まぶしく照りつける太陽。
澄み渡るような青空。
寄せては返す波の音。
左右に広がる白い砂浜はギラギラした陽光によって鉄板のように熱されて、濡れた靴を履いている状態でも足裏を焼こうとしてくる。
「……はぁ」
全身ずぶ濡れのグラッドが溜息を吐きながら脱いだ靴を逆さまにすると、中に溜まっていた水が真下へと流れ落ちていく。最初こそ落下した海水の水たまりが出来たが、すぐに白砂に吸収されて消失した。いつ入り込んだのかわからない小魚を残して。
憐れな水棲生物の尾っぽをグラッドがつまんでポイッと海に返す。息を吹き返した小魚は一回りすると、沖の方へとすいすい泳いでいく内に見えなくなった。
「どうしたもんか……」
上から順番に濡れた装備をひとつずつ外しながら、グラッドは改めて周りを見渡した。だが、近くに人の姿はどこにもない。
前方には広大な海、左右には長くのびる砂浜、後ろは南方の温暖な地域で見かける樹木や植物がゴチャっと生い茂る森林である。
現在地はわからない。
運良く乗船できた大きな帆船が、沖合で運悪く“海の災厄”のひとつであるクラーケンに襲われたのが原因だ。
十数メートル以上の大きさはありそうな化物と出会った際、グラッドは少しでも被害を食い止めるために槍を振るった。
これまでに幾度も強大な化物と闘ってきたグラッドにとって、クラーケンはそこまでの強敵でもない。しかし、戦った場所は海上である。地の利は相手にあった。
トドメを刺すために急所へ槍を深々と突き刺した瞬間、苦しんだクラーケンはグラッドを海の中へと引きずり込んだのである。
海面に浮上できた時にはもう船影は見当たらず、グラッドはそれなりに荒れた海を泳ぐか漂うかするしかなくなり――。
気がついたらどこぞの島に漂着していた。
常人だったら死んでもおかしくないが、不老不死の呪いを受けたグラッドが漂流程度で死ぬはずもない。
それを幸運と見るか不幸とするか。彼なりに頭を悩ませたが、そんなことよりも優先すべき事がある。そのため小さな悩みはすぐにどこかへ行ってしまった。
服を含むほぼすべての装備を外し終わったグラッドは、熱い浜辺に座りこむ。鍛え抜かれた全身に潮の香りがする風を浴びつつ、荷袋から革製の水筒を取り出してゴクゴクと喉を潤した。
それで水筒の中身はからっぽ。
このまま何もしなければ干物になってしまう。
「まずは、水と食べ物か。近くに人の住んでるところがあれば話は早いんだがなぁ……」
ぼやいたところで島民が姿を見せてくれるわけもない。
グラッドは一旦覚悟を決めた。
遠い昔の野外訓練から始まり、長い旅で蓄積された生きるための技術と知識。
それらが発揮されようとしたその時。
「ああーー!?」
少し離れたところからグラッドに向かってくる人がいた。
活発そうな十代の若い女の子……には違いないのだが、陸地や砂浜を駆け寄ってくるのではなく、何故か海を泳いできている。
まず目に入ったのは、水の青に映えそうな長くて赤い髪と側頭部近くを飾る星型のアクセ。人懐っこそうな笑み。
かなり泳ぎが達者なのか。かなりのスピードでぐんぐん近づいてくる少女の全身が完全に視界に納まった時、グラッドは目を疑った。
少女の下半身が魚――正確には魚の尾に見えたからだ。
左右に揺れ動く尾をまじまじとその観察した後、グラッドは目元をごしごし擦った。
漂流の疲れによる幻覚や見間違いなどではなく、やはり少女の腰から下は魚だった。
「目を覚ましたのね私のプリンス!」
ツッコミたいところが多すぎる。
そう口にしかけたが、グラッドはそれらをぐっと飲みこんで尋ねていた。
「キミは?」
「はい! あなたをココまで運んだマーメイド娘、ウレイラでーす!」
ウレイラと名乗った少女が嬉しそうに跳ねた際に大きな水しぶきが起こる。その余波はグラッド本人と乾かしていた装備を、再び強制的に水浴びさせた。