「……ということで、現在も旧都には七割以上の住民が居留し、新都への移動を拒否している。まぁ、全員に移住してもらう必要はないが、半数以上というのはなぁ?」
「国の体としては、よろしくないな」
昼下がりの執務室。
旧都の動向調査をしていた銀猫から報告を受けた俺は、椅子に深く腰掛けると天井を仰いだ。セリンに空けられた穴はすっかり塞がり、東国風のシャンデリアが揺れている。
窓の外に巨大な気配を感じる。
視線を向ければ、大きな瞳が窓からこちらを覗き込んでいた。
舅の精海竜王さまである。
「別に、放っておけばよかろう。民を自由にさせるのも、王の器量ぞ」
「そうも言ってられない、事情があるんですよ」
「ほう?」
街を一つ機能させるには、それなりの人手が必要になる。
まずは国の政務に関わる者たち。
次に、主要産業に携わる者たち。
そして彼らの生活を支える者たち。
新都ではどの人材も不足している。
俺の人徳不足と言うしかないが――せっかく良好な税収が見込める新都ができたのに、このままだと収入の機会を失することになる。
そして、なにより重要なのが余剰人員だ。
「人が余ってないと新事業を興せないんですよね」
「ふむ、なるほど。お主の目的は、国の現状維持ではなく発展であったな」
「新しい産業を興し、この島を豊かにする。人は余るくらいじゃないと困るんですよ」
「移民を募ればよいのでは?」
「それもアリですが時間がかかります。今すぐ動かせる人員が欲しいんです」
島を発展させるために、人手はいくらあっても足りないくらい。
ただし――俺はこの通り、おこぼれで王位についた絶倫領主。
即位して間もないこの時期に、あまり強硬なこともできない。
そんなわけで、なんとも手の打ちようがないのだ。
雁字搦めの状況を俺は歯がゆく思っていた。
どうしたもんかなぁ……。
「ちなみに、婿どのは次になんの産業を興すつもりなのだ?」
「そんなの決まっているでしょ。家祖伝来のお家芸――花街ですよ」
そう口にするや、執務室の天井に大穴が空いた。
せっかく直した梁もシャンデリアも、全部ぶち抜いて白い稲妻が飛来する。
ひくひくと唇の端を引きつらせるのは、俺の正妻のセリンだ。
「旦那さま? 私の閨にはろくに通わないのに、遊郭には通いたいのですね……?」
「……いやいやいや! 違うって! 花街っていうのは貿易拠点では、めちゃくちゃ優良な収入源なんだよ! 俺が通うわけじゃないから!」
「本当ですか? そんなことを言って、私が許可していない女性と……?」
どうやら嫉妬に逸って飛んできたようだ。
舅どのに似て、本当に耳ざといのだから。
心配しなくても、正妻の君とそういうことがまだできていないのに、他の女にうつつを抜かす気はない。仕事が忙しくて、閨に行けてないのも申し訳なく思っている。
今夜あたり、ちょっと彼女の部屋に赴いて相手をしてあげよう。
「ぬはははは! これは
「なにを笑っているのですか、お父さま!」
のんきなことを精海竜王。
それもありかなと、納得しかけたその時――。
「たいへんです、領主さま! 旧都から、助けを求めた民が次々とこちらに!」
不穏な報が執務室に届いた。