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第2話 絶倫領主、領土ごと追放される

 モロルド領はレンスター王国の飛び領地だ。

 かつて、東の航路を求めて波濤万里を旅したモロルドの家祖は、七月七日に及ぶ航海の果てに、現在の領土――この諸島を発見した。


 遠浅の良好な港。

 外海と内海で豊富に獲れる魚。

 山が少なく広大な耕作地に、良質な石材が獲れる採石場。

 北側には異なる文明が栄える大陸があるが、深い森と山に阻まれ手出しができない。


 諸島は東航路の重要な拠点かつ、東側世界との貿易の中継地として、おおいに栄えることになるだろう。そう判断した時のレンスター王は、発見者であるモロルドの家祖をこの地に封入し、晴れて諸島はレンスター王国モロルド領は誕生した。

 家祖、その息子、その孫は、モロルドの開拓に精を出し、半世紀をかけて晴れてこの地は思惑通り、東航路の要衝地へと発展したのだった。


 眠らぬ島のモロルド。


 とは、この全盛期を指して、本土からやってきた吟遊詩人が評した言葉だ。


 しかし、栄枯盛衰は続かない。

 代が続くにつれて、モロルド家は島の開拓を行わなくなり、代わりに怠惰な享楽を貪るようになった。


 酒、女、賭博。


 いかんせん、過酷な船旅をする船夫たちの憩いの場という性質もあり、この地とその領主を娯楽が毒していくのははやかった。

 そして、それを並みいる家臣たちも咎めはしなかった。

 かくしてモロルド家の凋落は、まるで緩やかな病に冒されるが如く、静かに進行していった。そして、気がついた時には、その復興は叶わぬものとなっていたのだ。


「なに! モロルドから軍港を撤退させるだと!」


「はい。レンスター王は、東航路の拠点をさらに東のトリストラムへと移し、そこに軍港などの施設を移設するそうです。この港――モロルドは今後使わないと」


「バカな! なにをふざけたことを! この地が王国にどれだけの富を産んだか!」


「領主さま、時代は変わったのです。残念ながら」


 先代領主――俺の父は、家臣の言葉に狼狽えて杯を床に叩きつけた。

 その杯に酒が戻らぬように、モロルドの栄華も戻らなかった。


 新たな航路の発見。

 それに伴う、より良好な港の建造。

 領主の腐敗により統治機能が麻痺し、古き港湾施設しか持たないモロルドでは、新たに開かれた港に太刀打ちできるはずもなかった。


 もし、港から得られる利益を、島の整備に回していたら。

 最新の停泊施設、最新の宿泊所、綺麗な街並み、そして港を支える領民たちに、最低限現代的な生活を提供できていれば――まだ俺の弟の代までは大丈夫だっただろう。


 そして、無慈悲な通達は、軍港の移転から五年も待たずに訪れた。


「領主さま、レンスター王国から正式な通達がありました。モロルド領を今後レンスター王国の領土として認めない。モロルド領はこれより王国の領土から除外すると」


「ばかな! ばかなばかなばかな! あり得ぬ!」


 酒色に溺れた領主と、古びた港湾都市は、無慈悲に本土から見捨てられた。


 ただし――。


「しかし、ご安心ください領主さま! 領主さまには、本土に新たな封土を用意してくださるとのことです!」


「おぉ、それはまことか!」


「はい! 速やかに本国に戻られたしとのこと!」


「うむ! わかった! すぐに本国に向かう支度をせよ!」


 領主とその一族は、長らく治めた土地を捨てて、レンスター王国へと帰還した。

 領民たちに何も告げず。財産をしっかりと持ち出して。


 残されたのは寂れた港と枯れた農地。

 職のない民と都市機能を失った街。

 そして、都合よく立てられた仮初めの統治者だった。


 領主たちが逃げ去った館の門前。

 島の命運を委ねられた若者は、血気に逸る領民たちに向かい言い放った。


「父上と、次期領主――カイン・モロルドは本国に帰還した! 残された民の差配についてはこの私、ケビン・モロルドに一任されることになった!」


「なんだって! 絶倫嫡男が、仮の領主だって!」


「終わりだ! このままこの島は、ハーレム島になって終わりなんじゃ!」


「いやよ! 絶倫男が領主だなんて! こんな島、出てやる!」


 ケビン・モロルド。

 領主の私生児として生を受け、正妻の子である次期当主の弟の補佐役として、領内で僅かな食い扶持を与えられていた男は、この日ようやくモロルド領の表舞台に立った。


 ただし、あまりにもあんまりな悪評と共に。


「違う! 絶倫じゃない! 誤解なんだ! ちょっと人より大きいだけ!」


「「「やっぱり絶倫じゃねえか!!!!」」」


 違うんだ!

 本当にちょっと大きいだけなんだ!

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