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糟糠之妻(そうこうのつま)1話


夫が臥せっていると聞き、見舞いに出かけたは母──、張春華ちょうしゅんかが、罵声を浴びせられたと、侍女に聞き、母は、大丈夫であろかと、息子達は集まっている。


自室に閉じ籠り、出て来ない母に、ただ事ではないと感じた司馬師しばし司馬昭しばしょう司馬榦しばかん、三兄弟は、同行した侍女から詳細を聞き取っていた。


「……なんと、父上が、その様なことを」


長男の司馬師は、耳を疑った。


「はい、余りのお言葉。奥様が、なぜ、あそこまで言われないといけないのか、側にいた私まで、無性に腹が立ちました」


侍女は、悔しいと、目に涙を浮かべながら訴える。


「……あー、うん、良く分かった。それは、難儀な事だったなあ、お前は、もうさがって良い」


開いた口がふさがらない兄に代わり、次男の司馬昭が、侍女を下がらせる。


これ以上、話を聞いても同じ事の繰り返し、そして、侍女の愚痴を聞く羽目になるのが目に見えていた。


「一の兄上に、二の兄上、どうゆうことなのでしょうか?」


三男の司馬榦が、下がる侍女を見送りながら言葉につまる。


「はあー、父上も、単に、男だったと、ゆうことか」


師は、残念そうに息をつく。


「つまり、父上は、柏夫人に、骨抜きにされていると」


あーあー、と、昭が、兄に続いた。


「もう!待ってください!私にも分かるよう、話してくださいよ!」


肩を落とす兄達に、榦は焦れた。


「ん?わからぬのか?お前」


「え?一の兄上?」


師と昭は、顔を見合わせ、榦には、まだ早かったか?いや?そんなことは、なかろうと、何やら、ぶつぶつ言い合っている。


「あー!ですからぁ!」


まあっ、騒がしいと、三兄弟を勇める声がした。


慌てて、声の主を確かめると、案の定、三人の母であり、魏の名将、司馬仲達しばちゅうたつの正妻、張夫人が、息子達の有り様に眉をしかめている。


「聞きましたよ、侍女を三人がかりで、尋問したとか?」


「えー!母上!我らは、尋問などしておりませんよっ!」


榦が、叫んだ。


張夫人が四十過ぎてから授かった子供であるからか、末っ子、であるからか、三男の榦は夫人のお気に入りで、そして、また、榦も、いわゆる、母親っ子だった。


その為、長兄達が、なかなか口に出せないことも、榦に頼んで母へ助言するという図式が、子供達の間では成り立っていた。


もっとも、それも、母には、見通されていたが……。


と、司馬家の本宅は、上手く行っていたのだ。


それを──。


仲達は、何を血迷ったのか、長年連れ添い、苦楽を共にした、糟糠之妻そうこうのつまである、張夫人こと、春華を、蔑ろにし、若い側室、柏夫人の住む別宅へ移ってしまった。


仲達程の身分になれば、側室を持つことは世の習い。側室の元へ通いつめるのも、まあ、致し方ない話と、片付けられる。


しかし、今回は、余りにも度を越している。


具合が悪い、臥せっていると、耳にした春華が、あちらへ、見舞いに出向いたにも関わらず……。


「母上、聞きましたよ?一体、何があったのですか?」


「ご安心を、私達がついております」


「はい!母上、すべて父上が、悪うございます!榦は、母上の見方です!」


息子たち、三人三様の、励ましに、春華は、はいはい、と、まるで他人事の様に返事をした。


「母上、どうか、ご心配なく。父上のことは、病いが起こした、悋気と思い、気に止めず、屋敷でのんびりお過ごしください」


「えー!一の兄上!父上の、暴言をお許しになるのですかっ!」


おいおい、と、二男の昭が、榦を諭す。せっかく、兄が、うやむやに、いや、どうにか、母の機嫌を取ろうとしているのに──。


「しかしですね!榦は、納得できませぬ!母上のことを、それを、見舞いに足を運んだにも関わらず、ババァ、今頃、何しに来た、とは、何事ですか!自分だって、ジジイの癖にっ!」


こ、これ!と、兄二人は、弟を黙らせようとする。母が、部屋から出て来たということは、自分なりに気持ちの整理がついた、気が収まったということ。それを、また、蒸し返すような事を言って。


そして、榦も、なかなか黙らないときた。


ついに、兄達に、羽交い締めにされ、お前はいいから!と、部屋から引きずり出されそうになっている。


その様に、


「まあ、仔犬みたいに、じゃれ合って!」


と、春華は、大笑いした。


「ほんと、そうね、自分だって、ジジイのくせに」


「そうだ!母上、ジジイに、仕返ししましょう!」


お、お前は、まだ、言うか!と、兄二人に押さえ込まれながらも、榦は、上機嫌で、悪戯っ子の顔を見せた。


「……仕返し、ですか」


つと、考え込む母の面持ちも、榦のそれと被っている。


「は、母上!お話しは、我らが、とことんお聞きします。ですから、榦のくだらない話には、乗らないでください!」


慌てる、息子二人へ、春華は頷き、お前達の意見を聞きたいと言った。


「意見、ですか」


師と昭は、顔をみあわせた。


「あっ!つまり、父上の、変貌ぶりは、誰かの、入れ知恵ではないか?と言うことですね!」


榦が、色めき立つ。


「榦よ、お前、まるで、噂好きの侍女だぞ」


「えー!二の兄様!それは、酷い。一の兄様は、どう、お思いですか?」


弟に、いきなり降られ、師は、固まった。


最初は、自分も、側室柏夫人の事が頭によぎったが、だとすれば、付き添っていた侍女が、一番にその名を口にするはずだ。


「榦、母上が、話を聞いて欲しいとおっしゃっているのだ、静かにしないか」


妙な期待を抱いている、弟を押さえ、母上、こちらへと、師は、母を長椅子へ誘った。


きっと、長い話になる。


少しでも、腰に負担がかからず、ゆったりと座れる場所を薦めたのだったが、そうだ!と、榦が、また、はしゃいだ。


「どうせなら、茶にしませんか!甘い菓子も用意いたしましょうよ!」


「あら、なんだか、楽しそうね!」


長椅子に腰を下ろしながら、春華は、喜んだ。


おーい!誰か!と、侍女を呼ぶ榦に、師と昭、兄二人は、呆れている。


これでは、まるきり女が集まる井戸端会議ではないかと──。


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