この広い世界には様々な種族が生きている。
対立している事もある。
けれど、長く生きればその分だけ不思議な縁が生まれるらしい。
それは“普通”とはかけ離れているに違いないが、案外悪いものではないのだ。
そう、たとえば――。
「目の前にいるでっかい蝙蝠が、オレ宛ての手紙を運んできてるとか、な」
夜のボロい安宿の一室。
フラフラと窓から入ってきた蝙蝠は、誰かに見つかったら討伐されかねない存在だ。
オレもメッセンジャーだと気付かなければ、驚いて槍の一撃やニ撃はお見舞いしていただろう。
「キー……キー……」
疲れ果てて細く鳴くソイツのボロボロっぷりときたら、なんとも憐れみを感じずにはいられない。
きっと過酷な任務をこなそうと必死だったのだろう。
「ご苦労さん……お前も大変だな」
せめてオレだけでも労ってやらねばコイツも報われまい。
毛布をくるんで休憩スペースを作ってやると、そのコウモリは目を潤ませながらポテンと倒れこんでしまった。
それでも、今にも死にそうな様子で、足にくくりつけた手紙を渡そうとするのは立派なもんだ。
「どれどれ……」
半ばその内容を予測しつつも緊急の可能性も捨てきれないなと明かりで照らしながら目を通す。
色々書いてあったようだが、要約すると。
『我が友グラッドへ』
『そなたの力が必要だ』
『この手紙が届き次第、我らの下へ来てほしい』
「――――追伸:なるべく早く頼む……ねぇ」
文面通りに受け取るなら。
危機に瀕した友人が送った救援要請と言えるかもしれない。
しかし、この手紙が何を示すのか。なんとなくわかるオレにとっては、近況を知らせる知人の手紙同然。
つまり、緊急性はまったくない。
本人は必死なのかもしれないが、自分でどうにかしろと言ってやりたい。
だが、断る理由もないわけで。
この際、招待されたと思えば悪い気はしない。
「まったく仕方のない。希望どおり、早めに行ってやるか」
メッセンジャー兼案内役のコウモリが回復すると同時に、オレは夜の内に宿を出た。
可能な限り急いで、目的地まではもう少し。
向かう先に遠くそびえ立つは、荘厳な居城。
闇夜の月に照らされた白亜の城は美しく、同時に恐ろしい雰囲気を纏っていた。
端的に言えば、どう見てもモンスターの住処。奥に棲む主は冒険者が束になっても敵わない魔族の王が――みたいな場所にしか見えない。
「正にそういう場所ではあるんだけどな……」
巨大蝙蝠が住むおどろおどろしい森。
進む先を見失う霧の結界。
城の入口を塞ぐようにのびる鋭い茨。
それらを乗り越えてようやく城門前である。
これらの存在を知ってて城に足を踏み入れようとする輩は、相当な命知らずに違いない。
――オレを除いて。
「案内頼むぞ、蝙蝠くん」
「キー!」
案内役がいるオレはいわば招待客なので、城への障害は関係ない。。
襲われず、迷わず、目的地まで一直線。
城門前まで辿りつくのにさほど時間はかからなかった。
正面に見えてきた高い城壁は左右にのびており、所々ひび割れていたり苔が生えてもいるが頑丈そうだ。
それらの中心にある城門も立派なものである。日常生活でいちいち開閉するのは大変そうだけど。
「さて……」
目の前に、ノックするには大きすぎる出入り口。
普通の城なら見張りにとりついで開けてもらう事もできようが……ココはやはり蝙蝠くんに頼るか。
そんな風に考えていたら、城門が開きだした。
どうやらオレの到着に気づいて開けてくれようなので、早速城内へと足を踏み入れてみる。
その直後、ギョッとした。
オレを最初に出迎えてくれたのは、まっすぐな道に沿うようにズラリと並んだメイド・執事達だったのだ。
「ようこそグラッドレイ様!」
「長旅お疲れ様でございます!」
「我ら一同、心からお待ち申し上げておりました!!」
見渡す限りの見女麗しい男女の列が頭を垂れる。
まるで自分が上級貴族か何かにでもされてしまったかのようだ。
……ぶっちゃけると、嬉しいどころかちょっと引いた。
コレは一体誰の入れ知恵なのか。
「……あー、その……今日は世話になると思うから、みんなよろしくな?」
ココで「やあ、ご苦労!」などと労う気質はない。
ひくつきそうな顔をなんとか抑え、気さくに返したつもりだったんだが。
それに対しての彼らの反応ときたら――。
「な、なんとありがたきお言葉!」
「感無量です!」
「キャー!? グラッドレイ様にお声をかけてもらえたわ!」
どいつもこいつも喜びすぎ。
一体彼らの目に、オレはどんな人物として写っているのか。
「ほんとに……ほんとにお待ちして……うぅぅ」
「これで我らは助かります。すべてはグラッドレイ様のおかげですぅぅ」
中には泣いているヤツまでいる。
一体何が彼らをそこまでさせるのか……。
頭が痛くなりそうな状態でいると、ここまで案内してくれたコウモリがボンッ!と煙をあげ、人型に変わった。
てっきり使い魔の一種だと思っていたが、違ったらしい。
彼女はそのメイド服姿こそ周りと同じだが、纏う雰囲気がちょっと周りの連中より格が高そうに感じる。
明るめの赤い髪に、側頭部の小さな黒いリボンが特徴的である。
「グラッドレイ様。主様がお待ちです、どうぞ奥へ」
「……キミ、女の子だったのか」
さっき思いきり蝙蝠くんとか呼んじゃったぞ。
「え!? も、もしかして何か問題が!? 私のような者はお嫌いでしたか!?」
「早とちりするなって! ちょっと驚いただけで、深い意味はないから」
「そ、そうですか。よかった……万が一粗相をしようものなら、私……」
「こっぴどく叱られる?」
「いえ、多分笑顔でぶっ殺されます」
お前、よくそんなのに仕えられるな?
――などと口に出せるはずもなく。
ひとまず彼女が主に消されぬよう、オレは居城の奥へと急がなければいけない気がする……。