「おっ……! 帰ってきたか、お帰りケビン!」
無事に精海竜王との謁見を終えセリンを伴って帰還した俺に、近くの村人たちが使う隠し港で待っていたイーヴァンが駆け寄ってきた。
当然、行きよりも増えた乗員に、彼は首を傾げる。
「ところでそちらの娘さんは?」
「…………妻だ」
ぎょっと目を剥き毛を逆立てる銀猫。
生まれてこの方、生まれのせいで女に縁がなかった俺に、伴侶ができたことがそれほどおかしいのか。彼はこてんとその場に背中から倒れると、目をぱちくりとさせた。
お前は猫か。
「妻! 妻と言ったか! 絶倫領主よ!」
「そうだ! 妻だ! 精海竜王との同盟の条件として、彼の娘を嫁にもらったのだ!」
「はっ……はぁあん、なるほどなぁ! 精海竜王め、なかなかに政治をわかっている!」
「あぁ、まったくなかなかに老獪だよ。しかし、それだけに頼りにはなりそうだ」
俺はことの次第――エレンを嫁にもらった経緯を銀猫に話した。
重要なのは海竜たちと同盟を組み、航路が拓けたことなのだが。
「そうかそうか! 我が君にもついに、その身を受け入れてくれる女性が現れたか! いやはや、精海竜王さまの娘とあれば夜も安心だ!」
「おいこら! 何を失礼なことを言っているんだ!」
「セリンどの……どうかこの唐変木をよろしくお願いしますぞ! 世継ぎはたくさん! 竜と人の子となれば、きっと頼りになるお世継ぎになることでしょう! さらに、岳父の精海竜王さまの加護があるとなれば……モロルドの未来は、これにて安泰ですな!」
「そんな簡単にいくかよ……」
なぜかイーヴァンは、俺の嫁取りのことばかり褒めるのだった。
お前だって、その顔で未だに独り身の癖に、勝手な言い草だよ。
故郷の村に置いてきた妹のルーシーに、またお小言でも言われるがいい。
いつまでもだらだらと遊んでるんじゃないよ。
「愉快なご友人でございますね」
「そうね。一応、家臣――近衛隊長なんだけど。悪いね、こんなのしかいなくて」
「信頼のおける臣を傍に置くのは、王として当然のことですわ。それに、この猫の獣人――イーヴァンどのは、口はともかく剣の腕前は相当と見ました。忠義も遊戯も本物。いざという時に、これほど頼りになる人物は、そういないでしょう」
あまりに的確な臣下の評に、俺はもちろん銀猫まで押し黙る。
そんなひと目で、その人物の人となりが分かるものなのだろうか。
セリンは海竜の王の娘である。そのくらいの神通力があっても不思議ではない。
とはいえ、この軽薄な男の底にある、忠烈を見事に看破してみせるとは――。
「これはなかなか、頼りになる嫁御をもらいましたな、我が君」
「だろう。下手な家臣より、よっぽど頼りになる」
彼女からの評の代わりに、俺たちがそんなことを言うと、どこからどう見ても愛らしい美少女にしか見えない竜王の娘は、こくりと首を傾げて微笑むのだった。
「えぇ、どうぞ頼りにしてくださいませ」
◇ ◇ ◇ ◇
かくして龍鳴海峡は拓かれた。
俺たち――モロルド共和国とその暫定政府は、広く内海航路を東洋貿易を行う国々にアピールし、誘致することにした。
外洋航路より格安で、なおかつ我々に十分な利益が出る通行料を設定して。
最初は、音に聞こえた魔の海域を避ける船舶も多かったが――いざ、安全な航海ができると分かるや、なだれ込むように内海を利用する船は増えていった。
今や龍鳴海峡は、行き交う船が絶えぬほどの盛況ぶりである。
そして――。
「海峡の入り口に、遷都したのは正解だったな」
「だなぁ。内海の入り口ということもあるが……やはり、精海竜王どののご加護がありがたい。まさか、人の手で数年かかる港湾を、三日で整えてしまうのだから」
俺たちは航路の開拓と共にモロルドの首都を、北西の内海の入り口に移動させた。
内海を通る船舶を監視するのが一つ。船舶の停泊地――収入源を見込んでというのがひとつ。さらに、この海域の主である精海竜王を奉るためである。
なんだかんだで面倒見がいい岳父どのは、この遷移を喜んでくれた。
そして、その権能で海岸を隆起させ、すぐさま街の基盤を作ってくれたのだ。
ちゃっかりと自分を奉る水上神殿の土台も建てて。
「いやぁ~! ほんに話の分かる婿どのじゃ!」
「いや、婿入りするわけではないですから。あくまで、政治のためでして」
「よいよい! となれば、孫も一緒に面倒が見られるのう! うむうむ! やはり、父母の愛とは子の生育に大切なもの! 家族はみんなで暮らした方がよいのう!」
「……精海竜王さまって、本当に海竜の王なんですか?」
「そうであるが? なにか?」
「いえ、なにも」
完全にうかれたお爺ちゃんなんだもの。
こんなの恐れていたなんて、うちの家祖は本当にビビりだったんだなぁ。
なんにしても生け贄の話もこれで解決。
万事丸く収まった――と言いたいが、まだまだモロルドには問題は山積みだ。
「農地開拓、産業育成、会社誘致……まだまだ、やらなくちゃいけないことはある」
「旦那さま。そう、焦らず参りましょう。私も、父上も、協力いたします。ですから、どうか思うがまま、やりたいことをなさってください」
頼りになる嫁にそう言われれば、男としてついついその気にもなる。
「よし、それじゃやってみるか。弱小貿易国家の成り上がりって奴を」
領土を切り捨てた本国に。
俺を置き去りにした一族に。
見捨てて逃げた家臣たちに。
残ればよかったと思わせるため。
東の海にある諸島で、俺の人生をかけた国作りははじまった。
「ところで……孫はまだかのう?」
「そんなご飯みたいに、ぽんとできるわけないでしょう! 精海竜王!」
窓から政務室を覗き込み孫をせかす岳父には、ちょっと辟易としたが。
あと、子作りも。
どっちもしっかり、やってみせるさ。