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第12話:友との語らい、後悔しても遅い言葉

「よぉ。おはよう、薄情者」

「朝から大したお言葉だ。最近流行りの挨拶か?」


 テラスで優雅にティータイムなんぞしている吸血鬼に、皮肉たっぷりの挨拶をかました。

 しかし、ダスカは眉一つ動かさない。


「こんな挨拶、未来永劫流行るわけないだろ」

「当然であるな。そもそも我はそんな罵倒を受ける覚えもない。昨夜に至っては友の窮地を救ってすらいるというのに」


「どの口が……。助けたのは一瞬で、そのあとは我存ぜぬだったくせにっ。結局、ルビィと同じベッドで寝るはめになったんだぞ」

「さぞ幸せな夢を見れたのであろうな」



 冗談か本気かわかりづらい微笑を浮かべながら、ダスカがカップに口をつける。


 向かいの席に座ろうとすると、近くに控えていたメイドが椅子を引いてくれた。

 そんなことする必要はないんだが、相手はそれが仕事なのでオレが拒否するのも変だろう。


 有りがたく座ると同時に、腹が早く飯を寄越せと訴えだした。

 それを察知したかしらずか。ダスカが「何か欲しければそこの者に頼むとよい」と促がしてくれたのでお言葉に甘えることにすると、


「サンドイッチでしたら、すぐにお作りできますが」


 十分すぎる答えが返ってきた。


「ありがとう。どんなサンドイッチを作ってくれるのか楽しみにしてる」

「ッ! はい、とびきりのをお持ちしますね!」


 テラスから離れるメイドさん。

 急かしてしまっただろうか。パタパタと早足だ。


「…………」

「なんだよ、その『何してんだコイツ』みたいな目は」


「いやなに。突然我が家のメイドを陥落しようと笑みを浮かべるのでな。まったく手が早いと感心した」

「お前が何を言ってるのかがサッパリわからん」

「憧れている相手から期待されたらどうなる、という話よ」


 ダスカは時折訳が分からない言葉を口にするので、重要でなければ放っておくに限る。

 それよりもオレには言わねばならない事があるのだ。


「で、だ。お前は年頃の妹が男と同衾するのをマズイと思わないのか。兄として」

「好きな相手と共にいたいと望む。それのどこがおかしい。兄としては応援してやるべきだろう」

「あのなぁ……」


「そなたは何が不満か? こう言ってはなんだが、身内の贔屓目なしでも、ルビィはとても可愛いぞ」

「それには同意する」


 この城に住む者たちは、人間感覚でも美男美女ばかり。

 だというのに、ルビィの可愛さときたらその上をいくのだから恐ろしい。兄であるダスカは言わずもがなだ。


「それを踏まえた上で、もう少しお淑やかになってもいいと我も常々思っているが……」

「身内の贔屓目はどこにいったんだよ。思いっきりお前が不満なんじゃないか」


「あくまで吸血鬼の姫としての体面での話だ。外面を取り繕うのも時には必要なのだ」

「吸血鬼も外面は気にするんだな?」

「誰であろうと時と場合によって仮面ペルソナを使い分けるものよ。家族と仇敵に同じ態度を取るなどありえまい」

「まあな」


「お待たせしました! サンドイッチです」


 戻ってきたメイドが持ってきてくれたのは、肉とトマトと葉野菜が挟まれたサンドイッチだった。


 とりあえず一口食べてみたが、その辺の店で食えるような物よりもずっと美味い。内側にバターも塗ってあるし、手の込みようが違う。


「コレ、美味いよ。もっと貰ってもいいかい?」

「は、はい! 少々お待ちください!」


 さっきよりも速いスピードでメイドが去っていく。

 しまった、急がなくていいとか言っとけばよかった。


「吸血鬼たらしも大概にな?」

「吸血鬼たら……? どこの言葉だよそれ。あ、そこの紅茶貰えるか?」


「無論だ。我もお前のサンドイッチを貰おう」

「ほい」


「む……前に食べた時より出来が良いな」

「へぇ? 吸血鬼は料理の腕前もすぐ成長するのか」

「いや、単に作り手の努力であろう」


 サンドイッチをぱくつきながら、ダスカに煎れてもらった紅茶を飲む。

 ちょっと苦いがいい香りの紅茶だ。詳しくもないが、庶民には縁遠い高級品だろう。


「これ、どっかで買ってるのか?」

「それは貰い物だ。近隣の街で販売している物ではあるがな」


「へえー、どっかの吸血鬼から?」

「違う。くれたのは、近くに住んでいる人間だ」


 その言葉を聴いて、少しだけ嬉しくなった。

 どうやらこの吸血鬼の友人は、昔に比べてずいぶんと上手く人間と接することができているようだ。


「モンスターに襲われかけていた娘を偶然助けてな。せめてもの礼にと渡されたのだ」

「へぇ、可愛いから感謝の贈り物ってわけだ」

「確かに可愛い娘ではあったかもな」


「意外な感想が飛び出してきたな?」

「幼子に対する印象としては至って普通だと思うが」


 つまり相手は小さな子供だったと。

 珍しい浮いた話を広げようとしたが、バッサリだ。


「我をからかおうとしたようだが、そなたこそどうなのだ?」


 しかも矛先がこっちに……。


「何が?」

「旅先で気に入った女の一人や二人いたであろう。それらと深い仲になったりはせんのか」


「生憎、目的地もわからない放浪者なもんでね。事情を知れば向こうから離れてくさ」


「…………嘘だな」


 ソーサーに置かれたカップが、カチャリと音を立てた。


「真にそなたと親交を深めた者が、そなたがどんな人物かを知った上でみずから離れていくことなど無かろうよ」

「なんでそう思う?」


「そなたが、それほどまでに人を惹きつける輝きを持つ者だからだ。それが白か黒かは別としてな」

「……買い被りだろ」


「買い被りなものか。現に、かなりの人見知りであった妹があんなにも懐いているではないか」

「むっ」


 その話に繋げてくるのか。

 変にからかおうとするんじゃなかったかもな。


「懐かれるのは嬉しいけどな、さすがにあそこまでベッタリだと色々心配になるぞ。異性との付き合い方を教えてやった方がいいんじゃないか?」


「安心しろ。アレで妹は察しも良い方だし、場の空気も読めないわけではない。少々他者との距離感が極端ではあるが」

「極端すぎだろ! いきなり抱きつかれて、その日の内に同衾するなんて普通ありえないぞ!」


「てっきり、そなたはあーだーこーだ屁理屈をこねて逃げるのではと考えていたのだが」

「そこまで予想してるなら止めろよ! 昨日部屋に駆けつけた段階で!」


「ハッハッハ! アレは中々に愉快な光景だったな。もう少しわざと遅れてから仲裁に入ってもよさそうだった」

「お・ま・え・なぁ……」

「良いではないか、それだけ好かれているのだ」


「はぁ……」

「隠す気もないが、我はそなたになら妹をやってもいいと思っているぞ」

「そいつはどうも」


「あっさり流すなグラッド。我は真面目に伝えているのだぞ」

「……なら、訊くけどな」


 そっちがその気なら、オレの意見も訊いてもらおう。


「人間と吸血鬼が愛しあうなんて、お前がさっき話した体面にも大きく影響がでる。それに、住んでる世界が違うんだ。捨てなくていいものを捨てる必要が出て来るし、そもそも上手くいきっこないんじゃないか?」


「確かに捨てるものは大きかろう。だが、絶対に上手くいかないわけではない」


「なんでそう言いきれる?」


 その質問に、ダスカが今日初めてムッとした顔になった。



「我ら兄妹の存在こそが、人間と吸血鬼の愛を証明しているからだ」






 ――――しまった――――






 そう、強く後悔した。



 オレは考えている間に、彼らの大事な秘密が頭から抜け落ちていたのだ。



「ダスカービル、今のは――」

「これから夜まで城外に出ている。グラッドは我が戻るまでルビィの相手をしてやってくれ」


 伝えようとしたオレの言葉を拒絶するように、ダスカがテラスから去っていく。

 その後を追う事ができず、自分のアホさ加減に気持ちがどんどん沈んでいくしかない。


 すると、パタパタとこちらへ向かってくる足音がした。


「あっ! グラッドいたー!」

「……ルビィ」


「もうっ! せっかくおはようの挨拶をしようと思ったのに、起きたらグラッドがいないんだもの! ビックリしちゃった!」

「あー……悪い。腹が減ったから朝食を食べてたんだ」


「ええ!? それも一緒が良かったのに。それじゃあ今からワタシも食べる!」


 飛び跳ねんばかりの勢いで、ルビィがさっきまでダスカがいた席に座ろうとする。

 しかし、彼女は何かを思い出したかのように足を止めて、


「おはようグラッド♪」


 眩しいくらいに無邪気に笑いかけてくれた。

 オレの憂鬱を吹き飛ばすかのように。


 ……ダスカには夜になったら謝りに行こう。

 一旦そう踏ん切りをつけて、オレはルビィと向き合った。


「ああ。おはよう、ルビィ」


 たったそれだけの、いうなれば日常的に当たり前のやり取り。


 それを、

 ルビィは大げさに、


 とても喜んでくれた。

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