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第6話:不老長寿のセンニン 伍

 いきなり飛び出した、まさかの言葉。 

 ドクンと強く心臓が脈打つ。



「本当かッ!?」


「儂の生まれた地方にな。毒を以て毒を制すという考えがある。これは毒の治療に別種の毒を用いて解毒をするというものじゃが、ある伝説があっての」


「天にも届きそうな山に、不死身の怪物が住んでおった。悪事の限りを尽くす怪物は暴れ放題好き放題。人々が困り果てたその折、高名なセンニンが怪物の下に現われる」


 センニンは告げた。


 ――これ以上人間を襲うのであれば、まず先に儂を喰え。センニンの真の臓はそこらのモノとは一味違うぞ。


「センニンはみずから人々の身代わりになろうとしている。なんて愚かなのだと怪物は嘲笑い、望みどおりセンニンを食い散らかした。血をすすり心の臓を一飲みよ」


「それ、どうなったんだ?」


「その後、怪物は退治された。怪物はいつの間にか不死身ではなくなっておったのじゃ」


「…………待て、フースー。その話をオレに聞かせて、何が言いたいんだ」


 そしてなぜ、わざわざミーニャにこの話を聞かれないようにしたのか。

 嫌な、予感がした。


「この伝説はな、不死身の怪物の特性がセンニンを喰らったことによって消えたことを示唆している」


「…………」


「グラッド。儂も不老長寿のセンニンの端くれじゃ」


「だから、なんだっていうんだ。オレがその話を鵜呑みにして、不老不死を解くために、あんたを殺して心の臓を喰らうっていうのか」


「それは違うと?」


「当たり前だろ。そんなことをしたらオレは人間じゃなくなる。そんなの……化物やつらと一緒じゃないか」


 もし、オレが狂気に駆られて取り返しのつかない過ちを犯したら。

 それで呪いが解けたとしても、素直に喜べるはずもない。


 その後、普通の人間として生き続けて、いつか最期を迎えた時。オレは先に逝った人たちにどの面下げて会うことができるというのか。



「……ふぉっふぉっ、すまぬすまぬ。冗談が過ぎたわい」



 フースーが申し訳なさそうに謝ると、充満していた重い空気が離散した。

 自分が息をするのすら上手くできていなかったのだと気付いて、大きくため息を吐く。続けて深く息を吸ったことで、なんとか平常心を取りもどせた。


「ほんとに、冗談だったのか? 本気にしか感じなかったぞ」


「解毒の考えや伝説に関しては嘘ではないからのぅ。いや、しかしグラッドよ。おぬしは長く生きてる割には、あまりスレていないようじゃな」


「あんたみたいに性根がひんまがってるヤツが、そういてたまるか」


 せめてもの悪態をついたが、フースーはカラカラ笑うだけだった。

 性質の悪い冗談に付き合わされてこっちは冷や汗ものだというのに、このジジイは……。


「さっ、酔いも冷めたし、飲み直しといこうかの」


「まだ飲むのかよ……」


「酒を適度に飲むのが長生きの秘訣じゃよ! むろんグラッドも付き合うんじゃぞ」


「……オレには効かないだろうけどな、その秘訣」


 その後も、フースーは夜通し自分の話をしてくれた。役に立つこともあったが、役に立たなそうなことがほとんどだ。でも、それが普通なのだ。


 その普通が、今のオレにはとても遠い。

 だからこそ、うらやましくて、暖かいものに感じる。


 ――ああ、そうか―― 


 しばらく離れていたものだから、気付くのに時間がかかった。


 オレは、フースーたちが、


 オレを見た目どおりの『人間』として扱ってくれたことが、無性に嬉しかったのだ。





 それから数日間フースーの小屋に居座り、さらに数日ほど村に滞在した。


 本来はフースーとの話を終えたら出発するつもりだったが、ミーニャを中心に村人たちによって強引に引きとめられたからだ。


 出発を急ぐ理由は今のところ無く、是非と頼まれては断る理由もない。世話になった礼に何かしたかったので、大きな猪を仕留めてきたらとても喜ばれた。


 いつの間にか山を下りてきていたフースーも、酒をかっくらっていた。それを見て思い出した酒癖の悪い仲間の話は、思いのほかウケた。


 ――久しぶりに味わった人の温かさは、とても居心地が良かった。


「だからこそ……もう行かないとな」


 そう決めた夜を越えた翌日。

 オレは旅支度を整えて、出発することにした。


「皆さん、お世話になりました」


「こちらこそ、楽しかったよ!」

「旅人どころか、本当の英雄が滞在するなんて人生に一度あるか無いかだしな!」

「グラッド兄ちゃん、また来てね! あたしたちのこと忘れちゃやだよ!」


 わざわざ集まってくれた村人からいくつもの言葉を受け取って、別れを告げる。

 村の門まで行くと、ミーニャとフースーが待っていた。


「グラッド。山にも近道があるでの、少しばかり案内してやろう」

「助かるよ」


「グラッドさん。私とまた熱い夜を過ごしたくなったら、すぐに戻ってきていいからね?」

「……親父さんがその辺にいたらまた殴られるからホントに止めてくれ」


 降参するオレのポーズを見て、ミーニャが満足気に微笑む。どうやらこの子は人をからかうのが好きらしい。都会に行った日には、さぞ男たちを困らせることだろう。


「またね、ブラッドさん」


 ふわりと優しく抱きしめられて、そのぬくもりを感じる。


「気軽にそういうことをするんじゃない」


 そう叱りそうになったが、思い留まった。

 最後くらい甘えてもいいだろう。お互いに。


「ああ……いつか、また」


 軽く抱きかえして、別れの挨拶とした。

 再び会えるかはわからない。会えたとしてもいつになるのか。

 それらの気持ちをすべて飲みこんで。


「儂ともハグするか?」

「フースーがしたいなら、オレは全然構わないぞ?」

「うーむ、男と抱き合う趣味はジジイにはないのぅ。……それでは行くとするか」

「ああ」


 それから一度も振り向くことはしなかった


 フースーと連れ立つ二人旅も長くはない。

 村から離れて一時間程。互いに大して中身もない世間話をしながら進んでいただけだ。


 そして、その時がきた。


「この山間の道を進むとよい。おぬしの足なら二日も経たず宿につけるじゃろうよ」

「何から何まで本当にありがとう」

「なあに、長生きのよしみじゃ」


「それじゃあ、フースー」


 ――また会おう――。


 その言葉をオレは口にできなかった。

 不老長寿のセンニンと噂されたフースーは、呪われたオレと違って寿命があるのだ。

 再び会うのはきっと、ミーニャよりずっと難しい。



「また会おうぞ、グラッドよ」

「ッ!」



「おぬしと過ごした時間は短い。想像を絶するおぬしの苦悩をすべて知ることは不可能じゃ。じゃが、あの夜に心の内を見せてくれたおぬしに、これだけは言わせてもらおう」



「――何があろうとおぬしは人間じゃよ。儂らと同じ、な」



「………………ああ、……ああッ!」 



 不意に涙がいくつも零れていく。

 それはありがたすぎる餞別だった。


 事情と正体を知ってなお、そう言ってもらえる事がどれだけ嬉しいか。


「――オレはココに誓おう。あなたの言葉を、決して忘れはしない」


 今日のオレは、逃げるようにでもなく。あるいは迷惑をかけないようにでもない。

 新たに出会った人たちに、同じ人として別れを告げられるのだ。


「また会おうなフースー。いつかもう一度会いに来るから。それまでくたばるんじゃないぞ!」

「ふぉふぉふぉ、それはまた長生きせんといかんのぅ」


 フースーとなら、本当にもう一度会えるかもしれない。

 呪いを解いた時の希望をひとつ貰って、オレの次の旅に出た。

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