結果的に言えば、事は予定通り以上に上手くいっていた。
かなり恥ずかしい恰好をしたワタシは、グラッドの腕の中にいる。挑発的な言動をしても、彼に避けられもせず、受け入れられていた。
やったッ!
これなら後は――。
自分の気持ちを伝えるだけ!!
そう強く思って顔を上げた。
その先に、
「どうした……ルビィ。何かあったのか?」
優しそうに、寂しそうに、ワタシを心配げに見つめるグラッドがいた。
違う。
ワタシは、そんな顔をして欲しかったんじゃない!
そんな大人が子供にするような表情が見たかったわけじゃない!!
その気持ちが溢れて弾ける。
こうされたらこうしよう、こうなったらああしよう。そう考えていた物が全部吹き飛んじゃう。
「グラッド……行っちゃうんでしょ?」
「……ダスカから訊いたのか」
すぐに何のことか察したんだろう。
ごめん。と、彼は謝った。
「お兄様じゃないわ。ワタシがあの場にいた人から聞いたの」
「そうか。遅かれ早かれだけど……直接伝えようとしてたんだけどな」
「いつ行くの?」
「……数日ぐらいかな。それ以上居続けると、出発しづらくなる」
「ねぇ……ずっとここに居よう? ココにいれば、いつも一緒にいれるの。ワタシだけじゃなくてお兄様とだって。いつでも遊べるし、手合わせできるし、お出かけだって……」
「……うん」
「城の皆だって歓迎するわ。まだグラッドに紹介できてない人もたくさんいるの。みんなグラッドを知ってるのよ? すごい人間だって。強くて優しい、この土地に住む吸血鬼の恩人だって」
「……嬉しいな」
「それから、それから……」
「…………」
「なによりも、ワタシが大好きなの。グラッドの傍にいたいの」
弾けた感情が一気に止まらない。
ただ、伝えたい気持ちだけが洪水のように押し寄せていく。
「恋人になってイチャイチャしたい。結婚したら子供も生まれるのかしら。グラッドとワタシの子供なら、きっと可愛くて強くなるんじゃないかしら」
「…………」
「けっこう身体にも自信があるのよ。胸はロベリーに負けるけど……全体のバランスなら勝ってるわ」
「……」
「グラッドの好きにしていいのよ。その上で絶対飽きさせなんてしないし、離れたりもしない。永遠に愛し続けるって誓える。なんだったら、城中に大きな声で言いまわっても――」
「ルビィ」
名前が呼ばれる。
グラッドに名前を呼んでもらえるのは好き。それだけで嬉しい。
ずるいよ。ギュッてされたら、何も言えなくなっちゃう。
「頼むから泣かないでくれ」
「……ぐすっ、泣いてないわぁ」
「そのままでいられると、どうしたらいいかわからなくなる」
「……押し倒せば?」
「……それがどういう意味かわかってるか?」
「知ってるもん。ロベリーが教えてくれたから」
「なるほど。つまり、その格好も含めて吹きこんだのはアイツか」
「望んだのはワタシだから、ロベリーは悪くないわ」
「それにしたってその格好は目のやり場がだなぁ……。とりあえず一回着替えてこないか?」
「着替えたらココに残ってくれる?」
「そのつもりはないってわけか……」
また困らせてしまったけど、ここで引けないわ。
思いつく限りの手を使って引きとめてみせるんだから。
「グラッドはワタシのこと嫌い? 嫌いだからココに居たくないの?」
「そういうわけじゃないぞ」
「じゃあなんで? なんで行こうとするの?」
「……」
「旅は大変な事が多いわ。お兄様としたことあるからわかるの。人間は……基本的にワタシ達のような存在を受け入れないわ」
種族が違うから。
得体がしれないから。
怖いから。
そんな理由で、ひどい目に遭ったのは一度や二度じゃない。
その考えを変えるためにお兄様は活動している。この土地の吸血鬼と人間がそれなりに友好的になれたのがその成果。
でもそれは、この辺りだけの話。
少し遠くに離れれば、たちまち以前のまま。
グラッドが旅をするのはそういうところ。
「ココは安全なの。決してグラッドに辛い想いはさせないはずよ」
「……そうかもな」
「でしょ!? だから――」
「でもな、ココに残ったら……呪いは解けない」
「っ! そうかもしれないけどッ、そもそも呪いが解ける方法があるかだって!!」
あっ、とワタシは口をつぐんだ。
その言葉は、誰かが軽々しく口にしてはならないって知ってたはずなのに……。
「ごめんなさい……」
「ルビィは間違ってないさ。むしろそう考えるのが普通だろうし、オレ自身そう思うことだってある」
「だったら……」
「それでも探すんだ。オレがそうしようと決めたんだ」
ハッキリと彼は告げた。
どうあっても変わらない意志の強さが、そこにあった。