夫が臥せっていると聞き、見舞いに出かけたは母──、
自室に閉じ籠り、出て来ない母に、ただ事ではないと感じた
「……なんと、父上が、その様なことを」
長男の司馬師は、耳を疑った。
「はい、余りのお言葉。奥様が、なぜ、あそこまで言われないといけないのか、側にいた私まで、無性に腹が立ちました」
侍女は、悔しいと、目に涙を浮かべながら訴える。
「……あー、うん、良く分かった。それは、難儀な事だったなあ、お前は、もうさがって良い」
開いた口がふさがらない兄に代わり、次男の司馬昭が、侍女を下がらせる。
これ以上、話を聞いても同じ事の繰り返し、そして、侍女の愚痴を聞く羽目になるのが目に見えていた。
「一の兄上に、二の兄上、どうゆうことなのでしょうか?」
三男の司馬榦が、下がる侍女を見送りながら言葉につまる。
「はあー、父上も、単に、男だったと、ゆうことか」
師は、残念そうに息をつく。
「つまり、父上は、柏夫人に、骨抜きにされていると」
あーあー、と、昭が、兄に続いた。
「もう!待ってください!私にも分かるよう、話してくださいよ!」
肩を落とす兄達に、榦は焦れた。
「ん?わからぬのか?お前」
「え?一の兄上?」
師と昭は、顔を見合わせ、榦には、まだ早かったか?いや?そんなことは、なかろうと、何やら、ぶつぶつ言い合っている。
「あー!ですからぁ!」
まあっ、騒がしいと、三兄弟を勇める声がした。
慌てて、声の主を確かめると、案の定、三人の母であり、魏の名将、
「聞きましたよ、侍女を三人がかりで、尋問したとか?」
「えー!母上!我らは、尋問などしておりませんよっ!」
榦が、叫んだ。
張夫人が四十過ぎてから授かった子供であるからか、末っ子、であるからか、三男の榦は夫人のお気に入りで、そして、また、榦も、いわゆる、母親っ子だった。
その為、長兄達が、なかなか口に出せないことも、榦に頼んで母へ助言するという図式が、子供達の間では成り立っていた。
もっとも、それも、母には、見通されていたが……。
と、司馬家の本宅は、上手く行っていたのだ。
それを──。
仲達は、何を血迷ったのか、長年連れ添い、苦楽を共にした、
仲達程の身分になれば、側室を持つことは世の習い。側室の元へ通いつめるのも、まあ、致し方ない話と、片付けられる。
しかし、今回は、余りにも度を越している。
具合が悪い、臥せっていると、耳にした春華が、あちらへ、見舞いに出向いたにも関わらず……。
「母上、聞きましたよ?一体、何があったのですか?」
「ご安心を、私達がついております」
「はい!母上、すべて父上が、悪うございます!榦は、母上の見方です!」
息子たち、三人三様の、励ましに、春華は、はいはい、と、まるで他人事の様に返事をした。
「母上、どうか、ご心配なく。父上のことは、病いが起こした、悋気と思い、気に止めず、屋敷でのんびりお過ごしください」
「えー!一の兄上!父上の、暴言をお許しになるのですかっ!」
おいおい、と、二男の昭が、榦を諭す。せっかく、兄が、うやむやに、いや、どうにか、母の機嫌を取ろうとしているのに──。
「しかしですね!榦は、納得できませぬ!母上のことを、それを、見舞いに足を運んだにも関わらず、ババァ、今頃、何しに来た、とは、何事ですか!自分だって、ジジイの癖にっ!」
こ、これ!と、兄二人は、弟を黙らせようとする。母が、部屋から出て来たということは、自分なりに気持ちの整理がついた、気が収まったということ。それを、また、蒸し返すような事を言って。
そして、榦も、なかなか黙らないときた。
ついに、兄達に、羽交い締めにされ、お前はいいから!と、部屋から引きずり出されそうになっている。
その様に、
「まあ、仔犬みたいに、じゃれ合って!」
と、春華は、大笑いした。
「ほんと、そうね、自分だって、ジジイのくせに」
「そうだ!母上、ジジイに、仕返ししましょう!」
お、お前は、まだ、言うか!と、兄二人に押さえ込まれながらも、榦は、上機嫌で、悪戯っ子の顔を見せた。
「……仕返し、ですか」
つと、考え込む母の面持ちも、榦のそれと被っている。
「は、母上!お話しは、我らが、とことんお聞きします。ですから、榦のくだらない話には、乗らないでください!」
慌てる、息子二人へ、春華は頷き、お前達の意見を聞きたいと言った。
「意見、ですか」
師と昭は、顔をみあわせた。
「あっ!つまり、父上の、変貌ぶりは、誰かの、入れ知恵ではないか?と言うことですね!」
榦が、色めき立つ。
「榦よ、お前、まるで、噂好きの侍女だぞ」
「えー!二の兄様!それは、酷い。一の兄様は、どう、お思いですか?」
弟に、いきなり降られ、師は、固まった。
最初は、自分も、側室柏夫人の事が頭によぎったが、だとすれば、付き添っていた侍女が、一番にその名を口にするはずだ。
「榦、母上が、話を聞いて欲しいとおっしゃっているのだ、静かにしないか」
妙な期待を抱いている、弟を押さえ、母上、こちらへと、師は、母を長椅子へ誘った。
きっと、長い話になる。
少しでも、腰に負担がかからず、ゆったりと座れる場所を薦めたのだったが、そうだ!と、榦が、また、はしゃいだ。
「どうせなら、茶にしませんか!甘い菓子も用意いたしましょうよ!」
「あら、なんだか、楽しそうね!」
長椅子に腰を下ろしながら、春華は、喜んだ。
おーい!誰か!と、侍女を呼ぶ榦に、師と昭、兄二人は、呆れている。
これでは、まるきり女が集まる井戸端会議ではないかと──。