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31話:荒っぽいお出迎え

 サンゴの町へ入った際に、グラッドは何度も驚いた。


 街の周囲に張られた薄い膜が何の抵抗もなく通り抜けられた事。それと同時に水中でも無事でいられる魔法の泡ががフッと消えてしまった事。


 しかし、何故か溺れることもなければ苦しくもない。


 いかなる力が働いているのかはわからないが、膜の中に入った後はゆっくりと地面に降りていき、着地したあとは地上と同じように歩けるようだ。


 ならばウレイラも同じように着地して、あの尾っぽで歩くのだろうか? 少し滑稽な想像しつつ顔を横へ向けると、


「ん? どうかした?」


 あっけらかんとした様子でウレイラは宙に浮いていた。元々水中なので宙というのも変だが、どうやら普通に泳げるようだ。

 前方へ一直線にのびる大通りの向こう。家屋や店舗などに相当する建造物が多い街の中心部の方へ目をこらすと、あちこちで泳ぎ回るマーメイド達の姿が見える。


 つまり、地上と同じように足つけて歩けるのはグラッドだけ。マーメイド達は海中にいるのと同じという事なのかもしれない。なんのためかはわからないが。



「ウレイラは歩かないのか?」

「あたしはキミみたいな二本足じゃないもの。泳いだ方が遥かに楽チンよ」


 それもそうだ。グラッドだってもしマーメイドの尾をもつのなら歩く必要なんてない。


「でも、まったく歩かないわけじゃないけどね」

「ぴょんぴょん跳ねるのか?」

「……どういう想像したらそうなるのよ。あたし達は泳ぐのは得意だけど疲れないってわけじゃないの。全身筋肉痛になる時だってあるんだから」

「筋肉痛……」


 マーメイドといえば子供向けの童話に登場したり、勇者の物語で手助けをしてくれる存在というイメージがあった。これはそれなりに一般的なものであり、グラッドも同じイメージを持っている。

 しかし、筋肉痛なんて言葉を聴くと一気にメルヘンらしさが奪われたような変な感じがしてならない。


 同様に。


 地上と海。場所は違えど同じように生きる者としては、グッと身近なものに思えもしたが。


「だから、そういう時のためにこんな事もできるのよ、っと」


 何かむにゃむにゃと呟いてから手を振ると、ウレイラの下半身が淡い光に包まれていく。その光がおさまると、そこには人間と変わらぬ二本の足が生えていた。



「すごいな。人間になる魔法か?」

「そゆこと。コレがあるから地上の人とも交流しやすくなったんだって」

「へぇ~……」


「さっ、いつまでも町の入口に留まってもしょうがないわ。とりあえず私のウチでも行きまし――」


 グラッドの手をとって歩き出そうとするウレイラだったが、それは叶わなかった。



「男を連れ込むなんて随分色気づいたもんだねウレイラ。しかもそいつは地上の人間じゃないか」


 しわがれた声がどこからともなく聞こえてくる。

 その声色からは悪意は感じられないが、警戒されているような感覚をグラッドは感じとった。


 とはいえ、それは予想出来たことだったので彼が慌てることはない。見ず知らずの旅人が村や町を訪れた時のいくらかはこんな反応をされるものだ。

 ましてやそれが海中の街に突然訪れた人間相手となれば当然の対応でもあろう。


「やばっ! もうマジョ様にバレちゃってるみたい」

「マジョ様って……この声の主が?」

「うん。サンゴの町の中でも特別色んな魔法が使える人で、皆から頼りにされてるすごいおばあちゃんなの」

「そいつはまた大物のお出ましだな」


 要は国の重鎮みたいなものか。

 そう受け取ったグラッドは、まずは挨拶から試みた。


「断りもなくマーメイドの地に足を踏み入れたことを許してほしい! オレの名はグラッドレイ。とあるものを探して地上を旅していたが、此度はウレイラに頼み、ココまできた!」


 まさかいきなり攻撃されたりはしないだろうが、念のためにグラッドはウレイラを庇えるように前に立った。その態度は少なくとも相手の不興を買うことはなかったようだが、どこかから見られているような感覚は途切れていない。


「……地上の人間がこの街に何を探しにきたっていうんだい? 狙いは貴重な海の宝か? マーメイドの魔法か? それとも、ウレイラに垂らし込まれでもしたかい? だったら迷惑かけない限りお前らの勝手だがね」


 突き放すような言い方に聞こえるが、どこかからかっているようでもある。おそらくだが、このマジョは意地が悪い。


「もー! そんな言い方じゃまるであたしがこの人を誑かした悪女みたいじゃないですか! 訂正してください、これはれっきとした純愛です!!」

「いや、助けてくれたのは感謝してるけどそういうんじゃないから」

「えへへ、ご覧のとおりあたしのプリンスは照れ屋さんなんですよマジョ様~」


 妄想たくましい少女に対して、最低でも二人分の溜息が漏れた。


「やれやれ……まさかとは思うが、お前さんこの妄想娘にムリヤリ連れてこられたとかじゃあないよねぇ? もしそうなら責任を持って地上に送り届けてやるよ」


 街へ続く道の方からそう聞こえてきたので、グラッドがジッとそちらを見つめる。すると、何もない空間から大変ふくよかでまるっとしたボディの老婆が徐々に姿を現わした。


 白髪の髪は大きなお団子が乗ったような型で整えられ、服はフードなしの真っ青なローブ。裾からわずかにはみでているのは二本の足で、ウレイラのような尾っぽではない。そのためマーメイドの魔女というよりも、老練な人間の魔女といった印象が強かった。

 どちらにしても只者ではない。通常よりも遥かに長い年月を重ねてきたグラッドは相対する相手の強い気配を強く感じ取れている。


「安心してくれ、ココにいるのはオレの意志さ。だからウレイラに罰を与えないで欲しいな」

「そうはいかないよ。勝手に地上の人間を連れてくることはルールに反するからね」


「ええー!? あたし怒られちゃうの!? そんなーーー!」

「きゃあきゃあ喚くんじゃないようっとおしいね。あんたって子はまったくどうしてそうなんだい! いきなり街を出て心配させるわすぐに戻ってこないわ、挙句の果てに地上の男と一緒に戻ってくるだぁ?」

「そ……それはその、運命の出会いが……」

「あんまり妄想癖をこじらせると出会いどころか行き遅れるよ、このアホ娘が」

「ガーン!?」


 およよよと涙目で崩れ落ちるウレイラ。

 今のやり取りだけでも、彼女の妄想は癖であり、それが街の重鎮である魔女にまで知れ渡っていることが窺い知れる。


 ショックを受けている少女を尻目に、グラッドは改めて海の魔女とおぼしき老婆と対峙した。


「えーと、改めて訊くがあなたが海の魔女か?」

「そのとおりだよ。泣く子も黙る恐るべき海の魔女、アルサー様とは私をおいて他にいないさね」


 傲岸不遜な態度のアルサーだったが、グラッドはあまり不快な印象を抱かなかった。それが当然と感じられるような迫力と威厳が彼女にはあったからだ。


「もし俺が邪魔なら長居はしないよ。ただ、ひとつだけ頼みを聞いて欲しいんだ」

「ほう? 言うだけ言ってみな」

「海の魔女と呼ばれるあなたが知っている事があれば教えて欲しい。不老不死の――」


 不老不死。

 その言葉が出た途端、アルサーの態度が一変した。それは明らかに敵対者に向ける視線であり、老婆がすかさずグラッドに向けて杖を振るうと獰猛なサメを象った水圧が飛び出した。同時に巻き添えをくらわぬようウレイラが障壁に包まれていく。


「マジョ様!?」


 客人に対するいきなりの攻撃にウレイラが悲鳴をあげた。

 サメが直撃したグラッドの身体がそのまま後方へと押し出され、折重なったサンゴの壁に激突する。


 その威力に壁がガラガラと崩れて砂が巻き上がる。透き通った水が白く濁り、煙のようにグラッドがぶつかった辺りを包みこんだ。


 唖然とするウレイラに対して、アルサーが臨戦態勢を解く気配はない。


「いくらなんでもあんまりよ! いきなり攻撃するなんて――」

「静かにおし。あんたはとんでもないのを連れてきたかもしれないんだよ? ……ほら、よーくみてごらん」


 アルサーが伸ばした骨ばった指の先へウレイラが視線を向ける。

 すると、白く濁った向こう側からこちらへ。ゆっくり歩いてくる青年のシルエットが徐々に見えてきた。


「まったく、まさかコレがマーメイド流の挨拶ってんじゃないだろうな? 乱暴にも程があるぞ」


 怪我ひとつした様子もなく、グラッドが巻き上がった砂を手で払っている。いきなりの魔法に驚きはしたが、喰らう直前に槍で受け止めていたためダメージはない。


 ただ、海の魔女に歓迎されてないのは明らかだ。

 これは話を聞くだけでも少々面倒かもしれないと、グラッドは覚悟を決めてさっきまでいた場所へと戻っていく。


 グラッドが近づいた分だけアルサーが距離をとった。自分に有利な間合いを確保しているのだ。


「ふん、少しはやるようだねぇ」

「止めてくれ。俺は争いにきたわけじゃないんだ」


「不老不死を求めてくるヤツなんてロクなもんじゃーない。昔から相場は決まってるんだよ」

「……そうだな。不老不死は決して良いものじゃないよ。心の底からそう思う」


 グラッドの言葉と表情に暗い影がさす。

 それは今しがた攻撃したばかりのアルサーにも伝わる程に濃い影だった。


 ゆえに海の魔女は警戒を緩め、豪奢な杖を下ろした。


「…………事情があるようだねぇ。仕方ない、不意打ちの詫びだ。お茶の一杯ぐらい出そうじゃないか」

「ありがたいよ」



「え? え? え?」


 事態が呑みこめないウレイラだけがこの場の空気にそぐわないでいる。しかし時間が経つにつれて、どうやら争いは収まったようだとわかりホッとするのだった。



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