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外伝:吸血鬼の友人が語る、過去の物語③

 過激派の吸血鬼。大貴族ダーレス。

 敵味方から恐れられた大貴族と戦った際、グラッドが致命傷を負った。


「グラッド!?」

「ごふっ……俺に構うな! そのまま行けえええええええ!!!」


 ダーレスが生み出した無数の血の槍に貫かれながら、グラッドは我の背を押した。

 どんな者であろうと大技の後には大きな隙が生まれる。グラッドは自分の身を賭して、窮地を好機に変えた。


 おかげで、我らは凶悪な貴族を討てた。

 大きな戦果だ。


 だが、グラッドを失うとなればそんな戦果など比べ物にならない重大な物を失ってしまうに違いない。

 決着がついた後に、我はすぐに友の元へと駆け寄った。


「愚か者! そこまでする事に何の意味がある!!」

「……あるさ。現に勝てただろ?」


「今すぐに治療できる場所へ連れてゆく! それまで持たせよ!!」

「……ああ」

「お兄様! だいじょ――――グラッド!? や、やだやだ! なんで、どうして! そんな傷を――」

「ルビィ。急いでこの場を離れるぞ」


 大貴族の下で力をつけていたルビィは、決戦に同行していた。貴族との戦いには直接参加はしなかったものの、大きな城の階下で信頼できる兵達と共に敵の戦力を抑えていてくれたのだ。

 そんな妹が駆けつけた時の取り乱しようときたら、悲痛以外の何物でもなかったと言えよう。おかげで我は冷静になれたが、な。


 だとしても、グラッドの傷は深かった。

 普通に考えれば助からないだろうと。百人いれば百人がそう答える程の深手だ。


 ルビィと協力してヤツを運んでいると、小さな声が聞こえた。


「もう、いいよ」


 あの短い言葉に、全身が冷たく凍りつくような恐怖を味わう機会は二度とないやもしれん。我らの足は、縫い止められたように森の中で止まった。


「何もよくなんてない!!」


 ルビィが泣きじゃくりながら叫んだ。

 我も同じ気持ちだった。


「くだらない事を口にするなら、まだ大丈夫であろう」

「あー……そうだな」


 グラッドの口調に、明るいものはない。

 まったくあやつと来たら、あの状態でそんな言葉を吐かれれば誰だって勘違いするに決まっているだろうに。


「死ぬなグラッド! こんなところで終わらせる気など、我には微塵もないぞ!」

「ああ、俺もだ」


「では少しでも体力を温存するよう黙っていろ」

「……いや、話があるからソレは無理だ」

「貴様ッッ」


「ま、待ってお兄様! グラッドが――――グラッドの身体がッ」

「なに?」

「傷が……塞がって……」


「はぁ~……。な、だから『もういい』つったろ」


 ついさっきまで死に体だったはずのグラッドが、何事も無かったかのように我らの前で立ってみせた。しかし、異変は起こっている。


 その身体の傷は――致命傷だったはずだ。

 だというのに、傷がない。代わりに、傷があった場所に何か黒いオーラのようなものが纏わりついている。


「……グラッド、貴様は――――まさか吸血鬼だったのか?」

「いいや人間だよ。……ただ少し、厄介な呪いを喰らってるだけさ」


 我らは、そこで。

 ようやく友が抱えている闇の一端を垣間見た。


 ◆◆◆


 魔神の出現。

 闇の軍勢との戦い。

 滅んだ国と故郷、失った者達。


 ――不老不死の呪い。


 身体を休めながら、グラッドは己のことを語ってくれた。

 想像すらしなかった出来事を、ただ静かに聞き続ける。


 心の中に渦巻いていたのは、無念だ。

 我は勝手にグラッドという人を知った気になって、実際には何もわかっていないのと変わらない。


 いつかの日に、愚か者と口にした時があったが。

 それは我の方だったのだ。


「……まあ、そんな訳でな。俺は身体を貫かれようが大丈夫ってわけだ」

「だから囮になったと?」


「結果的にそうなっただけだ。一応言っとくとな、痛みを感じないわけじゃないし身体が鋼のように硬くなったわけでもないんだぞ」

「無茶をする」

「そうしないと勝てない相手だっただろ」

「かもしれぬ。だが……二度とするな」


 怪我の具合を確かめていたルビィが、今にも大泣きしそうな顔でグラッドに寄り添う。

 気が気ではなかったのだろう。今もまだ安堵とは程遠い状態に違いない。


「お願いだから、もうしないで。じゃないとアタシ、アタシは――」

「……悪かったよ」


 我らの言葉がそれなりに堪えたのか。

 グラッドは素直に頭を下げた。


 ならばこれ以上追及する事は無い。

 ようやく、強張っていた肉体と精神が緩むようだった。


「もう少しだけ休息をとったら、拠点に戻るとしよう。それまで精々妹の機嫌を取っておくことだな」

「む、ちょっとお兄様!」


「怒ったルビィは恐ろしいぞ」

「……少なからず知ってるつもりだよ、お兄様」


 軽口をたたき合いながら、穏やかな時間が流れていく。

 ルビィのことはグラッドに任せて、我はひとりその場を離れて夜の月を見上げた。


「……不老不死の呪い、か」


 目の当たりにしては信じる他ないが、いくつかの疑問はある。

 例えば、そうだ。


「グラッド。貴様は、我らよりも――――」


 長く生きるのか。

 生きるのならば、一体いつまでなのか。


 もし、真の意味で不老不死だとすれば……誰であればその心情を理解できるのか。

 ……見ようによっては得難きギフト。だが、それを呪いと称して解こうとするのは、必然なのか。


 ◆◆◆


 あっという間に数年の月日が経った。 

 命の長い吸血鬼にとっては大した時間ではないが、人間にとっては十分長い時間と言えよう。


 ――グラッドの外見はまったく変化が無かった。

 ヤツの時間は呪いを受けた日から大して変わらないのだとか。


「どうした、人の顔をじろじろ見てきて」

「なに、貴様と共にいる時間もそれなりになったが全く変わらないのだなとな」


「変わらない?」

「人間はすぐに老ける」


「吸血鬼だって老けるだろ」

「いつかはそうだろう。だが、ずっと先の話だ。その時には同世代――あくまで外見的にではあるが――その人間は誰も残っておるまいよ」

「…………居たのか」


「うむ、昔だがな。……いい人間だった、引っ込み思案なルビィもあの人間とは他愛のないお喋りに興じていたものだ」


「恋人か?」

「たわけ」

「冗談だよ。……でも、そういう相手が居たっていうのはきっと良い事なんだよな」

「少なくとも悪い事ではあるまい」


「…………そうか」


 夜の城に用意された一室。

 ランプの灯りに照らされたグラッドの表情は、どこか切なさと時間の重みを感じさせるものだった。若々しい顔に、とても長い旅路を刻みこんだかのような。


「でも、置いてかれ続けるのは……けっこうキツイもんだ」


 人間らしい言葉。

 だが、普通の人間であれば口にしないであろう言葉。


 もしかしたら我よりも月日を重ねているかもしれない共に対して、当時はロクな言葉が見つけられなかった。


「安心しろ。貴様が置いていく方に回ったら、盛大に見送ってやる。死者の国で話題に事欠かないようにな」


 大した慰めにもならない我の言葉に、グラッドが「それは楽しみだ」と屈託のない笑みを浮かべた。 


 その後も我らは虐げられている弱き者を救い、傲慢で愚かな強者を倒し続けた。混沌と化した地が徐々に忘れ去られた平穏を取り戻していくのが、目に見えてわかり、実感がわくようになる。


 だが、それでも諍いや争いは後から後から出てくるものだ。

 我らは更に根幹から変わっていく必要があった。


 ――人と吸血鬼の溝はそれほどまでに深く、共存や平和と呼べる道筋にたどり着くためには長い年月がかかる。何よりも切っ掛けがなければならない。


 そこでも一役買ってくれたのは、グラッドだった。


 ◆◆◆



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