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第9話:和気あいあいな食事中

「で、結局なんだったんだ」

「何がだ?」

「オレを呼びつけた理由がだ」

「ふむ。今更説明が必要かね?」


 豪華な料理が乗ったテーブルを挟んで向かい合うダスカ。

 その視線がオレの横にいるルビィへと注がれた。


「はーい、グラッド。あーん♪」

「もがっ」


 喋るために開けた口に切り分けられたステーキが突っ込まれる。

……肉は美味いが、あーんってこんな風じゃないと思うんだ。


「もぐもぐ……。ルビィ、ダスカと話をしてる途中だからさ、ちょっと待ってくれないか」

「い・や♪」

「……前から、こんなわがままだったか?」


「そなたの前では恥ずかしがって猫を被っていただけであろう。前々から妹はそんな態度で、世話係もよく困っている、ぞっ!?」

「お兄様? あまり余計な事を口にすると罰がくだりますわよ?」


「……訂正しよう。これでもそれなりにマシになっている」


 ルビィのぶん投げたナイフを危なくキャッチするダスカの動作は、なんとも慣れているように見えた。

 周囲の給仕達は驚いた様子も見せず、申し付けに備えて静かに佇んでいるのみだ。


 つまり、このニコニコしながら兄にナイフを投げる妹は日常茶飯事の光景なのか。


 なんて危険な兄妹なんだ……。


「でも、グラッドが早く来てくれて本当に良かった。お兄様に何度もお願いして使いは出してもらったけど、来てもらえるかどうかまではわからなかったから……」


「あんな手紙を渡されたらな。……そういえば、よくオレの居場所がわかったな?」


 あまり長くは一所に留まらないので、手紙を渡すのはなんとも難しいはずなんだが。


「グラッドの居場所くらいわかるわよ。現に使いはちゃんと到着したでしょ?」

「…………なんでだ?」

「そ・れ・は、ワタシの愛の力で♪」


「ルビィ、嘘をつくでない。手紙が届いたのは、多くの同胞が四方八方手を尽くしたからであろうが」

「まあお兄様! たとえそうだとしても、ちゃんと届いたのは愛する人と会いたいという、ワタシの強い願いがあったからですわ」


「……まあよい。だが、働いた者たちはしっかり労っておくのだぞ?」

「もちろんですお兄様。それじゃあお着替えも兼ねて早速行ってこようかしら。グラッド、少しだけ席を外すわね」


 ようやく(物理的に)離れてくれたルビィがウインクしながら部屋から出ていく。

 片腕が解放感を味わおうとしたが、その前にきたいささかの痺れでそれは叶わず。また、柔らかい温もりは消えずに残っていた。



「……それでだシスコンさんよ。どう力を貸せって?」

「ハッハッハ! 我にそんな舐めた口を訊く人間はそなたぐらいだな。ちなみに我はシスコンではない。単に妹が可愛いだけだ」

「へぇへぇ、それでは妹が可愛すぎるお兄様は何をお求めなんでしょうね」


 無礼かつ投げやりすぎる質問にも顔色ひとつ変えず、ダスカは指を立てた。


「まずは、ルビィの気がすむまで一緒にいてやって欲しいというのが一つ」


 実は、それは来る前から予想できてた。

 ダスカ達に会いに来るのは今回が初めてではない。今まで何度もあったし、その度に親睦を深めていたのだから。


 オレと彼らの付き合いは、人間としてはあまりにも長い。


「アレが本気になると従者たちはボロボロになり、我でも手を焼くのでな。それもこれも全てはそなたに起因する、よってなんとかしろ」

「丸投げかよ……。まるで全部人のせいみたいに言うなよな」

「あながち間違いでもあるまい? 昔、我らを助けてなければ今のようにはなっておらん」

「それは……まあ、そうかもしれないが」


「それは我も同じだがな。あの時はまさか人間と友人になるとは夢にも思わなかった。これでも深く感謝しているのだぞ」

「なんだよ改まって……、そんなのオレだって同じだよ。お前たちの行動で、戦いは沈静化したんだから」


 この辺りの土地では吸血鬼と人間が戦っていた時代がある。

 ささいな行き違いから生まれた争いは、心無い者たちによって拡大の一途を辿り……種の存亡を賭けたところまで行きついていた。


 それを最終的に収めたのがダスカで、その事情に首を突っ込み過ぎたのが当時のオレだった。


「そんなわけで、妹を頼んだぞ」


「任せ――いや待て! どうしてそうなるかの上に、その頼むにどこまで含まれてるかによって返答が変わってくるんだが!?」

「チッ」

「いま舌打ちしたかテメー」


「いや、今のは吸血鬼なりのオーダーだ。新鮮な赤ワインが欲しい時に使う」


 傍にいた給仕がダスカのグラスに飲み物を注ぐ。

 揺らめくその赤い液体を煽ったダスカが「ふぅー……」と誤魔化すように心地よさげな吐息をついた。


「……つまらんない吸血鬼ジョークはさておいて、せっかくココまで来たんだ。ルビィが満足するまでぐらいは居るさ」


「ほう、それはよかった。妹も今回こそはと気合を入れているようでな。それを満足させるまでと言いきるとは、さすがだぞ」


「なんか含みがあるなおい……。って、そうだ!」


 今訊かねば気が済まないことがあった。


「そのルビィだけど、どうなってるんだ? なんかその、前に会った時と比べて随分垢抜けたというか……マジで最初誰かと思ったぞ!」


「妹なりに女を磨いたのだろ」

「磨いたとかそういうレベルか。前はもっと小さかっただろうが」


「どこぞの人間のために成長したのだ。元々吸血鬼なんぞその気になれば蝙蝠にも狼にも霧状にも変身できる。外見が大人びるくらい大した変化ではなかろうに」

「十分大した変化だよ!!」


「ハッハッハッハ! その反応だけでも妹がやる気になった甲斐があるというものではないか」

「くっ……面白がりやがって。それで? 一つはって事は他にも頼みがあるんだろ。もったいぶらずにさっさと教えろよ」


「ああ、そうであるな」


 ダスカが立てた指は二本だ。

 つまり、最低でももうひとつ。何か頼まれるに違いない。


「では、二つ目の頼みなのだが……これについてはそなた次第であるが故に、我も無理強いはできん」


「オレ次第?」


「うむ。もうひとつの頼みとは――――」



 ダスカの二つ目の頼み。


 その頼みは、確かにオレ次第のもので。

 付け加えるなら、


 ルビィには決して聴かれたくないものだった。

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