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第13話:お姫様との戯れ②:盤上遊戯と専属メイドの内緒話

「今日は何をして遊ぼうかしら!」

「遊ぶのは確定なんだな」

「せっかくグラッドが来てくれたのだから当然よね」」


「有りがたいなぁ。ルビィは何をして遊んだりするんだ?」


「お兄様がチェスをしてたからワタシも嗜むようになったわ。城の中じゃかなり強いのよ」


 駒を使って遊ぶボードゲームは様々な種類があるが、その中でもチェスは広く知られている。

 本気でやると相当頭を使うゲームなので、ルビィが城の中でかなり強いというのは少し意外だった。


「他には運動したくなったら近くの森や洞窟に行ったりするかしら。どっちも狩りができるから、楽しいわ」

「……洞窟にいるのは動物じゃなくてモンスターだよな?」


 うん、こっちの方が彼女らしい気がする。


 ルビィは色々子供っぽいところがあるが、この城に住む者の中では上位の力を持っている。


 最強はダスカービル。

 その下には格の高い幹部、隊長が率いる兵士などの戦闘要員。

 この辺りの力関係は騎士団や軍隊に近いかもしれない。


 そもそも吸血鬼という種族は、高い身体能力を持っている上に種族固有の力を持つ者も多い。

 そのため基本的に普通の人間よりもずっと強い。


 非戦闘員であってもその気になれば大の男相手でも負けはしないだろう。


 とはいえ……。


「あんまり無茶はするなよ。どんなに強くても、少しの油断で大変な目に遭うなんて良くあるんだからな」

「心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ、必ず誰かが付いてきてくれるし」


 それはきっと、ルビィが何かやらかさないか見張るためじゃなかろうか。調子に乗って狩りつくしてしまった、とか。


「まあ、ほどほどにな」

「そんなに気になるなら、グラッドが一緒にいてくれればいいのに。何よりも安心じゃない?」

「ルビィが遊びに行くたびにオレがココに来るのは、色々きびしい」

「グラッドがワタシと結婚してくれれば可能よ?」


 またド直球なお誘いである。


「そうだな。それが出来れば、な」

「もー、本気なのに!」


 ぷーっと頬を膨らませるルビィには悪いが、本気ならばなおさらこの場で返事など出来ない。してはならない。


 ……まあ、その辺はさておき。

 このウキウキなお姫様に言われるまでもなく、オレ自身今日はゆっくり遊ぶ気だ。


 ルビィと遊ぶのは、オレだって楽しみにしてたんだからな。


「それじゃあ、まずはチェスでもやるか」

「ふふふっ、後で泣いても知らないんだからね」


「へぇー、そいつは楽しみだな」


 挑発してくるルビィに対して、オレは余裕たっぷりでほくそ笑んだ。






「チェックメイトだ」

「ええー!? また負けちゃったーーーー」


「ルビィもまだまだだな」

「むーーー、もう一回! もう一回やるわよ」

「いいぞ、何回でも来い」


 それなりに強いと豪語していたルビィだったが、やってみればこのとおり。オレの連戦連勝である。


 というか、攻め一辺倒で防御がおろそかすぎるのだ。攻めも単純な手が多いし、ちょっと罠を張るとすぐ飛び込んでくるし……。


「あうー!? 今のはけっこう惜しかったのに!」

「そうだな、あと二手だった」

「グラッド 実はすっごいチェスが強いんじゃないの!?」

「単に遊んできた年月の差だろ」


 実際のところ、上手いか下手かでいえば上手くはない。


 ただ、チェスは広く普及している遊戯なので強いヤツはあちこちにいる。そして頭が良いヤツは自分なりに上手い手や汚い手を編み出していたりする。


 そういう手を教わりつづければ、ある意味とても汚いオレみたいな見せかけ強者野郎の出来上がりというわけだ。


「失礼します、お嬢様。お飲み物をお持ちしまし……あら、チェスですか? いいですね」

「ロベリー! グラッドがすごい強くて全然勝てないの!! もうむかむかするーーーー」


 遊戯室に入ってきた少女には見覚えがあった。

 ヘロヘロになってまでオレに手紙を届け、城まで案内してくれた女の子だ。


「先日は世話になったな。そういえば……まだ名前も訊いてなかった」

「ロベリーと申します。一応ルビィ様の専属メイドをしております」


 優雅に礼をするロベリーは、見たとこルビィとそう変わらない年齢のようだ。

 専属ということは有能なんだろうか。あるいは、ルビィと仲が良いのか。


 そういえばダスカと会う前に『笑顔でぶっ殺されます』なんて言ってたような……。

 なんにしても苦労してそうな気がするので、せめてオレぐらいは彼女に負担をかけないようにしてあげたい。


「グラッド様は何をお飲みになりますか? お水、紅茶、果汁ジュースにお酒もありますが」

「それならジュースをもらおうかな」


 どんな味がするものか気になって頼んでみたジュースは、甘酸っぱいブドウ味で、使った頭に染みこむようだった。


「ロベリー、ちょっとワタシの代わりにグラッドと勝負してみてよ! あなたなら勝てるんじゃない!?」

「ですがお嬢様、せっかくグラッド様と遊んでいらっしゃるのに私などがそのお時間を貰うのもどうかと……」

「いいの! ワタシはちょっと休憩!!」


 ぷんすかしながら席を立つルビィ。

 少しやりすぎてしまっただろうか。


「申し訳ありませんグラッド様。お嬢様のご命令なのでお手合わせ願えますか?」

「キミも大変だな。ルビィに振り回されてるんじゃないか?」

「ええ、気苦労が絶え――いえ、大変可愛らしいお嬢様のお傍に入れるのは素晴らしいことですので」


 今本音が漏れてたようだが、聴かなかったことにしよう。


「ふふん、ロベリーはチェスがすっごい上手いのよ。きっとワタシの仇をとってくれるわ」

「えー……お嬢様はああおっしゃってますが、お手柔らかにお願いいたしますね」

「こちらこそだ」


 かくして主人の仇討としてロベリーと対戦することになったのだが――。



 その後。



「ロベリー頑張れ! これはいけるぞ」

「いやでもグラッド様にもまだ勝機はありそうだぞ」


 なぜかオレとロベリーの周りには、城に住む吸血鬼達によって人だかりができていた。


「……吸血鬼って案外暇なのか?」

「いえ、その……単に娯楽に飢えているだけではないかと」


 困り顔のロベリーが手を進める。

 うぐっ、と内心呻いてしまった。


 周りの連中はオレとロベリーがいい勝負をしてるように見えてるらしいが、とんでもない。

 さっきからオレが打つ手すべてにしっかり対応しており、いいように動かされているような気すらしている。



 こいつ、デキるッ。



「なあ、ルビィはロベリーに勝ったことあるのか?」

「うーん、勝ったり負けたりかしら。どっちかといえば負けてるかもしれないけど全く歯が立たないってわけでもないわ」


 いつの間にかオレの膝に座っているルビィ(少し邪魔だが妨害の気はない)が答える。


 やっぱおかしいなぁ。

 オレにボロ負けしてたルビィが、ロベリーに勝てるイメージがまったく沸かないんだが。


 そんな風に余計なことに気を取られたのか。


「グラッド様、チェックメイトです」


 最後のねばりも通じず、オレの敗北となった。

 勝負の決着にギャラリーの歓声があがる。


「いやー、いい勝負だったなぁ」

「ボク達も一戦やろうか」

「あたしもやるやる~」


 オレたちの一戦が彼らに火をつけたようで、吸血鬼たちがペアを組んでチェスに興じはじめる。

 あっという間に遊戯室がチェスプレイヤーの楽しそうな空気に満たされていった。


「お手合わせありがとうございました、グラッド様」

「いやこっちこそ。ロベリーは強いんだなぁ」


「さっすがロベリー! ワタシの仇をとってくれてありがとね♪」

「もったいないお言葉です」


「でもグラッドに負けたのはやっぱりくやしいわ。次は勝ってみせないと……」

「何かチェス以外の物でもやってみるか? 旅先で知ったゲームならいくつか知ってるぞ」

「なにそれ! やるやる!」


「そしたらちょっと準備してくるか。ロベリー、使えそうな物があるか訊きたいからちょっと付いてきてもらえるか?」

「はい、私でよろしければ」


「グラッド、なるべく早くね! あんまり遅いと暴れちゃうんだから」

「冗談に聞こえない冗談はやめとけ。ロベリー、廃材とかどこかに置いてないか?」

「はい。ご案内しますね」


 ロベリーに付いていく形で遊戯室から出る。

 さて、用意できそうな物は何があるか……。


 歩きながら考えていると、ロベリーが立ち止まり振りかえってきた。


「あの、グラッド様。お願いしたいことがありまして」

「ん?」


「私のチェスの腕前を、ルビィ様にはあまり伝えないで欲しいのです。えっと、手心を加えていたと知ったら拗ねちゃうでしょうから」

「あー……それでか」


 ルビィの見立てとロベリーの実力に乖離があった理由がコレでわかった。

 おそらくだが、ロベリーだけではなく他の者たちもルビィに対して何らかの対応をしているのではないだろうか。

 思い当たる理由としては……、


「負け続けると不機嫌になって、後が大変だとか?」

「……いえ、大変といいますか。ルビィ様を抑えられるのはダスカービル様だけでして……私たちの身があぶな――仕事に差支えますので」

「ルビィのヤツ……もうちょっと周りへの気遣いってもんを……」


「そう思うこともありますが、アレでこそルビィ様なので」

「ずいぶん受け入れてるんだな。まさか弱みを握られてるとかじゃないよな?」


「とんでもない!!」


 静かに傍立つメイドから一変して、大きな声で否定するロベリー。



「確かにルビィ様は常識的に考えてワガママです。人の話は聞かないし、傍若無人っぷりを発揮することもままあります」

「おーい、本音が駄々漏れだぞ」


 直前まで大人しく知的な印象だったのだが、これが彼女の素か。


「ですが、ルビィ様は格下の私を見下したりはしません。力の優劣だけで相手を判断せず、共に生きる者として接してくれます。それがどれだけ希有なことか!」

「そこが、大きな違いか」

「少なくとも、ルビィ様やダスカービル様のような方を私は知りません」


 そう言いきるロベリーには、今まで仕えてきた他の誰かがいたのかもしれない。その誰かは、彼女をどう扱ったのか。

 少なくとも、ロベリーの態度からは好意的には受け取れなさそうだ。


「あ、ご、ごめんなさい! ついどうでもいいことをッ」

「気にしないでいいさ。ロベリーやルビィのことが知れて、ちょっと嬉しいぐらいだ」


「え”っ、わ、私なんかのお話なんてつまらないのでわ」

「オレは面白く聴いてるよ。今更だけど、ロベリーは本来そういう話し方なのか? そっちの方が楽なら、オレに対してもソレで構わないぞ」


「とんでもない!? グラッド様がよくても、私が怒られちゃいますよ! もし、ルビィ様に見られたりしたら……庭の肥料にされちゃうかも!?」

「この前は笑顔で殺されるで、今回は庭の肥料ねぇ……」


 ほんとに共に生きる者として接してるのか、疑問になってくるんだが大丈夫なんだろうか……。


「だって主たるルビィ様がラブラブなグラッド様に私如きがですよ? それはもう天罰が下るでしょうとも」

「ラブラブって……キミからしてもそう見えてるのか」


「だ、だって……お二人はもう既に……。その、同じベッドで身体を寄せ合う仲じゃないですか」

「待て、それは誤解だ!」

「何をおっしゃるんですか。昨夜、正にあんなにベッタリくっついてたではありませんか」


 強引に組み伏せられてたの間違いだろ。


「やっぱり誤解している」

「事実でしょう」


「……ちなみに、ルビィとオレが結婚なんて話になったらどう思う? 吸血鬼の姫が人間の男となんて大事おおごとだぞ?」



 ここぞとばかりに貴重な意見を求めてみる。

 ……が、てっきり多少なりとも否定的なものが飛び出してくるかと思えば。



「それはもう泣いて喜びますね。ルビィ様の面倒をずっと見てもらえる方ができるのですから、嬉しすぎます」


「ほんっっとにルビィのためを思ってだな? 苦労が減るとかそういう含みは一切なくッ」

「…………」


 なぜ目を逸らす。


「今のは吸血鬼ジョークです」

「流行ってるのかそれ。でも、もしそうなればロベリーもオレの命令をきくようになるのか」


「え?! ど、どうでしょう? お嬢様が良しとするなら、一緒に可愛がってもらうのも……その、やぶさかではないですが。やっぱり人間の男とは、そういうのが普通ですか?」

「普通じゃないよ、何言ってんだよ。どこからそういう発想が出て来るのか不思議でしょうがないぞ!」


「読んだ書物にそういう場面が出てくるのですが……違うのですか?」

「……どうやらお前らが読んでる本には、相当な偏りがあるらしいな」


 今度からルビィが読む前に検閲した方がいいぞ。

 いや、ほんとに。


 ルビィがああいった接し方をする原因がなんとなくわかったような気がしつつ、オレ達は再び廊下を進んでいくのだった。

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