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第21話:友人の言葉に揺れ、夜這いに焦る

「はぁ~……さっぱりした」


 スッキリした気分で部屋に戻り、ベッドへダイブ。

 シーツの上を占領するように両手足を「ん~!」と伸ばすが、それでもスペースに余裕は十分にあった。


 そのままぐっすりと就寝――してもおかしくはないのだが、長めの昼寝とダスカとの手合わせもあって眠気はあまりない。


 それに寝てしまったら『旅の話を聞かせて欲しい』とねだってきたルビィを放置してしまう。それはさぞ可愛らしくも手の付けられない事態になるのがミエミエだ。


 ルビィの姿は部屋になく、後から出たオレの方が早く戻ってきているようだ。彼女が戻ってくるまで何かする事があれば良かったのだが、特に思いつかない。


 特に何かあるでもなく、仰向けになってから右腕を天井へ伸ばす。

 手合わせの際、一際強烈な攻撃を受けた前腕。ルビィに治療を受けている間にはそれなりの鈍い痛みが続いていた――おそらく骨折――していたであろう部分。


 そこにはもう、傷も痣も残っていない。


 お姫様が塗ってくれた傷薬が効果覿面だった。それもゼロじゃないだろうが、きっと違う。


 ――呪いに付随する効果によって勝手に治ったのだ。


 ナイフで浅く切った程度の傷ならすぐに治ってしまう。

 これまでの経験上、重い怪我であればあるほど治る時間は長い。だが、治らない怪我はおそらく無い。


 よって死なない。


 オレは死ねない。


 怪我をする度に、それが治る度に、オレはそれを自覚する。

 忘れようとしても決して忘れられない。何度でも突きつけられる。


 グラッドレイ。お前は不死身なんだと。


 ――人間じゃないのだ――と。



「……やれやれ」


 何かあった時に静かな場所にいると、暗い気持ちになりやすい。それもこれも手合わせにかこつけて、勝手な疑問をぶつけてきたダスカのせいだ。


 奴はこう訊いてきた。


『いつまで人間でいるつもりだ、グラッド』


 武器を交錯させる度に、


『そなたがどれだけ否定しようと、人間ではなくなった事実は変わらぬ』


 拳をぶつけ合う瞬間に、


『そなたは呪いと呼ぶソレは、見方を変えれば大いなる祝福でもある。不死身・不老不死を得ようとする輩が世界にどれだけ存在する事か』


 ダスカービルの言葉は、オレの心を揺さぶった。


『そんな希有な能力を捨てる方法。そんな有るかどうかもわからぬ物をいつまで探し続けるつもりだ』


『その旅路に苦難が待ち受けるのは必然。特に、人間であろうとするそなたが、人間と接する際にそれは起こりうる』


『人間達はそなたを受け入れられまい。昔、我ら兄妹が受けた仕打ちが、人間であったそなたに降りかかる』


 そんなことはないと否定した。

 それは、そうならなかった人々がいたから。オレを受け入れてくれた人たちと出会ったことがあるからだ。


 けれど、同時にわかってもいた。

 そんな人間は多くはない。どちらが多いかと問われれば、受け入れられない人の方だと。


 もし、不死身になる呪いを受けていなければ。普通の人間と変わらない寿命のオレは、愚直に世界は希望で満ちていると言いきれていただろうか――。


「……ああ、くそっ! そんな事を考えたいわけじゃないっていうのに」


 こういう時は頭を切り替える切っ掛けがあった方がいい。


 部屋に備え付けのベルを鳴らすと、ロベリーが来てくれた。


「何のご用でしょうか?」

「大したことじゃないんだけど、冷たい水でも貰えないかな?」


「かしこまりました。ご用意しますので、少々お待ちください。……あの、グラッド様」

「うん?」

「さしでがましいようですが、お顔の色が優れないように見えます。どこか具合でも……?」


 ぎくりとした。

 ロベリーに心配される程、オレは顔色が良くないのか。不死身の呪いでも、そこまで都合よくはないのだ


「全然大丈夫だよ。気にさせたのならすまない、ダスカのアホから喰らったダメージがまだ残ってるのかもな」

「さようですか……あまりご無理はなさらないでください。何かあれば私を呼びつけていいですからね」

「ああ、助かるよ」


 途中からは職務ではなく、ロベリー本人の気遣いだな。

 それを有りがたく頂戴しながら、退室してもらった。


 少しだけ憂鬱さを減らしつつ、余計なことがよぎる前にルビィにどんな話をしようかに頭を使うことにする。


 やはりルビィが興味を持つような話が良いだろうが、そうなるとどんな物があったか……。

 ベッドでごろごろしながら考えている内に、部屋の扉が静かに開く音がした。

 ちょうどうつ伏せの体勢でドアに背を向けていたので、ロベリーが入ってきたと思ったオレは、


「水、ありがとな。用意するのは手間だったか?」


「……うん。用意にちょっと時間がかかっちゃった」


 その口調と声で、そこに立っているのがロベリーではないとようやく気付いた。

 こりゃあ失敗したなと反省しつつ、起き上がる。


「なんだルビィが持ってきてくれたのか? 戻る途中でロベリーに渡されたとかそういう――」


 振りかえった瞬間、声に詰まった。

 というか硬直した。


 これが戦場なら致命的な隙である。

 つまり、それぐらいの隙を生み出す物を目の当たりにしたのだ。


「な、な、な……」


「ごめんねグラッド。もっと早く戻ってくるつもりだったんだけど、女の子は準備に時間がかかっちゃうものなの」


 そう告げながらゆっくりベッドへ歩みよってくる彼女は、普段の子供っぽい傍若無人っぽさはなりを潜め、恥じらいと確かな色香を纏う女の子らしさが強い。

 まるで、これから大事な物を捧げようとする乙女のようにも錯覚する吸血鬼の姫が乗ったベッドが、少しだけ軋む。


「おまっ、そのかっこ!? なんなんだよそれは!」

「あ、あんまりジロジロ見られると恥ずかしいんだけど……。ただのパジャマでしょ」


 ルビィがパジャマと言い張るのは、極薄のナイトローブだった。どれくらい薄いかというと、あちこちヒラッヒラしてるのはまだしもどこもかしこも透けてみえるぐらいにだ。


 明らかに着心地や寝やすさよりも、もっと違う用途のための物である。



「そんなパジャマがあるか?! いや、仮にあったとしてもソレをいきなり着てくる理由は!」


「それならもう言ったじゃない……」


 赤い宝石のような一対の瞳が、爛々と怪しい輝きを放つ。同時に、勇気を出したもののやはり恥ずかしさが勝っているのか。迫っているはずの彼女は頬どころか耳の先まで赤くしていた。


「今夜は寝かさないわよって。ね? グラッド」


 大変危ない恰好をした吸血鬼の姫が、ぎこちなく怪しい笑みを浮かべながら、そっとオレの胸に顔を埋めた。

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