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第5話 絶倫領主、子作りを求められる

 かくして俺は精海竜王に謁見する決意をした。

 龍鳴海峡に住まう住人たちに、手漕ぎ船を借り、海竜たちの棲処へと漕ぎだし、海竜の王へと同盟を直談判した。その結果が……。


「子作り? なんでそうなるんだ?」


「ま~ご! ま~ご! ま~ご! ま~ご!」


「精海竜王さま? ちょっとノリが軽すぎませんか?」


 このザマだよ。


 なぜか俺は、海竜の王からその娘をあてがわれ、子供を作ることを強要された。

 俺はただ、モロルドを国家として強くしたかっただけなのに。

 しかもよく知らない女性と子を成すだなんて……!


 ちらりと俺はセリンさんの顔色をうかがう。

 黒髪の淑女は、その父親と違って随分と冷静だった。

 静かにその場に佇み、微笑を浮かべている。


 その姿がなんとも俺には――。


「こっづくり! こっづくり! さっさとこっづくり!」


「あーもう、うるさいですよ精海竜王さま? こっちが真剣に悩んでるのに?」


「なんだと貴様! 義理の父親に向かって、なんという口を利くのだ!」


「義理の父親?」


「そうだ! もっと親愛を込めて――岳父パパと呼びなさい!」


「なんだこの竜? 身内になった途端、なれなれしさが半端ないな!」


 はしゃぎっぱなしの精海竜王。

 こんなのが、数世紀にわたり、この海域を支配してきただなんて。

 そして、我が家祖たちが苦しめられてきただなんて。


 残念すぎるだろ。もっと現地民の話をちゃんと聞こうよ。

 本国の顔色ばかりをうかがって、領土のことをよく調べなかったツケがこれだよ。

 これならもっと昔から精海竜王を懐柔できていたんじゃないのか……。


 いや、そのおかげで俺はこうして独立できたのだ。


 そうだ、これは縁戚同盟。

 竜と人という異種族の差こそあれど。

 やっていることは、人間の世界のそれと変わらない。


 有力な氏族が、さらにその力を拡大するために。

 優秀な者の地を取り入れるために。

 平然と行われていること。


 なにもおかしなことはない。


 なのに――。


「せっかくだが、精海竜王! この話、お受けしかねる!」


「…………なに!」


「セリンどのの気持ちはどうなる! このように政治の道具に使われて! 彼女の心を考えぬのか! 精海竜王よ、貴方には親の心というものがないのか!」


 俺はこの縁戚同盟を断った。

 あくまでそれ以外の方法で、モロルドと海竜たちは同盟を組むべきだ。


 別にセリンどのが嫌いな訳ではない。

 海竜の嫁を娶ることを恥じているわけではない。


「親の決めた婚姻など、俺にはできません! 本人たちの間に愛のない、形だけの結婚など虚しいだけではありませんか!」


 この同盟は俺の勝手ではじめたこと。

 それにセリンどのを巻き込むのがはばかられたのだ。


 そうだ、彼女だって嫌に違いない。

 貧乏港湾都市の、間に合わせの領主に嫁ぐだなどと。

 精海竜王の娘なら、もっとしかるべき相手がいるはずだ。


 見たところ年頃の娘さんだ。

 好きな男の子の一人や二人もいるだろう。


 なにより俺は絶倫領主と揶揄される男。

 そんな男に嫁ぐのなど、きっと恥ずかしいに決まっている――。


「愛なら、追って育めばよいではございませんか?」


「…………セリンどの?」


 精海竜王の娘は、はっきりとした声色で告げた。


 俺から離れていた彼女は、そっとまた身を寄せると、今度は控え目に手を取った。

 揃えた指で掌を撫で、彼女は俺を慈しむように触れてくる。

 どうしてか、少しだけ懐かしい気持ちになった。


「旦那さまはお優しい方なのですね。女の私を気遣ってくださるとは……」


「そんなことは! 男として、当たり前のことです!」


「その優しく実直な心根が、私は気に入りました。旦那さま……いえ、ケビン。どうか私を貴方の正妻として、おそばに置いてくださいませ。きっと、貴方の建国のお役に立ってみせましょう」


「いや、しかし……セリンどのは、本当にそれで?」


「私は、箱入り娘ですから、恋だの愛だのというのはわかりませぬ。ですが、貴方が何かを成す男だというのは、覇王の娘として分かります。どうかその覇業を、そのおそばで見届けさせてはくれませんか」


「だが、しかし……それなら、別に女官ということでも? 無理に嫁がなくても?」


「…………もうっ! 私だって、言葉を選んでおりますのよ! 素直に嫁にすると申してください! 好きでもない、気にもならない男相手に、ここまで食い下がっている時点で、脈ありというくらい察してくださいまし! ほんと、いけませんよ旦那さま!」


「あ、はい、すみません……」


 懇々と説得されていたと思ったら、最後は怒られてしまった。


 ぷりぷりと頬を膨らませて怒る俺の正妻どの。

 ツンと鼻の先を空に向ければ、気づかぬうちに海空に満ちていた暗雲は晴れていた。

 まるで俺たちの婚姻を祝福するかのように。


「分かった、俺も男だ。セリンどのがそこまで言うなら」


「……もうっ! やっと腹を括ってくださいましたのね!」


「精海竜王! 貴方の娘をもらい受ける! 絶対に俺が、彼女を幸せにしてみせよう!」


 かくして、俺はちょっと気難しい竜王の娘を、妻として迎え入れることになった。

前途は多難そうだが――。


「では、あらためまして。よろしくお願いしますね、旦那さま」


「……ああ!」


 俺の手を取り微笑む覇王の娘を、俺は信じてみることにした。


「それと……私が正妻ですからね、それだけは譲りませんからね?」


「そんなにこだわることなのかい?」


「当たり前でしょう。私はこの龍鳴海峡を統べる精海竜王の娘なのですよ。そんな私を、ないがしろにするなど、言語道断というものです。別に、側室も愛妾もいくらでも囲ってくださって構いませぬが、貴方さまの一番は譲れません」


「これは、見かけによらず随分と気難しいお嫁さまだ」


「それと浮気は許しませぬよ。側室を持つのも、愛妾を囲うのも、私に許可を」


「しないしない! しないから安心してよ!」


 思った以上に、嫉妬深いなセリンは。


 もちろん、セリンをないがしろにするつもりはない。

 だが、こうも俺の寵愛を一心に受けようとするのは、なんだか悪い気がしなかった。


 まぁ、彼女となら、うまくやっていけそうだ。

 国作りも。あと、子作りの方も。


「これはすぐに、孫の顔が見られるかもしれんのう……!」


「精海竜王!」


 ふざけてそんなことを言った岳父の顔は、天地を揺るがす巨龍にも関わらず、なぜかちょっと愛嬌があるように見えたのだった。

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