新都に逃げ込んできた民たちはひどく傷ついていた。
破れた服にボロボロの靴。中には裸足で歩いてきたものもいる。
髪は乱れ、土埃にまみれ、多くの者が引き裂かれたような傷を負っている。
「いったい、何があったんだ……?」
「考えるのは後だケビン! 負傷者をとにかく集めよう!」
イーヴァンの陣頭指揮で救助活動に当たる。
重傷者をセリンが手当てし、精海竜王が空を飛び途中で力尽きた民を回収する。
救助活動は夜半まで続き、事態が一段落したのは明朝のことだった。
旧都でなにが起こったのか。
旧都から来た民と触れあう中で、俺はその情報を把握した――。
「空から大量の女が飛んできて! 急に街を襲って!」
「奴ら、若い男を捕まえると、そのままどこかへ連れ去って!」
「島のさらに南の方角! 奴らが群れをなして飛んでくるのが見えた!」
「あれは間違いない……セイレーンじゃよ!」
セイレーンの群れが旧都を襲ったのだ。
「しかし、どうしてまた? こんな話は初めて聞くぞ?」
「旦那さま? セイレーンとは、いかなる魔物なのでしょうか?」
現場をイーヴァンに任せ、執務室に戻った俺とセリン、そして精海竜王。
精根尽き果て執務机にのけぞる俺に、セリンがおずおずと尋ねた。
まぁ、東国の者には馴染みのない魔物だ。
知らないのも無理はない。
「セイレーンというのは女人に鳥の翼が生えた魔物でな、海岸沿いに棲み船を歌声で惑わして沈没させるのだ。西方の航海関係者には、古くから恐れられている魔物だよ」
「まぁ! 人を惑わして船を沈めるなんて! ひどいことをするものですね!」
「まったくじゃ! 命をなんだと思っておるのかのう!」
お二人とも?
どの口で言っているんです?
ツッコミたいところだが、二人の機嫌を損ねると、この街ごと海に沈んでしまいそうなので、俺は黙っておいた。
民の命を預かる領主は辛いよ。
「とはいえ古い魔物だから、根本的な対処方法は確立れている。その性質を知っていれば、恐れるような相手じゃない」
「なるほど」
「ただ、問題は――どうしてこの東国に、セイレーンが現れたのかだ」
「たしかにそうですね。西国の魔物が、なぜ……?」
逃げてきた民の話を聞くに、セイレーンたちは群れをなしている。
つまり、セイレーンが棲息するコロニーがあるのだ。
しかし、モロルドの領内でそんな島があるという報告は聞いたことがない。
西国諸国が東洋で貿易をはじめて数百年になるが、セイレーンが発見されたという話もまた聞いたことがない。
「……なんだか嫌な予感がするな」
「旦那さま。逃げ遅れた民も大勢おります。すぐにも救援に向かわれるべきでしょう」
いろいろと思うところはあるが、セリンの言うとおりだ。
ここはあれやこれやと論じている場合ではない。
「よし! すぐに新都を発つ! 精海竜王どの、後を頼めますか!」
「まかせよ! それより一刻もはやく民を安んじてやるがよい!」
新都を頼りになる舅どのに任せて、イーヴァンが選抜した精鋭を連れ、俺は急ぎ旧都へと向かうのだった。
「私も同行します! 旦那さま!」
「セリン! いかん! 女のお前の出る幕ではない!」
「侮らないでくださいませ! 私は、精海竜王の娘でございますよ! 父譲りの神通力の威力を今こそお見せいたしましょう!」
それでもダメだと言おうとして、執務室の天井の大穴を思い出す。
彼女の身を心配する必要はないか。
というか、むしろ頼もしい。
息巻く妻の手を引いて、俺たちは旧都へと二人で発った。
◇ ◇ ◇ ◇
「……これは!」
「思った以上にひどい有様だな!」
島の北西から南東まで。
端から端に向かって、駆けに駆けて一日半。
途中、生まれ育った故郷の村で宿を取り、俺たちは昼過ぎに旧都に到着した。
そして、セイレーンたちにより、見るも無惨に変えられた都に言葉を失った。
かつて東の海に栄華を誇ったモロルドの港。
そこは――今や死屍累々の裸体の男たちで、地獄のような光景になっていた。
「うぅっ……も、もう、出せない……!」
「やめて……やめて……これ以上は、僕、もう死んじゃう……!」
「こ、こんな快楽知っちゃったら、もう人間の女じゃ満足できない!」
裸にひん剥かれた男たち。
セイレーンと海竜たち。
二つの魔性の違いをあえて言うなら男の扱いだろう。
船を沈めたセイレーンは、その船に乗る男たちを掠い巣へと持ち帰る。
そして、死に絶えるまで精を絞り取ってしまうのだ……。
荷だけでなく生気まで奪う魔性!
ひと思いに命を奪わず、じわじわと嬲り殺す残虐性!
「セイレーン、おそるべし……!」
「旦那さま! アレを見てください!」
凄惨なセイレーンによる凌辱に息を呑んだのも束の間、セリンが指を空にかざす。
太陽を背にして浮かぶのは六つの翼。
黄金の豊かな髪をしたふくよかな乙女。
黒いくせっ毛な髪をしたスレンダーな乙女。
赤毛のトランジスターグラマーな体つきをした乙女。
白い絹のドレスが潮風にひるがえる。
目が覚めるような有翼の三美姫は、俺たちの前で優雅に舞うと――。
「私は、長女! アフロディーテ!」
「同じく、次女! マーキュリー!」
「三女! ダイアナ!」
「「「三人揃って……燕鴎四姉妹!!!!」」」
なんだか、ギャグみたいな口上を俺たちに述べた。
「バカな! 燕鴎四姉妹ですって!」
「知っているのか、セリン!」
「知りませんけど! 三人しかいないのに四姉妹とはこれいかに!」
「そっちかぁ~~~~!」