石畳のメインストリートは大分賑やかだった。
ルビィの言っていたとおり。通りの左右には様々な店が立ち並び、なんとも目移りしそうで、耳を澄まさずとも威勢のいい店員の呼び込みや、買い物をする客たちの声があちこちから聞こえてくる。
籠をさげたご婦人は夕食の買い出し。
ちょろちょろと走り回る子供達は追い駆けっこ。
大きな袋を担いでいるのは、荷運び中の商人だろうか。
よくよく見ればすれ違う人の中に吸血鬼が紛れ込んでいるのもわかったが、こそこそと隠れるようにしているわけでもなく街中に溶け込んでいた。
もしかしたら、さらに注意深くしていれば人間と共に歩く吸血鬼もいるのかもしれない。
少なくとも、ココに一組はいるわけだし。
「おっ、店先で串焼きが出てるな。食べてみるか? 焼き立てが美味いんだ」
「食べる~!」
「グラッドはもう少しおしゃれに気を遣ってもいいんじゃない? ワタシが服を選んであげるわよ?」
「旅には丈夫さみたいにおしゃれとは縁遠い要素が必要なんだよ。だからおしゃれなんて不要で――待て待て、強引に服屋に行こうとするんじゃない」
「旅先で毎回気になるお店ってあるの?」
「武器・防具・道具なんかを取り扱ってる店には行くな。消耗品も補充したいし、たまに珍しい物があったりしてワクワクする」
「男の人って武器が好きよね。お兄様もよく見にいってるらしいわ」
「いつ戦うかわからないヤツにとって、いい装備は必要なのさ」
「ふーん……。ワタシは服やアクセサリーの方が好きよ。綺麗だし、可愛いもの」
「旅や戦闘で実用的な物ならオレも興味はあるぞ。守りの加護がかかってるとかな。……どれも相応の値段がするけど」
「ワタシならどんな武器が似合うかしら。あ、コレなんてどう?」
「待て待て! 軽々とウォーハンマーを持ち上げるな! 外見とやってる事がまったく合ってないから!?」
あっちへこっちへと店を回りながら、大通りを少しずつ進んでいく。
オレ達は周りからどう見えてるだろうか。変にルビィが目立ちすぎてなければいいが、お姫様はその辺まったく気にされてないようだしな。
「……なんか旅人らしいあんちゃんが不釣り合いにいいとこのお嬢様っぽい子の手を引いてたけど……犯罪じゃないよな?」
「いやいや、仲が良さそうだったから親戚とかじゃないか?」
「男共はこれだから……どう見たって初々しいカップルでしょ。身分違いの恋ねきっと、可愛いもんじゃない!」
犯罪者でも親戚でもカップルでもないんだが!?
どれも違うと声をあげたかったが、さすがに往来の場でそれはすまい。
しかし……犯罪者に見えるのか。そうかぁ……。
「どうしたの? 何かショックを受けてるみたいだけど」
「自分が悪目立ちしてるのがわかってな……」
「あら? 今のグラッドはワタシをエスコートしてくれる愛すべきナイト様でしょ。それ以外にある?」
「慰めはよしてくれ」
「もー! そういう意味で言ったんじゃないのに!」
貴重なご意見を聴き耳している内に「あっちあっち」とルビィがお目当ての店に近づいてきたことを教えてくれた。
大通りをひとつ曲がったところにあるその店は、喫茶店と呼ぶ類いのようで、かなり賑わっているようだ。
「有名なトコなのか?」
「ナウなヤングにバカウケな店だって、ロベリーが言ってたわ」
「……古語か?」
外観も窓から見える内装も、爺さん婆さんが静かにゆっくり過ごすというよりは若年層が仲良く談笑してそうな雰囲気が強いお店のようだ。
「それにしても……並んで待っている人。なんかヤケに男女のペアが多くないか?」
「そうかしら? これが普通なんじゃない?」
ルビィが変に感じてるようでなければ、そんなものなのかもしれない。オレの感覚も遂に若者とは呼べなくなってきているのかと、戦慄しつつ一番後ろに並ぶ。
思ったよりも待ち時間なく店内へ足を踏み入れると、エプロンドレス姿の女性店員が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。お二人様でよろしいですか?」
「はい、そうでーす♪」
「ではお席にご案内しますね」
窓際の席に案内すると「ごゆっくり~」と店員がメニューを置いて入口の方へと戻っていく。
メニューを確認する前に店内をぐるっと見渡したが、カウンター席はなく、二人~四人用のテーブルがほとんど。そしてやっぱりお客は男女のペアが多い。
よーく見るとペアというか……カップルか?
オレみたいなのがココにいるのは、場違いな気がするな。
「どしたのグラッド。座らないの?」
「ちょっと店内の雰囲気が落ち着かなくて……」
「そんなのすぐ慣れるわよ。ほら、座って座って」
うながされるままに奥の席に座る。
と、なぜかルビィがオレの横に着席した。四人掛けのテーブルなのになぜだ。
「なんで隣に座るんだ?」
「コッチの方がグラッドに近いじゃない。それにほら、他の人たちだって皆そうしてるわよ?」
言われてみれば確かに。
なにか変な感じがしたのはそのせいか。
しかし、なんでわざわざ……? 何か意味があるのか?
「ワタシ、このスペシャルハートドリンクが飲みたいわ!」
勢いよいのあるルビィの声で視線を戻すと、メニューのひとつが指で強く指されていた。
まあ席の位置なんて好きにすればいいんだから、そんなに気にすることもないか。
「そのスペシャルハートドリンクってなんだ? 名前から何味なのかもわからないんだが……」
「ふふふっ、味はワタシもわからないけど面白そうでしょ。コレが飲んでみたくてこのお店にきたんだもの。グラッドも同じのにしましょうよ」
「店の名物ってヤツか。それならオレも頼んでみるかな。……よく見るとそのドリンク赤と青の二種類あるようだから、ひとつずつ頼んでみるか?」
「うん♪」
――この時のオレは、その選択がマズイ方向へ繋がることをまだ知らなかった。