「そう……か」
その可能性も覚悟していたはずなのに、あからさまに落胆している自分がいた。
いや、覚悟よりも期待の方が大きかったんだ。
次こそは、次こそはと何度も求め続けて。
手がかりを失うたびに気分が沈む。
――やっぱり呪いを解くのは不可能なんだろうか。
そんなオレの不安を、センニンは見切っていたのかもしれない。
「じゃが、これだけは言える。人生は何が起きるかわからん!」
力強く言い切るフースーには謎の説得力が感じられた。
「今の世の中、誰しもが長く生きれるわけではない。だがその間に、いくつの大きな出来事が起きることか」
それはきっと誰にもわからない。
生きて、生き抜いて、その先でようやく振りかえって。ようやく自分の事だけがわかる。
「儂もコレまで生きてきて、おぬしのような者に会ったのは初めてじゃ。今日という日は間違いなく大きな出会いに違いない。グラッドの辛い過去も、突然訪れたもの。そんな日を誰が予想できたじゃろうか、いーや誰もできぬ!」
ぐびぐび飲まれてフースーの酒が減っていく。
ちょっとペースが心配だ。
「不老不死にされたのじゃから、元に戻す方法もあーる。絶対じゃ! 不老長寿と噂されたセンニン様が言うんじゃから間違いなーい!!」
「……ごめんねグラッドさん。おじいちゃんお酒が入ると、いつもこんな感じで」
「ああ、うん。大丈夫だ、酒が入ると別人みたいになるヤツもいるしな」
「儂は正気じゃ! よし、今度は儂の話を聞けぃグラッドよ。センニン様のありがたーい話じゃ、ご利益あるぞ!」
「……そう言われたら、聞かざるをえないな」
「ああ……お料理とお酒、足りるかしら」
もてなしという名の酒盛りは、夜遅くまで続いた。
フースーも盛り上がり放題で、途中からはファーファにも酒を勧めてしまう。そこからが、また大変で、
「おじいちゃん! 私も出会いを求めて旅がしたいわ!」
「女の旅は危ない? だったらグラッドさんに守ってもらえばいいのよ」
タガが外れたファーファのテンションの高さはフースーの比ではなく、なだめて寝かしつけるのは骨が折れた。
「ふぅ、飲み過ぎたかの。ちょっと夜風にあたってくるとしよう」
フースーが手招きしたので、オレは彼の散歩に付き合った。
空を見上げれば、優しく輝く丸い月が美しい。
「遠い遠い東の方で生まれた、ずる賢い男がいた。そいつはな、自分はこんな退屈な村で終わらない。もっとふさわしい場所で生きるのだと意気込み、故郷を飛び出した」
「そのうち大きな都に着いた。そこで王に仕えられないかと画策したが、右も左もわからぬ若造は門前払い。ならばと、武術を磨き、薬の知識を身につけた。無礼な若造に教えを施した師は、それはすばらしい方々じゃった」
「その教えを受け継ぎ、男はその力を振るった。戦を勝利に導き、病に伏せた人々を治した。いつしかその男は都でも知らぬ者はおらぬ有名人じゃ。だが、名をあげる度に望まぬ権力争いに巻き込まれ、男は辟易していく」
「結局、その男は無実の罪を着せられ都を追われるはめになった。ひどい話じゃろ?」
急に話を振られたので「そうだな」と返しながら、苦い顔をする。大小なりオレにもそういう覚えがある。
「じゃが、結果的にはそれが良かった。かろうじて生き延びた男は、たどりついた土地で生涯のツレができたのじゃ。男が間違いを犯したのなら容赦なく横面を張り飛ばすような女じゃったが、誰よりも深く愛せた」
頬をさするフースーはその痛みを思い出しているのか。しかし、その表情は柔らかい。
「ツレは住む場所を失くした者や、親を失った子を放っておけない性質でのぅ。気付けばそやつらで村ができとった。血が繋がっていなくとも本当の家族のように「おじいちゃんおじいちゃん」と呼んでくれたりのぅ。ふぉふぉふぉ、そんな場所を生み出したあやつは、今思い出しても男には勿体ない女じゃったよ」
「いい人だったんだな」
「……うむ」
嬉しそうに笑っているであろうフースーの後ろについたまま、来た道を振りかえった。
ファーファがいる小屋からは大分離れている。仮に大声を出しても届きはしないだろう。
「年寄りの昔話は退屈じゃったかな?」
「いや、むしろあんたがどんな風に生きてきたのか。ちょっとでも知ることができてよかったよ」
「…………ふぉっふぉっふぉっ。なぁ、グラッドよ」
フースーはそこで足を止めて、後ろにいるオレと向き合った。
「さっきはファーファがおった手前、知らんといったがな。儂はおぬしの不老不死を解くことができるやもしれん」