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第14話:仲直りの印

「なるほど、そんな経緯で遊戯室が賑やかだったか」

「まさかあんなにウケるとは……思ってもみなかった」


 夜中に帰ってきたダスカとサシで飲み交わしている間、今日の出来事は十分な肴になっていた。


「ちょっと娯楽に飢えすぎなんじゃないか?」

「そういう考え自体がなかったからな。機会があれば皆に希望を募ってみるのもよいかもしれぬ」


 それにしても――とダスカが牙を剥いて笑う。


「そんな愉快な時間を過ごしておきながら、あんな深刻そうな顔で我を待っていたのか?」

「それを蒸し返すのかよ!? ちゃんと謝ったのに……やっぱり根に持ってるんじゃないか」


「阿呆。あんなもの大して気にしておらんわ」

「だけど、口にしていい言葉じゃなかった。特にお前たちには……」


「それはその通りだな」

「……」


「だが、そなたは深く反省しており、我も謝罪を受け入れた。だからこうして部屋に招いて飲みあかしているのだ。それで良いではないか」

「…………お前の器がでかくてよかったよ」

「これでも一城の主になった身なのでな」


「昔は何かあったらすぐキレてたのになぁ……。変われば変わるもんだ」

「あの頃の話を蒸し返すでない!」

「さっきのお返しだ」


 二人揃ってフンと鼻を鳴らしながら乾杯し、一気にグラスに注がれた赤ワインをあおる。

 仲直りの合図のようなものだ。


「念のため釘を刺しておくが、ルビィの前で同じことを口にするのは止めておけ。怒り狂うどころでは済まんし、もしそうなっても助けんぞ」

「肝に命じとく」


 ただ、と付け加える。


「体面の話はするかもな。ダスカとルビィは吸血鬼の中でも特殊な立場で、昔はそれで一悶着――では終わらない出来事が多々あったわけだし」

「その辺りの裁量はそなたに任せるしかあるまい」

「……今はどうなんだ。やっぱりハーフってだけで面倒事も多いんだろ?」


 それはダスカとルビィが生まれながらに背負うもの。

 あまりおおっぴらにできない秘密。


 この兄妹は人と吸血鬼という異なる種族の愛から生まれた存在。そして吸血鬼たちにとっては忌むべき者だった。


「力をつけた今となっては、悪戯に仕掛けてくる下衆も減ったのでな。吸血鬼に見つかれば殺されかけ、人間からは拒絶された昔に比べれば平穏そのものだ」


「困ったことがあったら言えよ? とっくの昔にオレはお前らの事情に首を突っ込んだんだ」

「これ以上借りを増やすのも気が進まんな」


「どんどん返してくれていいんだぞ」

「無論だ。かけがえのない『今』があるのもそなたのおかげよ。なんなら倍にして返してみせよう」


 ダスカが再びグラスを傾ける。その動作が途中でピタリと止まる。

 「むっ」と小さく呟いてから、何かを考えるような間が空いた。


 口元から離したグラスごと、赤い酒がくるくると回された。



「……飲み過ぎたか。少し喋りすぎだな」

「なんだよ、いいだろ別に。もっと聞かせろよ」


「そなたの顔がむかつくので、この話はしまいだ」

「強引に打ち切りやがったよこいつ」

「そなたが訊きたい話は他にあるはずだがな?」


 そう口にしながらダスカが取り出したのは、一冊の本だった。


 それに視線が一気に引き寄せられる。


「そなたの呪いを解く方法の手がかり――になるやもしれぬ物だ。この度は多くの情報が手に入ったゆえな、まとめておいた」

「そんなにたくさん!」


「なに、単なる偶然よ。以前から各地へ従者を派遣したり、近隣の街で噂を集めたり、商人に頼んだり……それらが今回はたまたま上手くいっただけに過ぎぬ」


 それのどこが偶然なのか。


 確かに前からダスカに手がかりがあれば教えて欲しいと頼んではいた。

 しかし、オレの求める情報。不老不死や不死身に関係する手がかりは早々簡単には見つからない。


 目の前の本が、ダスカがどれだけ本気で探そうとしてくれたかの証明だった。


「今、見せてもらってもいいか?」

「元々そなたに渡すものだ、構わぬさ」


 手渡された本は、ずしりと重みがある。

 これで次に行くあても、呪いを解けるかもしれない可能性も一気に広がる。

 ひとまずザッとページをめくっていく。


 数分後。

 ダスカのなんとも微妙な表情に気づいた。



「あっ、すまない。せっかくお前と飲んでたのに」

「……そうではない。あまりにもそなたが玩具をもらった子供のような顔をしているのでな。それほど喜ばれるとは思っていなかった」

「オレだけじゃ集めきれない手がかりだからな。ありがとな、お前は最高の友人だよ!」


「あまり期待するな。集めた手がかりがどこまで本物かはわからぬ。我もひととおり目を通したが、《不死身で無くなる》方法そのものに結びつく物はなかった」


「だから直接確かめに行くんだろう。世界は広くて、知らないものがあふれている。不死身になったヤツがいるんだ、その逆も無いとは言いきれない」


 そうだろ? と問いかけると、ますます友の顔が難しいものに変わっていく。

 オレはそこまで変なことを言っているだろうか。


「グラッド。そなたは……そこまでして何故その身体を……」

「え?」

「いや、止そう。次の機会にする」

「なんだよ気になるだろ」


「手元の本より気になるわけあるまい。そろそろお開きとしよう」

「こんなに早くか? 吸血鬼もお疲れ様なのかな」


 あるいは酔っ払いでもしたか。


「ふむ、これでも気を遣ったつもりなのだがな。あまり我と飲み明かすと本を読む時間が無くなるぞ。それともルビィのアタックをかわす妙案でも思いついたか?」

「……そうか、昨夜と同じ状況になるかもしれないか。すっかり抜け落ちてた……」


「ルビィを潔く受け入れると、頭を悩ませずに済むぞ」

「お兄様。それは解決ではなく諦めというものですよ」

「……そなたに兄呼ばわりされると、とてつもない違和感がするな」


 この日のサシ飲みはこうして終わった。

 謝罪に行ったのに、重要なお土産を渡されるとは思いもしなかった。


「案外、ルビィの事も含めての礼だったりしてな」


 それを知るのはダスカービルのみだ。

 変に深読みせず、ここは有りがたく受け取らせてもらおう。


 ただ……あいつが、


『そなたは……そこまでして何故その身体を……』



 何を訊こうとしたのかは、少し気になる。


 ――とはいえ、それも彼のみぞ知るというやつだ。今回訊かれなかったのならば、気にし過ぎてもしょうがない。


「部屋に戻る前に、少しでも目を通しておくかな」


 どこか手頃な場所がないか考えながら、オレはゆっくりとダスカの部屋から遠ざかっていった。

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