セイレーン逆ハー島は旧都の沖合にあった。
モロルド本島の百分の一もあるかないか。
人が住めるような平地はほとんどない。
切り立った崖と岩礁に囲まれた、絶海の孤島だ。
潮流も激しく、地元に住む漁師はもちろんのこと、遠洋航海中の船舶も避けて通る。
まさかこんな場所にセイレーンが棲息していただなんて。
「いや、それにしたっておかしい。宮殿の地図にも描かれていなかったぞ……?」
「地図を描いた後に島ができたとか?」
「岳父どののような海竜が、外海側にもいると? それは考えたくないな……」
もちろん自然現象として島が隆起する可能性もある。
だが……それは極めてレアな話だ。
となるとやはり――。
「宮殿ぐるみで、島を隠していた?」
「なんのために?」
セイレーン逆ハー島の入り江。
断崖絶壁を前に立ち尽くす俺に、良妻は曇りなき眼を向ける。
精海竜王の箱入り娘に、人間の薄暗い部分を語るのが気が引けた俺は、ついつい喉の奥に言葉を引っ込めた。
そんな俺に、妻はにじり寄ってくる。
その眉根の皺が深くなったかと思ったその時――。
「あれぇ~? おに~ちゃん、おね~ちゃん、どうしたのぉ~? そこは、潮が満ちたら沈んじゃうからぁ~、危ないよぉ~?」
パタパタと愛らしく羽音が響き、俺たちは空を見上げた。
「くっ、見つかったか! 気をつけたつもりだったが……!」
「旦那さま! ここは私にお任せください! 招雷打震!」
セリンの呪言で、空から紫の稲妻が降り注ぐ。
宙を舞うセイレーンに放たれたそれは、乙女の身を焦がさんとして――。
「ぴぃ! あぶなぁ~い!」
ひょいと簡単に避けられた。
砂浜を撃つ紫の雷。
白い煙が立ち上る中、その周りをゆるゆるとセイレーンが降りてくる。
金色の跳ねた髪に華奢な身体。
乙女というよりも少女。
まだ子供のセイレーンは砂浜に降り立ち、とてとてとこちらに歩み寄ってきた。
これまで会ったセイレーンたちと違って、なんとも友好的に。
「ほらほらぁ~! 雷も降ってきたぁ~! 危ないよぉ~!」
「えっ、あっ……うん?」
「あれれぇ~? おに~ちゃんもおね~ちゃんも、ステラと違って翼がないよぉ~? どうしよぉ~? それじゃ崖を上れないよぉ~?」
ぴぃぴぃと囀る少女セイレーン。
白絹の貫頭衣をまとった彼女は、俺たちの周りをパタパタと飛び回り、「困ったよぉ~、困ったよぉ~」とあわてふためく。
なんだか妙な娘と出会ってしまったな。
「あの、心配しなくても大丈夫ですよ。翼はありませんが、私は神通力で空を飛ぶことができますので」
「えぇっ! 翼がないのに空を飛べるのぉ~! おね~ちゃん、すごぉ~い! その方法をみんなに教えてあげてぇ~! そしたらまた、空を飛べるようになれるよぉ~!」
「みんな? また空を飛べるように? 喜ぶ? えっと、そもそも貴女はいったい?」
セリンの問いに、はっと少女セイレーンが背筋を伸ばす。
彼女はぱたぱたと翼をはためかせて宙を舞うと――どこかで見たような感じで、名乗り口上をあげるのだった。
「えっとぉ~! ステラはねぇ~、いぇんおう四姉妹の四女ぉ~! ステラだよぉ~!」
「四姉妹……?」
「四女?」
「そうだよぉ~! えっとねぇ~! たしか、こうポーズをしてぇ~? あれぇ~? こうだったかなぁ~? どうだったかなぁ~? 忘れちゃったぁ~?」