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第10話:お姫様との戯れ①:お部屋でわちゃわちゃ〈上〉

「グラッド。ねえグラッドってば!」

「ん?」


 食事の後。

 ヒラヒラした黒いワンピースドレスに着替えたルビィに引っ張られるように、オレは廊下を移動していた。


 持っていた荷物は食堂で渡してあるので、手ぶらにルビィである。


「さっきの服と今の服、どっちの方が似合ってる?」


 長い金髪の彼女には黒い服がよく映える。

 それぐらいしか分からない。

 そんなオレに、あまり良い返しができるはずもなく。


「そうだなぁ。オレはどっちも似合ってると思ったよ」


 正直に答えると、ルビィの歩く速度が少し落ちた。


「どっちも? どっちかじゃなくて?」

「ああ。そもそもルビィは何を着ても似合うんじゃないか? 元が綺麗だし」

「そ、そう? グラッドから見てもワタシって綺麗? 可愛い?」

「オレに限らず、誰から見ても最高に綺麗で可愛いだろ」


「そんなこの世に一人しか存在しない絶世の美少女だなんて……」


 そこまでは言ってないんだが。

 顔を赤くしながらもじもじする姿が可愛いのは間違いない。


「ねえねえ、グラッドが好きな服はないの?」

「好きな服か? そうだな、動きやすくて丈夫な服がいいな。防御力が高いとなお良い。やっぱり腕のいい職人が作った物っていうのは品質のレベルがちが――」


「そうじゃなくて! グラッドが好きな女の子の服の話! あれ可愛いなーとか思ったりしないの?」


「……あんまりないかもな」


 男のオレが、女の子の服を吟味する機会など基本的にない。

 知り合いに頼まれれば装備の良し悪しぐらいは見るが……。


「ええ!? じゃ、じゃあたとえば、あれは?」


 ルビィが指差す先には、廊下の向こうで何やら運んでいるメイド達がいた。


「ああ、あの服は良いかもな」


 屋敷や城なんかにいる世話人が身につける衣装だ。さぞ仕事がしやすい工夫が施されているのだろう。

 その点に関しては評価できる。


「ふぅん、ああいうのが良いんだ。……今度着てみようかしら」

「それよりルビィ。さっきからどこに向かってるんだ? オレとしては先に自分の寝床を知っときたいんだが」


「そういうと思って、グラッドが寝泊まりする部屋に行こうとしてるのよ? もうすぐ着くわ」


「そうだったのか。……もしかしてルビィ達の部屋の近くに用意してもらったのか?」

「うん、ワタシの一番近くにしたわ」


 となると、隣の部屋か。


 オレを近くに置いとけばルビィも暴れはしないだろう。そんなことをダスカが考えたとは思いたくないが……大分怪しいな。


 そんなことを考えている内に、ルビィの足が止まった。


「じゃーん♪ ココがグラッドの部屋でーす♪」

「こ、ここはッ!?」


 開け放たれた部屋の扉。

 何よりも真っ先に目に入ったのは、正面の大きなベッドに鎮座する最高に主張の激しいでかいクマ(?)のヌイグルミだった。


 視線をスライドさせてみたが、あちこちにあるいくつものヌイグルミがどうやっても視界に映ってしまう。


 左を見れば高そうなロングソファーやクローゼットの上にヌイグルミ。右を見ればテーブルと椅子、本棚にも乗っている。


 動物やモンスターを象っているそれらがなければ、この部屋はさぞ高級宿か貴族の部屋かといった感じに違いない。


 だが、そのあまりのインパクトによって、部屋の中は大変ファンシーなヌイグルミの楽園に変貌していた。



「どう? どう? いいお部屋でしょ!」

「………………少なくとも部屋に来ただけでこれ程までの衝撃を受けたことはないかな」


 ココで寝泊まりするって?

 ほんとに? このオレが?


「な、なあルビィ。せっかく用意してくれたのに申し訳ないんだが……別の部屋に変えてもらえないか?」

「ええ!? なんで!?」

「ちょっとオレにこの部屋は不釣り合いすぎて……」


 正直もっと普通でいいんだ。

 この空間はあまりにも落ち着かなすぎる。


 うぉ、よく見ると天井にもコウモリの人形がぶら下がっていた。あれでは寝ている間も目に入ってしまうではないか。



「でもでも! ワタシはグラッドがこの部屋にいてくれると嬉しいの。ココで寝泊まりしてくれれば、一緒にいられる時間がもっと増えるでしょう!」

「なんでルビィと一緒にいる時間が増える?」


 やはりルビィの部屋が隣なのか?

 それなら、別の場所に行ってしまうと一緒の時間は減るかもしれないが……そんなに変わるものだろうか。



「だって、寝てる時も傍にいられるし! おやすみからおはようまで全部できるのよ!」

「おいおい、まさかルビィもココで寝ようとしてるのか?」


「当然じゃない。だってココはワタシの部屋だもの」

「……………………は!?」


「なんでそんなに驚いてるの?」

「いや……すまない。どうやらオレは大分勘違いしてたみたいだ。ルビィ達がわざわざオレのためにとこういう部屋を用意してたのかと……」


「くすくす、なにそれぇ。幾らなんでもそれはないわよぉ」

「そうだよな。いや割と本気で焦ってたんだ」


「じゃあ誤解も解けたし、問題はないわね」

「大いにある!!」


「え~~? まだ何か勘違いしてるのぉ?」

「そんなに頬を膨らませるな。今度は勘違いじゃない」


 頬袋に食べ物をつめたリスのような顔で問われても、コレははさすがに黙っているわけにもいかない。


「ルビィの部屋にオレが泊まるのはマズイだろう」

「なんで?」


「年頃の女の子の部屋だぞ? 他人の男が寝泊まりなんてどうなんだって」

「グラッドは他人じゃなくて、ワタシの大事な人よ」

「そういって貰えるのは嬉しいけどな。大事とか大事じゃないとかではなく――」


「つまりは、人間の常識から来る話でしょう? 結婚もできれば子供も産める年頃の娘が異性を部屋にあげるなんてー、みたいな。はしたない、だらしない、後は周りの目があるとか?」

「お、おぅ……」

「そんなもの、大人のワタシにとってはくだらないわ!」



 頑張って伝えようとした事はルビィの知識に既にあったらしく、オレが言葉にするよりもわかりやすく言語化した上で一蹴されてしまった。


「そもそもワタシは人間じゃないから、そんな常識は関係ないでしょ。それに部屋の主が仲良くなりたい相手を招くのは、なんにもおかしくないわ」

「そ、そう言われると……」


「ワタシはグラッドと一緒にいたいの。できるだけいっぱい」

「…………」


「それとも、グラッドはワタシと一緒の部屋が……イヤ?」


 紅い瞳を滲ませながら上目遣い。

 大抵の男という生き物は、こういうのに弱い。いつの時代も女の涙は強力な武器だ。

 ルビィのような美しい少女が扱えば、その攻撃力も半端ない。


 しばらく頭を抱え悩んだ。


 女の部屋に男が……という理由ではもう納得しないだろう。

 ダスカに報告――は無意味か。あいつ、ルビィの気がすむまで一緒にいてくれって言ってたし……。


 ほ、他に何か……何かないか……。


 考えている間も、じ~~~っと強い視線を感じる。

 その圧力に負けるように瞼を持ち上げると、うるうるしているルビィと目が合ってしまった。


 なんか……段々オレが悪い事をしているような気分になってきたぞ。


「うぅ…………」


 呻いても事態は解決しない。


 そんな巧い手が早々思いつくはずもなく、 

 結局オレは、両手をあげてしまっていた。


「ああ……降参だ。だから、そんな目で見ないでくれ」

「やったー♪」


 まさかの嘘泣きか!?

 そう疑いたくなるほど、満面の笑みでルビィに飛びこまれた。


 やれやれだ。

 なんとかしようとしたら、逆に丸め込まれるとは。


「何か必要な物があればそこのベルを鳴らせば付き人がくるわ。今欲しい物はない?」

「とりあえず、ベッドがもうひとつ必要かな」


 割と早急に。


「あのベッドは三人でも寝れるくらい大きいわよ?」

「それ、一緒に寝る前提で話してるだろ」

「同じ部屋で寝泊まりするんだから、同じベッドで寝るものでしょう。それに前にも一緒に寝たことがあるじゃない、何度も」


 ここが城の中でよかった。

 その辺の人が今のを訊いたら誤解されかねない。


「あの時のルビィは小さかったからな。子供を寝かしつけるようなもんだった」

「失礼ね! ワタシはあの時からちゃんとしたレディだったわよ! それに、そんなに昔でもないじゃない」


「でも、今のルビィとは違う。オレからすれば見違えすぎて別人のようだよ。前よりずっと美人で女らしくなった」

「ほんと!? グラッドから見ても今のワタシは可愛くなってる?」

「ああ、最高に可愛くなってるよ」


「え、えへへ。どうしよう、グラッドに可愛いって言ってもらえたわ。それだけですっごい嬉しい」


 ルビィがデレデレに照れる。

 そういうところが可愛いのは、前から大して変わっていない。


「ん……ねぇグラッド。お願いしたい事があるんだけど……いい?」

「その前にベッドの件が先じゃないか」


「それは後でもいいじゃない。ね?」

「…………わかったよ。オレにできることなら、なんなりとお姫様」


 オレ、ルビィに弱すぎだろうか?


 ベッドに腰掛けながら、吸血鬼の少女がまたどんなおねだりをするのか身構える。


「ごめんなさい。こんなお願い、誰にでも出来るわけじゃないから」



 そう口にするルビィが、しゅんと一回り小さくなったように見えた。 

 一体どんな無茶が飛んでくるのかと増々緊張が高まる。


 ただ、この時の願いは、



「ワタシ、グラッドの――血が――欲しい」



 とても断れるものではなかった。

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