「お~ほっほっほっ! 慌てて帰って来たようですわね、領主さま!」
「けれどももう遅いわ! この都――モロルド旧都とそこに住む男たちは、この燕鴎四姉妹が預かった!」
「ごめんなさいごめんなさい! 私たちも生き残るために必死なんです! ですから、この男の人たちは、私たちの島――セイレーン逆ハー島に連れていきますね!」
「「「「「せ、セイレーン逆ハー島だってぇッ!!!!」」」」」
連れてきた兵士たちが驚きの声を上げる。
セイレーン逆ハー島。
たしかに言葉の響きは魅力的だ。
「……旦那さま?」
「そんなことはさせないぞ! 燕鴎四姉妹!」
兵士たちが騒然となる中、俺は毅然とセイレーンに立ち向かった。
だって横で嫁がバチバチって、白い稲妻を放っているんだもの。
「というか、なんだそのふざけた島は! そんな島、俺は把握していないぞ!」
気を取り直して、話を仕切り直す。
言った通り、そんな島があるなんて俺は知らない。
違法に彼女たちが島を占拠したのか?
この短時間で? 俺に気づかれずに?
宙を舞うセイレーンが四姉妹が嘲るように笑みを浮かべる。
彼女たちは海鳥のように宙を舞うと旧都の港へと飛んでいく。
まるで俺たちを誘うように――。
「うふふふっ! なにも知らない絶倫領主さま!」
「バカなアンタを、特別にセイレーン逆ハー島へ案内してあげるよ!」
「わ、私たちについて来てください!」
おあつらえ向きに港には帆船が係留されている。
これに乗れということだろう。
しかし、俺もバカではない。
「バカにするな燕鴎四姉妹! セイレーンがどういう魔物か知らぬと思ったか! 船に乗せて歌で惑わすつもりだろうが……そうはいかんぞ!」
伝承通りに彼女たちの餌食になるつもりはない。
俺は咄嗟に船に乗るのを思いとどまった。
しかし――俺以外の男たちはどうかな?
「どけ! 俺がセイレーン逆ハー島に一番乗りだ!」
「あんなかわいいお姉ちゃんに、侍らされるならそれもまたよし!」
「ハーレムもいいけど、逆ハーレムもいいよね!」
「美女主人に仕える喜び!!!! これぞ男に生まれた本懐!!!!」
イーヴァンが連れてきた精鋭兵たちは、誘われるまま帆船に乗り込んだ。
そして、俺とイーヴァンが止めるのも聞かずに錨を上げて――間を置かずにセイレーンの魔歌が海に響き渡った。
精鋭とは?
「ぐっ、ぐわぁあああッ! バカな、罠だと!」
「そうか、最初からセイレーンはこのつもりで!」
「船に乗ってしまえば、あとはもうセイレーンの思うがまま!」
「俺たちはまな板の上の鯉……いや、ベッドの上の男ということか!」
やかましいわ!
とにもかくにも、帆船はあっさり沈められてしまった。
港に取り残された、俺とセリンと、イーヴァンの三人は、セイレーンに掠われていく兵たちを、どこかしらけた顔で眺めることしかできないのだった。
いや、とぼけている場合じゃないんだけどね……。
「どうする、我が君。新都から連れて来た精鋭たちが、いとも簡単に連れ去られてしまったぞ。セイレーン侮りがたし。一度、都に戻って体勢を立て直すか?」
「いや、逆に今が好機だ。セイレーンたちをつけよう」
「おいおいさっきの今だぞ? 船に乗れば、セイレーンの魔歌で正気を失うんだぞ?」
「それなんだがな……」
俺が視線を向けたのは、控えていた妻のセリン。
彼女は視線にこくりと頷くと、ひょいと海に飛び込んだ。
魔歌にあてられたかと叫ぶ銀猫だが、その声が尻切れトンボに小さくなる。
仕方ない。海に身を投げたはずの我が妻はなぜか健在。
まるで平地と変わらぬように、海に立っていたのだから。
これなら船に乗らずに海を渡れる。
「悪いがセリンに島まで運んでもらう。セリン、頼めるな?」
「お任せください旦那さま! 精海竜王直伝の渡海の術をとくとご覧あれ!」
連れてきてよかった海竜の嫁。
船に乗れないならば、歩いていけばいいのだ。
俺はセリンに手を引かれ、彼女の秘術でセイレーンが待つ島へと向かうことにした。
はたして、セイレーン逆ハー島とはどういう島か。
嫌な予感しかしないが――。
「急ごう! 男たちの精気がしぼり尽くされる前に!」
迷っている時間は、俺たちにはなかった。