その声色に少しだけゾクリとした。
紅潮する少女の瞳が、紅く妖しい輝きを纏っている。
普通の人間であれば、蛇に睨まれた蛙のように気圧されて動けなくなるだろう。
己が喰われる方だと自覚した瞬間の恐怖に身体を震えあがらせて。
しかし――オレは普通ではない。
ルビィ達の事情を知る者としては、同じベッドで寝る事よりも血を与える方が受け入れやすかった。
「ずっと我慢してたのか?」
「…………」
無言は肯定。
もしかしたらオレと再会する前から耐えていたのか。
吸血鬼にとって、血はとても重要な物だ。
人間でいえば水に近いとダスカに教えてもらった。
血を飲まなければ身体に異常をきたし、最悪の場合はいずれ死に至る。
血を飲むという行為は、吸血鬼という種族が生まれた時から内包する本能であり業なのだと。
「ルビィ」
名前を呼ばれた少女がビクッと身体を震わせる。
彼女は――正確にはダスカとルビィの兄妹は、事情もあって吸血行為を元々忌避していた。
人間を下等種族として家畜の如く扱う。傲慢な吸血鬼を多く見てきたから。
吸血に対する衝動を抑えられなくなり、無差別に人間を襲う存在になるのを、彼らなりに避けようとしてたのだ。
その積み重ねがあるから、この場でオレに打ち明けた事も相当葛藤しただろう。
――今更その程度で苦しむ必要はないっていうのに。
バカだよなぁ、まったく。
そんなバカに、オレはこう言ってやろう。
「よく頑張ったな、えらいぞ」
「あ…………」
怒られた子供みたいなルビィの表情に、少しだけ安堵の色が混じる。
「でも今度血が欲しくなったらすぐに言うんだ。何かあったら大変だし、ダスカや城の皆が心配するだろう?」
「……グラッドもする?」
「もちろんだ」
目の前で、とても晴れやかな花が咲いた。
「……ワタシ、次からはすぐにお願いするわ」
「そう言ってもらえてほっとしたよ。それでどうするのがいい? 前にグラスやボトルに直接注いだ事もあったけど、腕からにするか?」
「……く、首筋から直接でもいい? グラッドの腕は硬そうだし、ギュッてしてもらえと落ち着けるから」
「あー……まあ柔らかくはないだろうな。わかったよ、それじゃあ――」
おいで、と両腕を前に出す。
ついさっきまでベッタリくっついていたルビィが、今はおずおずとゆっくり懐へと入り込んでくる。
不安と緊張と、喜びをにじませながら。
「……もし気分が悪くなったり、マズイと感じたらすぐに引きはがしてね」
「痛いと泣いちゃうから、優しくしてくれ」
「もうっ、泣くとか嘘ばっかり」
――でも泣いちゃうグラッドも見てみたいかも。
そう呟いて、ルビィが腕をオレの首にまわす。
密着した部分から彼女の心臓が早くなっていくのがわかる。
少しでも落ち着ければと背中をポンポン叩いてみたが、逆効果だったかもしれない。
ともあれ、噛みやすいように首を横へ傾ける。
「すぅー……ふぅー……」
「いつでもいいぞ、遠慮なくいってくれ」
少し荒い呼気がオレの首筋に当たりはじめる。
今正に少女の鋭い牙が唇から覗いていることだろう。
「あー……………あむっ」
思ったよりも遠慮気味な感触。
ガブッというよりも、かぷっといったところか。
ルビィらしいといえばらしい。
合意の上で血を吸われるというのは割と奇妙なもので、不思議な気分になる。
身体から力が抜けていくような感覚はわずかにあるものの、あまり不快ではない。分け与えている、というのが近いだろうか。
女性ならば乳を与えるのに似てると思うのかもしれないが、男のオレには想像しかできない領域である。
しばらく、ルビィが満足するまでそのままでいた。
吸われている間身動きがとりづらいのでじっとしていたのだが、そのせいで五感が鋭くなっていく。
しまったなぁ……と内心で呟く。
感覚が鋭くなった弊害が起こったのだ
血を吸われる感覚程度なら気にもならない。
しかし、密着してる故に感じる彼女の匂いやぬくもり、肌のなめらかさやフニッとした柔らかさ。それらをより強く受け取ってしまうのは問題だった。
これらが呼び起こす男としての本能を、吸血鬼の吸血衝動に匹敵するかもしれない代物を相手にさとられないようにする。
それが今一番大事!
こんな場面でビーストに変貌してなるものか。
まったくこんな身体になってもその辺は以前とまったく変わらない。いや、むしろ今の身体だからこそ衰えてないのか?
恐るべき呪いよ。貴様はどれだけオレを苦悩させれば気がすむのか――。
できればこの胸中がバレて恥をかかない内に終わってくれまいか。
そんなことを想いはじめた頃。
「はぁ~…………ありがと、グラッド。もう十分よ」
「おおっ、終わったか?」
危険な時間が終わった。
「……なんかちょっと焦ってない? もしかして身体に変調が――」
「いや、変調といえば変調かもしれないがルビィが考えてるようなのじゃないぞ。むしろ元気いっぱいだ」
「そう? なら、いいけど」
「…………」
「…………」
「あの、ルビィさん? なんでそのままでいるんですか?」
「んー……すごい名残惜しくて。あ、ここ血が残っちゃってる。とってあげるね、ペロ」
「うッ、そんなとこ舐めるなって」
「うふふっ、グラッドが首筋が弱いんだー? もっとしたげる」
「わははは!? 弱い強いじゃなくてそんな風にされたらくすぐったいっての! 待て待て、なんでまた噛もうとしてるんだよ!」
「あ、つい勢いで……なんかグラッドの首って噛み心地が良さそうに見えちゃうのよね」
「噛み心地が良さそうな首ってなんだよ。おいだから! なんで力づくで押し倒そうとしてくる!?」
「いいじゃない! もうこのまま夜を明かしても!」
「それがどういう意味を含むのかお前わかって――力つよっ!? こんなところで吸血鬼のパワーを発揮するな!」
「グラッドの血をもらったから、力が増したみたい。これって愛の力なのかしら」
「そんな力は知らん!」
なお、基本的な身体能力に関しては、吸血鬼の方が人間よりもかなり上。
普通なら取っ組み合いで勝てる相手ではないので、そりゃあモンスター扱いで恐れられるってものである。
「だってこうやって抑えてないと、グラッドすぐにどこかへ離れて行っちゃうんだもの!」
「むしろこんな扱いだと増々離れたくなると思うんだがな!」
「ふぬ~~~~」
「うぐぐぐ~~」
ベッドの上でせめぎあうオレたち。
さすがにお姫様のお部屋でそんな異変があれば何事かと付き人達が駆けつけたのだが、主たるルビィが原因ではうかつに止めに入ることもできず。
、結局、異変を察知したダスカービルが現れるまで、オレの抵抗と騒ぎは続いたのだった。