「はぁ、父上も厄介事を押しつけていってくれる。俺に、領土放棄されたモロルドを、どうにかまるく治めろだなんて……」
「そう言うなよ。なんの苦労もせず、まるっと島ひとつその手中に納めたんだぞ。これをどうするかは、貴方次第でございますぞよ……絶倫領主!」
「だから絶倫じゃない! ちょっとちんちんが大きいだけ!」
クスクスと笑う銀髪紅顔の美男子は俺の幼なじみ。
モロルド領本島の南端にある小さな村の長者の息子――イーヴァンである。
磨き上げられた鋼の鎧に、領主直属の騎士の身分を示す紋章。
その姿は、まごうことなく領主を守る近衛兵だ。
つい先日まで、村で鍬を振るっていたとは思えない。
もっとも、頭に生えた獣耳で彼がまっとうな出自でないことはバレてしまうが。
そんな銀猫は、絶妙ななれなれしさで俺の肩に手を置く。
幾人もの女性を陥落せしめた妙技は、残念ながら男の俺には効かない。
だが、ちょっとくらい気が引き締まった。
「さて、領主どの。我らとしては、同じ村の出身で、同じ身の上である貴方が、この島を治めてくれるのは、たいへん具合がよろしい」
「あぁ、そうかい。俺の気持ちはどうだっていいのね……」
「先代のご領主さまは本国にお逃げあそばされた。正当な次期領主であらせられた、弟君も戻ってくることはない。そして、本国――レンスター王国も、今後この地に関わるつもりはない様子。では、もう好きにやってしまっていいのでは?」
銀猫が目を細める。
この不敵な友人は、幼い頃はもう少し大人しい口だったのだが、ここのところこうやって俺をそそのかそうとする。
とはいえ、そんじょそこいらの有象無象よりは頼りになるし、信じられる。
事実、父上の本国帰還に伴い、多くの家臣と領民がモロルド領に見切りをつけて去ったが、彼はこうして俺の下に留まってくれた。
腹の底は見えないが……見えたところで知れている。
こいつが善人だというのは、長い付き合いの俺がよく知っていた。
そして、彼と彼らが何を望むのかも。
「やはり独立か?」
「左様。モロルド領を国にするべきです。そして、ケビンさま――貴方が王として立つのです。この島に、我らで楽土を築きましょうぞ」
「簡単に言うがなぁ、お前。港はボロボロ、耕地も痩せ細り、おまけに領民が逃亡中のこの地で、いったいどうしろというのだ」
「おや? 暗愚の王に、仕えたつもりはございませぬが?」
ヒクヒクと銀猫の柔らかな耳が動く。
俺は深いため息を吐いた。
まぁ、たしかに国を興す算段はある。
本国からの領土放棄と領主の転封に伴い島から出て行ったのは、本国に由縁を持つ者たちばかりだ。まだ、モロルド領には多くのこの島に縁のある者たちが残っている。
先祖代々このモロルド領に棲んでいる氏族。
長い年月をかけ現地の民と交わり土地に根ざした者たち。
寄る辺のない労働者たち。
この者たちをなだめすかし、この地で不要な乱を起こさぬようにするのが、俺がここに置かれた理由。逆に言ってしまえば、こいつらにそれだけの力があるということ。
だったらまぁ、素直に本国と父上の思惑に乗ってるやる必要もあるまい。
「そうだなぁ、捨てられた者たちで、国を興すというのも一興よなぁ」
「流石は我が君!」
俺はモロルドの独立を目指すことにした。
家臣なし。
寂しい寂しい建国だった。
「あぁけど、俺は王になる気はないぞ?」
「おっと? この期に及んで責任から逃れるおつもりか?」
「議会共和制でいく。しばらくは俺が音頭をとるが、領民が集まったらとんずらこかせてもらうからな。だいたい、俺は人の上にたつようなガラじゃないんだ」
「……そういうところですぞ! 我が君!」
割と本気で言ったのだが、冗談と思ったのかイーヴァンが俺の背中を叩く。
お前は甲冑を着ているけれど、俺はよく分からん礼服なんだ。
加減しろよバカ。
「それで、我が君? 何をもって国を興します?」
「それはやはり……海運だろうなぁ。小さな島だし」
「なるほど。しかし、既に良港は東の海に数多とあります。その中で、モロルドが再び海洋拠点の要衝となるには、なにか目玉が必要でしょう?」
一つ、アテがあった。
それは家祖から続く悩み。
けして触れてはならぬ禁忌。
魔の海域――そしてそこに棲む竜たちだ。
「精海竜王と話をつける。龍鳴海峡を通れるようになれば、この良港は必ず蘇る」
俺の言葉に、我が意を得たりと微笑む銀猫。
彼はまた俺の背中をぺしりと叩くと、嬉しそうにその耳を揺らすのだった。
だから痛いって言ってるだろうが。