「ずいぶんゆっくりしてきたようだな」
「ああ……まあ、その……」
帰りを伝えに行った謁見の間。
そこで苦笑するダスカに対してなんとも歯切れの悪い返事しかできなかった。
昼寝をするのが悪いわけではないが、そのまま寝こけて城に戻ってくるのが夜も遅くになってしまうとは……。
「すまん。ルビィやロベリーはオレに巻き込まれただけなんで、許してやってくれ」
「二人は人間の子供ではないのだ、帰りが夜になったからどうという事もない。基本的に我らの種族は夜に活動するゆえな」
それよりもと――と間をおいてダスカが真っ直ぐオレを見た。
「よほど疲れていたのだろう。やはりルビィに振り回されっぱなしでは休養にならないのではないか」
「いや、休めてるかは怪しいけど楽しくやらせてもらってるよ」
「手紙を送った我としては、是非ともその疲れも癒して欲しいところなのだがな」
「妹をけしかけたお前がそれを言うかぁ?」
「兄妹を想う気持ちと友への気遣い、これらは両立できるものだぞ」
オレの返しを軽く受け流すダスカ様。愉快そうで何よりです。
さて、その様子に水を差すようで悪いが……伝えなければいけないものは他にもあった。
「ダスカ」
「うん?」
「あと数日世話になったら、出発しようと思う」
「…………そうか」
急な宣言に対して残念そうではあるが、ダスカはショックを受けていない。
おそらくはオレがそろそろ言い出す事がわかっていたのだ。
「予想よりも早かったな。一ヶ月ぐらい居座ればいいものを」
「それだと長すぎる。貴族の旅行だってそんなに長い時間はかけないぞ」
「それは人間の話だグラッド。我らにとって一ヶ月など、大したものではない」
「オレは人間だからな。その辺りの感覚の違いはしょうがないだろう」
そう。
百年を超える年月を生きてきたこの身でも。
それは変わらなかった。
「……友よ。この機会に今一度、我はそなたに訊きたい」
ダスカが玉座から立ち上がる。
その左腕が横に伸ばされると同時に、彼の手に赤黒い闇が集まりひとつの形を作っていく。
ダスカが愛用する、戦いのための剣を。
主の行動に、控えていた従者達がざわついた。
その間。オレ達ふたりはただじっと相手を見ていた。
「しばらく手合せもしていないゆえ、腕が鈍っていないか確かめながらではどうか?」
「今からかよ。せっかちだな」
「不服ならば昼間にするか? そなたにはその方が有利だ」
「冗談だろ。それを負けた理由にされたら困るじゃないか」
そもそも吸血鬼は夜に生きる種族だ。
ダスカやルビィにならってか、この城の吸血鬼たちは昼間でも普通に活動している者が多い。なのであまり気にかけなかったが、その力は確実に弱体化する。
個人差もあるが、古い吸血鬼程その影響は大きい。
太陽の光にあたるだけで灰となる吸血鬼もいるのだ。
そして吸血鬼と人間のハーフであるダスカも、その影響は受けている。さくっと説明するなら、昼間のダスカは夜のダスカよりも弱っちい。
ならばその逆はってヤツだ。
「ココでは片付けが面倒になる。修練場としても使われる中庭へ移動しようではないか」
「ああ。ついてくから案内してくれ」
合意を受け取ったダスカが不敵に笑うと、その身体が無数の小さなコウモリに分かれた。コウモリたちが玉座の間から廊下へと飛び出していくので、その後を追いかける。
後ろの方から従者達の慌てる声が聞こえたが、オレ達が止まることはない。
そのまま廊下を駆けていくと、途中にあった開いた窓からコウモリが外へと出ていく。
まったくそっちは飛べるから楽かもしれないが、こちとらそんな能力はないんだぞと文句を発しながら近くの階段を下った。
その間に背負っていた槍を、手に装備して準備は終了。
先に中庭に到着していたダスカと対峙した。
「では一戦、交えようではないか」
「ボコボコにされても文句は無しだぞ」
「ぬかせ」
長方形のような形をしている中庭は、何十人単位で訓練に使えそうなくらいには広い。外周は城壁で囲まれ、下は柔らかめの土に背の低い草が生えてるだけだ。
これなら気兼ねなくやれるだろう。
開始の合図も必要ない。お互いに了承した時点で、もう始まっている。
――ゆっくりと、互いの間合いを計りながら近づいていき。
「ハアッ!!」「そらあ!!」
それぞれの剣と槍がぶつかりあう重い衝撃が、月夜に昇っていった。