えっへんと、ファーファが自慢げに胸を張った。
ファーファの態度はともかく、その言葉を聴いてオレは大きく安堵する。
よかった、センニンは実在するようだ。
なら次は……。
オレが求めているものを知っているかどうか。
今までに幾度となくしてきた期待を抱きながら、オレはすぐに会えるか? とファーファに尋ねていた。
センニンの下へ出発したのは翌日になった。
件のセンニンは村のどこかにいると予想していたのだが、見事にハズレた。
センニンの住処は山の中にあり、今から会いに行こうとすれば確実に夜になると教えられれば無茶はできない。ファーファは快く案内役を買って出ててくれたが、夜の山道はトラブルが起きやすい。
結局旅の疲れを癒すため、村で泊まることにした――といえば聞こえはいいかもしれないが。
「この村に宿なんてありませんけど?」
ファーファの第一声がコレだった。
ならば仕方ない。
どこか寝泊まりできるところがないか、村人たちに聞いて回ろうとした。ダメなら野宿決定なだけだと。
「それならココに泊まりますか? 今なら可愛い村娘付きですよ♪」
茶目っ気たっぷりなファーファが中々に強烈な誘いをかけてきたのだが、コレのタイミングが良くなかった。
「それも最高だが、男は夜になると狼になるっていうぞ。喰われても文句はいえないな?」
「……ほぅ、親が留守の間を狙って人んちの娘を喰おうとする狼が出るのか。そんな野郎は丁重にもてなさねぇとなぁ!?」
最悪のタイミングで帰ってきたファーファの父が、オレの冗談を真に受け大騒ぎになった。
誤解を解くには時間がかかったが、お互いに悪いということで頭を下げあうことに。その後、帰ってきたファーファの母がお詫びに食事でもと誘ってくれたので好意に甘えることにしたんだが……。
村で最初に会った村人がオレの存在をあちこちに伝えていたらしく、ファーファ家に続々と村人が集まった結果オレは引っ張りだこになった。
もはや宴会ノリになったその場の勢いは、夜遅くまで続き――朝を迎えたわけだ。
「……酒が残らなくてよかった」
「ごめんなさい。お父さんたち、ここぞとばかりにはしゃいじゃって。娯楽が少ないから、お酒を飲める時と面白そうな機会を逃さないんですよ」
「ああ、その気持ちはわかる。オレの故郷でも似たような事があったから」
排他的な環境でなければ、外の人間はありがたがられる。
それでも娘をたぶらかす狼に間違われたのは希有なんだが……あの人にはもう少し冷静さがあってほしかった。
「でもグラッドさんタフですね? ウチのお父さんは、村の中でも一番の力持ちでケンカも強いのに。お顔、大丈夫ですか?」
「最高に殺意の籠った拳だった……」
「ん~……痣にもなってませんね」
ジロジロ、ペタペタ。
「あんまり気軽に触らない方が助かるな。親父さんにまたドヤされたくない」
「その節はほんとに……。お詫びにサービスしますので」
「だからそういう言動がだな……」
そんなやり取りをしつつ、自然豊かな山道を登っていると木々が開ける。
山の中腹よりは上ぐらいまで来ただろうか。そこには突き出た崖があり、小さくなった村が見下ろせた。また、陽を浴びて明るくなった緑と桃色の山々が一望できた。
「最高の景色だな」
「はい、おじいちゃんもこの景色が好きみたいです」
山間を抜けた風が心地いい。
運ばれた淡い匂いはいろんな物が入り混じった自然の香りだったが、やっぱりというべきか。桃の成分が強めだった。
「グラッドさん。あそこがおじいちゃんの隠れ家です」
「いよいよご対面か」
岬の近くに山に溶け込むかのような小屋がひとつ。ファーファは隠れ家と言っていたが、これは確かに場所を知らなければ見つけにくい。
「おじいちゃーん! センニン様に御用の方がきましたよー!」
ファーファが声をあげながら小屋の中へ入っていくと、「あれ~? おじいちゃーん?」などと探している風な声がこちらまで聞こえてきた。
「まさか留守か?」
それはちょっと困った。探しに行くか、待たせてもらうか考えねばならない。
とはいえ、探しに行くとしても行先のアテは無い(ファーファなら知ってるかもしれないが)。
待たせてもらう場合、いつ帰ってくるかによっては待つこと自体が不可能な時も……。
さてさてどうしたものか。
――センニンが昼寝しているだけだと最高にツイてるな。
そんな緩い思考に行きついた、その時。
ガサガサッ! と近くの茂みから大きな音がした。
「……動物か?」
茂みへ視線を向けるが何もなさそうだ。
だがオレの身体が、直感的に危険を感じとって、素早く槍を構えさせた。
前ではなく、後頭部を守るように。
横にした槍を頭上に持ち上げると同時に、パッコオーン! という殴打音。手にビリビリと衝撃が伝わった。
「フォ?」
勘違いでなければ、襲撃者の声からは「あれ、失敗した?」的なニュアンスが感じられた。これは完全にやる気か? だとすれば黙ってやられるわけにもいかない。
振り返ると、小さなじいさんが殴った反動で後方に跳んでいた。クルクル回って大変身軽だ。
「フォフォフォ、完全に当てたと思ったんじゃがのぅ」
「いきなり攻撃してくるなんて、血気盛んすぎやしないか。まさか、ファーファの親父さんが放った刺客ってわけじゃないよな?」
もしそうなら、オレは親父さんから大変な怒りを買っているわけで。娘をかどわかした男という誤解が解けていない事になる。
「なぁに、ワシは人見知りでな。初めて見た相手が怖くて思わず手を出してしまったんじゃ」
「それはまた、最高に厄介な人見知りだ……」
いるわけないだろ、そんな人見知り! と叫びたい。
「おじいちゃん!? 何してるのよまったく!」
血相を変えたファーファが騒ぎを聞きつけて駆けつける。
「おおっ、可愛い孫娘よ。ちょっとそこで待っておれい、今不埒者を成敗するからのぅ」
「成敗されるのはおじいちゃんよ! ほら、私も謝るから早くグラッドさんに謝って! せっかくおじいちゃんに会いに来てくれた人になんてことをッ」
「な、なんじゃと!? まさかファーファ、この男はお前の……コレか?」
小指を立てるじいさん。
あれって確か、恋人だかを表わすジェスチャーだったか。
「いや、ちがっ――」
「そうだって言ったら、素直に謝る?」
おいコラ村娘。
「無論、孫娘の貞操を守るために全力でボコボコに処す」
ある意味、この娘にしてこのじいさん有りか。
「あー……オレが気に入らないのはわかったから、少し話を聞いてもらっても?」
いつまでも二人の面白やり取りが終わるのを待っていられないので、早々に流れを切った。
オレを襲撃したじいさんを改めて確認する。
身体は小柄で、ボリュームがある白い髭が顎下に伸びている。あまりそのゆったりひらひらした服も白く、肌色以外はみんな白い。手に持っている杖も相まって、オレが聞いた噂どおりの姿ではあった。
「あんたが不老長寿のセンニンか?」
「ふぉふぉふぉ、そう呼ばれるのも久しぶりじゃ」
「偉そうにしてないで、おじいちゃんは先にグラッドさんに謝りなさいってば」
「娘はやらん。帰れ小僧」
最初から勘違いされており、印象は非常に悪そうだ。
これは一苦労するぞ……。
オレは二人にバレない程度に、小さくため息を吐いた。