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第6話 絶倫領主、龍鳴航路を拓く

「おっ……! 帰ってきたか、お帰りケビン!」


 無事に精海竜王との謁見を終えセリンを伴って帰還した俺に、近くの村人たちが使う隠し港で待っていたイーヴァンが駆け寄ってきた。

 当然、行きよりも増えた乗員に、彼は首を傾げる。


「ところでそちらの娘さんは?」


「…………妻だ」


 ぎょっと目を剥き毛を逆立てる銀猫。

 生まれてこの方、生まれのせいで女に縁がなかった俺に、伴侶ができたことがそれほどおかしいのか。彼はこてんとその場に背中から倒れると、目をぱちくりとさせた。


 お前は猫か。


「妻! 妻と言ったか! 絶倫領主よ!」


「そうだ! 妻だ! 精海竜王との同盟の条件として、彼の娘を嫁にもらったのだ!」


「はっ……はぁあん、なるほどなぁ! 精海竜王め、なかなかに政治をわかっている!」


「あぁ、まったくなかなかに老獪だよ。しかし、それだけに頼りにはなりそうだ」


 俺はことの次第――エレンを嫁にもらった経緯を銀猫に話した。

 重要なのは海竜たちと同盟を組み、航路が拓けたことなのだが。


「そうかそうか! 我が君にもついに、その身を受け入れてくれる女性が現れたか! いやはや、精海竜王さまの娘とあれば夜も安心だ!」


「おいこら! 何を失礼なことを言っているんだ!」


「セリンどの……どうかこの唐変木をよろしくお願いしますぞ! 世継ぎはたくさん! 竜と人の子となれば、きっと頼りになるお世継ぎになることでしょう! さらに、岳父の精海竜王さまの加護があるとなれば……モロルドの未来は、これにて安泰ですな!」


「そんな簡単にいくかよ……」


 なぜかイーヴァンは、俺の嫁取りのことばかり褒めるのだった。


 お前だって、その顔で未だに独り身の癖に、勝手な言い草だよ。

 故郷の村に置いてきた妹のルーシーに、またお小言でも言われるがいい。

 いつまでもだらだらと遊んでるんじゃないよ。


「愉快なご友人でございますね」


「そうね。一応、家臣――近衛隊長なんだけど。悪いね、こんなのしかいなくて」


「信頼のおける臣を傍に置くのは、王として当然のことですわ。それに、この猫の獣人――イーヴァンどのは、口はともかく剣の腕前は相当と見ました。忠義も遊戯も本物。いざという時に、これほど頼りになる人物は、そういないでしょう」


 あまりに的確な臣下の評に、俺はもちろん銀猫まで押し黙る。

 そんなひと目で、その人物の人となりが分かるものなのだろうか。

 セリンは海竜の王の娘である。そのくらいの神通力があっても不思議ではない。


 とはいえ、この軽薄な男の底にある、忠烈を見事に看破してみせるとは――。


「これはなかなか、頼りになる嫁御をもらいましたな、我が君」


「だろう。下手な家臣より、よっぽど頼りになる」


 彼女からの評の代わりに、俺たちがそんなことを言うと、どこからどう見ても愛らしい美少女にしか見えない竜王の娘は、こくりと首を傾げて微笑むのだった。


「えぇ、どうぞ頼りにしてくださいませ」


◇ ◇ ◇ ◇


 かくして龍鳴海峡は拓かれた。

 俺たち――モロルド共和国とその暫定政府は、広く内海航路を東洋貿易を行う国々にアピールし、誘致することにした。

 外洋航路より格安で、なおかつ我々に十分な利益が出る通行料を設定して。


 最初は、音に聞こえた魔の海域を避ける船舶も多かったが――いざ、安全な航海ができると分かるや、なだれ込むように内海を利用する船は増えていった。

 今や龍鳴海峡は、行き交う船が絶えぬほどの盛況ぶりである。


 そして――。


「海峡の入り口に、遷都したのは正解だったな」


「だなぁ。内海の入り口ということもあるが……やはり、精海竜王どののご加護がありがたい。まさか、人の手で数年かかる港湾を、三日で整えてしまうのだから」


 俺たちは航路の開拓と共にモロルドの首都を、北西の内海の入り口に移動させた。

 内海を通る船舶を監視するのが一つ。船舶の停泊地――収入源を見込んでというのがひとつ。さらに、この海域の主である精海竜王を奉るためである。


 なんだかんだで面倒見がいい岳父どのは、この遷移を喜んでくれた。

 そして、その権能で海岸を隆起させ、すぐさま街の基盤を作ってくれたのだ。

 ちゃっかりと自分を奉る水上神殿の土台も建てて。


「いやぁ~! ほんに話の分かる婿どのじゃ!」


「いや、婿入りするわけではないですから。あくまで、政治のためでして」


「よいよい! となれば、孫も一緒に面倒が見られるのう! うむうむ! やはり、父母の愛とは子の生育に大切なもの! 家族はみんなで暮らした方がよいのう!」


「……精海竜王さまって、本当に海竜の王なんですか?」


「そうであるが? なにか?」


「いえ、なにも」


 完全にうかれたお爺ちゃんなんだもの。

 こんなの恐れていたなんて、うちの家祖は本当にビビりだったんだなぁ。


 なんにしても生け贄の話もこれで解決。

 万事丸く収まった――と言いたいが、まだまだモロルドには問題は山積みだ。


「農地開拓、産業育成、会社誘致……まだまだ、やらなくちゃいけないことはある」


「旦那さま。そう、焦らず参りましょう。私も、父上も、協力いたします。ですから、どうか思うがまま、やりたいことをなさってください」


 頼りになる嫁にそう言われれば、男としてついついその気にもなる。


「よし、それじゃやってみるか。弱小貿易国家の成り上がりって奴を」


 領土を切り捨てた本国に。

 俺を置き去りにした一族に。

 見捨てて逃げた家臣たちに。


 残ればよかったと思わせるため。


 東の海にある諸島で、俺の人生をかけた国作りははじまった。


「ところで……孫はまだかのう?」


「そんなご飯みたいに、ぽんとできるわけないでしょう! 精海竜王!」


 窓から政務室を覗き込み孫をせかす岳父には、ちょっと辟易としたが。

 あと、子作りも。


 どっちもしっかり、やってみせるさ。

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