉ~!」
死を受け入れた燕鴎四姉妹を、同じセイレーンのステラがいさめるのだった。
まぁ、たしかに死ぬほどのことではない。
それに彼女たちには聞きたいこともあった。