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第8話 絶倫領主、遷都に行き詰まる

「……ということで、現在も旧都には七割以上の住民が居留し、新都への移動を拒否している。まぁ、全員に移住してもらう必要はないが、半数以上というのはなぁ?」


「国の体としては、よろしくないな」


 昼下がりの執務室。

 旧都の動向調査をしていた銀猫から報告を受けた俺は、椅子に深く腰掛けると天井を仰いだ。セリンに空けられた穴はすっかり塞がり、東国風のシャンデリアが揺れている。


 窓の外に巨大な気配を感じる。

 視線を向ければ、大きな瞳が窓からこちらを覗き込んでいた。


 舅の精海竜王さまである。


「別に、放っておけばよかろう。民を自由にさせるのも、王の器量ぞ」


「そうも言ってられない、事情があるんですよ」


「ほう?」


 街を一つ機能させるには、それなりの人手が必要になる。


 まずは国の政務に関わる者たち。

 次に、主要産業に携わる者たち。

 そして彼らの生活を支える者たち。


 新都ではどの人材も不足している。

 俺の人徳不足と言うしかないが――せっかく良好な税収が見込める新都ができたのに、このままだと収入の機会を失することになる。


 そして、なにより重要なのが余剰人員だ。


「人が余ってないと新事業を興せないんですよね」


「ふむ、なるほど。お主の目的は、国の現状維持ではなく発展であったな」


「新しい産業を興し、この島を豊かにする。人は余るくらいじゃないと困るんですよ」


「移民を募ればよいのでは?」


「それもアリですが時間がかかります。今すぐ動かせる人員が欲しいんです」


 島を発展させるために、人手はいくらあっても足りないくらい。


 ただし――俺はこの通り、おこぼれで王位についた絶倫領主。

 即位して間もないこの時期に、あまり強硬なこともできない。


 そんなわけで、なんとも手の打ちようがないのだ。

 雁字搦めの状況を俺は歯がゆく思っていた。


 どうしたもんかなぁ……。


「ちなみに、婿どのは次になんの産業を興すつもりなのだ?」


「そんなの決まっているでしょ。家祖伝来のお家芸――花街ですよ」


 そう口にするや、執務室の天井に大穴が空いた。

 せっかく直した梁もシャンデリアも、全部ぶち抜いて白い稲妻が飛来する。


 ひくひくと唇の端を引きつらせるのは、俺の正妻のセリンだ。


「旦那さま? 私の閨にはろくに通わないのに、遊郭には通いたいのですね……?」


「……いやいやいや! 違うって! 花街っていうのは貿易拠点では、めちゃくちゃ優良な収入源なんだよ! 俺が通うわけじゃないから!」


「本当ですか? そんなことを言って、私が許可していない女性と……?」


 どうやら嫉妬に逸って飛んできたようだ。

 舅どのに似て、本当に耳ざといのだから。


 心配しなくても、正妻の君とそういうことがまだできていないのに、他の女にうつつを抜かす気はない。仕事が忙しくて、閨に行けてないのも申し訳なく思っている。

 今夜あたり、ちょっと彼女の部屋に赴いて相手をしてあげよう。


「ぬはははは! これは星鈴セリンを旧都に派遣して、住民に移住するよう説得してもらった方がよさそうだのう!」


「なにを笑っているのですか、お父さま!」


 のんきなことを精海竜王。

 それもありかなと、納得しかけたその時――。


「たいへんです、領主さま! 旧都から、助けを求めた民が次々とこちらに!」


 不穏な報が執務室に届いた。

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