「そうか。キミがココまで運んでくれたのか」
「そうなるわね! いやー、見かけ以上に引き締まったいい身体してるから中々重かったわ~」
快活に笑う少女の姿は人間に似てはいるが、半分は完全に別物だった。
端的に言えば腰から下が魚だ。海から完全に上がらず下半身を海水に浸けているのは、そもそも立って歩くことが出来ないからだろうかとグラッドは考えた。
その下半身は太ももの下辺りから鮮やかな青緑色の鱗に覆われ、人間でいうつま先の方にいくにつれて大きな魚の尾ビレのような形をしている。アレが自由自在に動かせるのだとしたら、さぞ泳ぎは達者な事だろう。
一方で上半身はほぼ人間と変わらないようで、グラッドは少しだけ視線を彷徨わせた。ウレイラの笑みが魅力的過ぎて、恋に落ちたから――なんて事はない。
彼女が胸を貝殻で覆っているだけで服と呼べる物をほぼ着ておらず、お腹や肩が丸出しなためだ。考え方によっては夜の街で男を誘う妖艶な女性よりも露出が激しい恰好なのだ。
最も気になるのは腰から下だが、あまりジロジロ見るのは失礼にあたる可能性がある。そう結論づけたグラッドは、念のため背中を向けて話を続けることにした。
――のだが。
「そういえばまだ訊いてなかったわね。あなたのお名前は?」
そう問われてしまえば、向き合わないのは逆に失礼だ。グラッドは諦めてウレイラの方へ身体を反転させた。
「グラッドレイ。知り合いは皆グラッドって呼ぶよ」
「じゃああたしもグラッドって呼ぶわ。改めてよろしくねグラッド」
ニコニコしながら差し出された手を、グラッドは距離を詰めて友好の証として握り返した。
「よろしくな、ウレイラ」
「うんうん、よろしくして――――あっ」
握手したまま腕を上下にぶんぶん動かしていたウレイラの顔が、突然ボンッと音がしそうな程に真っ赤になった。
何かに気づいたようにその視線はグラッドの身体に注がれたまま静止している。
それに気づかないグラッドは、純粋に彼女を心配した。
「大丈夫か? まさか陽にあたりすぎて熱中症になったとかじゃ」
「ち、ちが……、ふ、ふく、は、はは、はだかぁ、み、みえちゃ……」
「ふふくにははだかぁ? なんだそれは。それに見えるってなにが――――あっ」
そこでようやくグラッドは理解した。
彼はさきほど、海で濡れた装備を乾かすためにそのほとんどを外していたことを。
残った装備も槍のみである。
周囲に誰もいないからと、特に気にせず脱いだ結果だった。
今のグラッドは大した服すら着ていないウレイラよりも、さらに何も着ていない。その上、さっきまで身体の一部を隠す役目を負っていた片手も差し出している。
そんな形で至近距離にいれば、仮にいくらウレイラの目が悪かったとしても見えるものは見えてしまう。なんともバツの悪い大失態。
「す、すま――」
「い、いやあああああ?!」
悲鳴と同時に、羞恥が限界突破したウレイラの強烈な尻尾攻撃がグラッドの横腹にクリーンヒット。
その衝撃はクラーケンの太い触手に勝るとも劣らず、グラッドの身体を数メートル以上は吹き飛ばし、バウンドする度に砂を巻き上げた。
◆ ◆ ◆
「……ほんとにすまん。オレが迂闊だった」
「い、いや、あの、その……あたしこそ気が動転してしまって」
にこやかな挨拶から一転。
両者揃って頭を下げつづける展開に。
通常の何倍も生きてきたグラッドでも、マーメイドの土下座を見るのはコレが初めてだ。
「人間の大人の裸……初めてしっかり見ちゃった……」
「え?」
「ううん、なんでもない! それより脇腹は痛む? かなりいい感じに入った気がするんだけど……」
「ああ、平気だよ」
先程の愚を繰り返さぬよう、適当に乾いたズボンを履いているグラッドがその場で軽く跳んでみせたり、グッグッと身体を捻ってみせる。
怪我人にはできない動きに、横並びに座っているウレイラもほっと一息を吐いた。
「よかったぁ。クラーケンを仕留めた凄いプリンスを『裸を見たショックで男を蹴り殺した女』なんて称号は御免だもの」
「……オレも『女に裸を見られたら蹴り殺された男』なんて不名誉は嫌だな」
そこまで感想を述べたところで、グラッドはウレイラの話しぶりに気になるところができていた。
「なあウレイラ。なんで時折オレの事をプリンスって呼ぶんだ? それにクラーケンを仕留めたのも知ってるみたいだが」
グラッドが特に遠慮もせずに“なぜ?”と尋ねると、ウレイラの瞳がどこか夢見る乙女のキラキラしたものへと変わっていった。
「えへへ~、それはねー……グラッドがあたしのプリンスだからよ。きゃっ♪」
「悪いがオレは
「あら、そうなの? てっきりどこかの国の王子様だとばっかり思っていたんだけど」
「どう見たらからそうなるんだ? 着てる物ひとつにしたって、王族が着るような派手さもなければ上等な物でもないだろ」
「ふっふっふー、よくぞ訊いてくれたわ。それはねー、あたしが子供の頃にいつも聞かされていた大好きなお話が関係してるのよ。それがどんなのかっていうと――」
彼女が熱っぽく語った物語は、その綺麗な声と身振り手振りも合わさってすんなりグラッドを惹きつけた。
――海で生きるマーメイドの中に、陸上で生きる人間の暮らしに強い興味を持った少女がいた。
ある日彼女はとうとう我慢できなくなって、内緒で陸地へと向かった。
町を抜け出した彼女は陸を目指して楽しげに泳いでいったが、その途中で海の上に顔を出すと、夕闇の中にたくさんの明かりをつけた船が見えた。
こっそり中を覗き込むと、そこには国へ帰る途中の王子様がいた。
マーメイドはすぐに恋に落ちた。一目惚れである。
そのあと不運なことに船は嵐に巻き込まれ、王子は荒れた海へと投げ出されてしまう。
恋する王子のピンチにマーメイドの少女は颯爽と泳ぎつけ、気を失った王子を陸地まで送り届けて――。
「そこから健気かつ燃えるような恋物語が始まるのよ! ここからが面白いんだけど」
「へえ~。そういう話があるからオレがプリンスだと?」
「うん! 実際に王子様じゃなくてもいいの。そういう出会いをしたってのが大事なわけ。あたしにとっての憧れのシチュエーションなのよ」
「そういうもんか。ちなみにその物語って何章とかあったりするのか?」
「ざっと100章くらい?」
ここまで少女の話をグラッドは楽しげに聴いていたが、余りにもあっさりそう言ってのけられてしまっては笑うしかない。
「どんだけ長いんだよ!」
「100章っていっても、全部が全部繋がってるわけじゃないもの。大筋が似ていても登場人物が違ったり、結末が変わったりね。中には脇役っぽい人の話もあるし」
「ああ、なるほどな。伝説やおとぎ話なんかをいっしょくたにまとめた騎士物語みたいになってるのか」
「地上にもそういう物語があるの?」
「場所によってはな。オレもそこまで詳しくはないけど、吟遊詩人なんかが歌ってたりしたよ」
「わあ~~~、そうなのね!」
目をキラキラさせながら、ウレイラはかぶり寄った。
「ねえねえ、海の悪い魔女によって不老不死になった人の話とかもあるのかな? マーメイドが登場するヤツで!」
キャッキャッとはしゃぐ乙女の何気ない言葉に、グラッドの眉がぴくりと動く。
それは聞き逃せないものであり、グラッドの呪いを解くため道に繋がる手がかりかもしれないのだ。
「なあ、ウレイラ」
「どうしたのグラッド。神妙な顔しちゃって……まさかいきなり愛の告白? ダメよー、あたし達まだ出会ったばかりなんだか――」
「お前の街にオレを連れていってくれないか」
「…………ええーーー!? そ、それって……それってーーーーー!!?」
グラッドの頼みを勘違いしたマーメイドの叫び声が、波間に轟いた。