「今日はワタシとデートしましょ♪」
「デ……なに?」
寝起きからさほど時間は経っていない。
ぼーっとした頭でいたところに、笑顔で言いきるルビィはある意味太陽よりも眩しい。
お気に入りの寝床で丸くなる猫のように、人のあぐらの上でゴロゴロしながら見上げてくるのでは目線も逸らせない。
「ワタシ、したい事がたーくさんあるの。だからデートするしかないと思うわけ」
「したい事がたくさんあるのとデートにどういう繋がりが?」
」
「答えは、『全部グラッドと一緒にやりたい事』よ」
滞在三日目になっても、ルビィのストレートな好き好きアタックは一向に収まらないようである。
時間が経てば満足するのでわという予想は、予測通り大ハズレだった。
「デートって簡単に言うけどな。そういうのは事前に準備する必要が――」
「それなら明日の方がいい? 明後日でも明々後日でもいいけど……あ! いっそ毎日するのがいいかしら!?」
「……オーケー、今日にしよう」
ココで止めないと本当に毎日になりそうだ。
「やったー♪」
「でも、具体的に何をどうするんだ? 生憎オレにはデートに関する知識はないぞ」
「デートの定番といえば、街へお出かけじゃないかしら!」
などというやり取りがあって……。
「こうして街に来たわけなんだが――」
移動には馬車を出してもらった。
業者台に座るロベリーが微笑んでオレたちを見送ってくれている。
「それでは私は街の外で待機しておりますので。何かあればお呼びください」
「待機なんてせず、ロベリーも羽を伸ばしてきていいからね」
お出かけ用の動きやすい恰好に着替えたルビィがロベリーを労う。日傘と帽子を装備して、長い金髪を左右で二つに分けた髪型にしている今の彼女は貴族のご息女に見えるだろうか。
ここに来る前。人間の街に一応は吸血鬼の姫たるルビィが足を運ぶなんて、何かあったら困るだろうと注意はしたんだが。
『だいじょーぶよ。ちょっと変装すればへーきへーき♪』
などと自信たっぷりだった結果がコレだ。
変装とは正体を隠すためにするはずなんだが、正直あまり隠せてない。
まあ、元々ルビィ自身がとても目立つので、服装程度では誤魔化せないというべきか……。
なので。
道中、こっそりロベリーにも確認はしていた。
『ルビィが街に行くのは大丈夫なのか? 何かあったら……』
『ご安心ください。これから向かう街は人間と吸血鬼の関係が大変良好な場所です。私を含め城の者が休日に買い物に行くのも日常茶飯事ですし』
それは素直に凄いと思った。
大いに感心しているオレに、ロベリーは秘密を共有するように小声で付け足した。
『実は、ルビィ様もちょくちょくダスカービル様に内緒でお出かけしてるのですが。そのせい――おかげで、街の住人はルビィ様をご存じの人ばかりです。本人は気付かれてないつもりのようですが……』
『……なるほど』
『この前なんて盗みを働いた者を成敗したりも……』
『なにやってんだアイツは』
他にも色々エピソードはあったようだが、とどのつまりオレの心配は完全に杞憂だったわけだ。
それでも提案ぐらいはしてもいいだろう。
「まずは服でも見に行くか? 歩き回るならもっと地味な格好の方がいいだろ」
「ええー!? グラッドはワタシにこの服が似合ってないっていうの?」
「いや、似合ってるよ」
似合っているかどうかの基準なら、間違いなく最高レベルだろう。
「とっても可愛い?」
「ああ、とっても可愛いな」
「えへへ。それなら何も問題ないわ!」
「けどな、やっぱり目立たないようにした方が――」
「いーやー! グラッドが可愛いって思ってくれた服を脱ぎたくないの。今回はコレでデートするの!」
「わかったわかった!」
こうなったらルビィは己の意思を曲げないだろう。
可愛いと褒めただけでコレなのだから、よっぽど気に入ってる服なんだな。
まあ、近くにロベリーが――どころか隠れて見守ってるヤツラが何人もいるようだし早々トラブルにはなるまい。
そもそもオレが注意してれば大抵なんとかなる。
「それじゃあグラッド。ワタシを連れてって♪」
「構わないけど、行き先は?」
「街の中心にある大通りを真っ直ぐ進めばいいわ。通り沿いにはいくつもお店があるから、それを見て回りましょう。絶対行きたいお店もその先にあるし」
「そうなのか。それじゃあ行こうかお姫様」
オレはルビィに手を差し出す。
すると、ルビィはちょっと驚いたようだった。
「どうかしたか?」
「え……んっと」
「エスコートするんだろ。さすがに腕を組むってわけにはいかないけどな」
ルビィは日傘を指しているし、街中で腕を組んで移動するのは歩きづらい。その上かなり目立つだろうし、周囲の視線を想像すると多少の気恥ずかしさだってある。
「だからコレで我慢してくれ」
「…………ん」
おずおずと手を伸ばしてくるルビィは、ここ数日のアグレッシブな様子と違ってしおらしい。
もしや調子でも悪いんだろうか。でもそれなら出かけようなんて言わないだろうし……。
「あ、ちょっと待ってね……」
伸ばした手を戻して、なぜかルビィは付けていた手袋を取り外した。そして今度こそしっかりと、待っていたオレの手を握る。
「なんで手袋を外したんだ? 暑かったとか?」
「う、うん、そう。ちょっと熱くなりそうだったから……」
「それなら、もう片っぽも外したほうがいいんじゃないか?」
「ううん、コッチだけで大丈夫よ。コッチだけでいいの」
「???」
理由はよくわからないが、ルビィが良いならこれ以上言うまい。
「えへ、えへへ……手、繋いじゃった」
どこか初々しく、にぎにぎしてくるルビィの顔はかなり嬉しそうで、かなり恥ずかしそうだった。
あまり見てると、こっちまで照れが移ってしまいそうだ。
「よく人にしがみついてくるヤツが言う台詞か?」
「アレとコレとは違うのッ」
「それは違うだろ。普通は抱きつく方がハードルが高いんだから」
「そういうのじゃなくて! とにかく、こっちの方が良いの」
やはりよくわからない。
どこにそんな喜ばれる要素があるのか。そういえば昔もルビィぐらいの
それだけオレは、年頃の異性に対するデリカシーとやらが欠けているんだろう。今更気にしてもしょうがないが。
「せっかくの機会だ。デートとは縁遠いかもしれないが、ルビィに街の楽しみ方を教えてやろうか」
「ふふっ、それは楽しみね♪」