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内助の脅威18話


趙雲が、孫夫人の列を見つけのは、どのくらい駆けた後のことだったろう。






気がつけば、着いてきていたはずの兵は、後ろにはおらず、彼方で、地響きがしているような、そんな、かすかな気配しか感じられなかった。






皆、昼は千里を駆けるという趙雲の愛馬、白龍の俊足に着いてこれなかったのだ。






「うん、少し、勇み足になってしまったか、白龍よ。仕方ない、私達だけで、あの難所を突破するぞ」






言いながら、趙雲は、孫夫人の列を見据えた。






同じ頃、やはり、警護役の武装侍女達が、趙雲の姿を見つけていた。






馬車の覗き窓越しに、報告を受けた尚香は、やはり、追ってきたかと覚悟する。






目指す河岸までは、あと少しのはず。このまま、振り切るか。






追われていると分かれば、何かしら、呉の加勢があるだろう。どうせ、こちらの思惑は、バレているはず。






尚香の悩みを打ち破るかのように、趙雲の声が届く。






「孫夫人!護衛に参りました!」






趙雲は、ありったけの声を張り上げる。






いくらかでも、あちら側の警戒を解きたかったのだ。






夫人が、乗っているであろう、馬車の周りを囲む侍女達の列が崩れた。






来るか!






趙雲は、覚悟する。






と──。






「お待ちもうしておりましたぞぉー!お見送りいたしますぞぉー!」






野太い声が、先から涼やかな風に乗り流れて来た。






河岸の直前で、まるで進行を邪魔をするかのよう、張飛が兵に列を組ませている。






そして、その背後には、巨大な帆船が、何隻か確認できた。






趙雲は、全速力で孫夫人の列へ駆け寄ると、先導したいと申し出る。






「姫様……」






馬車の中では、重い空気が流れた。






謀ったのは、もう、バレている。






趙雲、張飛と揃い、体の良いことを言っているのが証拠。






「……これまでか」






つと、呟いた女主おんなあるじに、古参の侍女も頷いた。






「姫様……、どうか、最後までお側に。私もこの身をもって……」






口重に言いながら、手には、懐から取り出した、短剣を握りしめていた。






「待て、早まるな。しくじりは、許されない。しかし、それは、呉の掟ぞ。今は、まだ、蜀の地におる……相手の出方を見極める。それからでも……遅くはないだろう?」






尚香の言葉に、侍女は涙を流す。






「尚香様!馬車を止めてください!張飛まで、おりますよ!!」






めったに会えない張飛が居ると、阿斗は、大喜びだった。






「……ば、馬車を止めよ!」






阿斗が、こちらにいる以上、武将達も無体なことは、行うまい。






つい、保身に走った尚香は、自らを恥じた。






そもそも、阿斗を、幼子を、巻き添えにしてはならなかったのだ。






そんな、苦悩に襲われる馬車の中へ、一光が差し込めた。






いつの間にか扉が開き、趙雲が、阿斗をしっかりと抱きあげていた。






「おお、阿斗様も、孫夫人のお見送りを?一声かけておかれませんと、お姿が見当たらないと、侍女が心配しておりましたぞ」






「ありゃー、阿斗や、黙って、出てきたかー、そりゃー、ちいと、まずいのぉ。いくら、母じゃと、別れるのが寂しいからと言っても、こっそりは、まずい、まずい」






趙雲と張飛に正され、あっ、皆に、言ってなかった、と、阿斗は、息を飲む。






「かまいませぬよ、趙雲が、知っております」






「いやいや、この張飛も、知っておるぞ!母じゃ、恋しさに、着いてきた、とな」






ハハハハ、と、張飛は、笑った。






「あー!阿斗は、寂しゅうはありません!!あっ、でも、尚香様が、いなくなったら……」






「なあーに、ご用がお済みになられれば、また、戻ってこられる、なあ、孫夫人?」






張飛の言葉に、尚香は、小さく頷き、趙雲に抱かれている阿斗を見る。






「……暫く戻ってこられないが、阿斗や、鍛練を怠るでないぞ」






苦し紛れに言った言葉を、阿斗は真顔で、受け止めていた。






「我らが主君、劉備様のご正室、孫夫人のお宿下がりぞ!皆の者、礼を持って、お見送りをいたせっ!」






張飛のひと声で、兵達は、手を重ねる拱手をして、深く頭を下げると、孫夫人への礼を表した。






尚香は、馬車から降りると、趙雲へ、






「いずれ、許されるであろうか?」






と、問うていた。






「夫人は、宿下がりに向かわれるだけではござりませぬか……」






うん、と、頷き、尚香は、長江を見る。






沖には、呉の船が待っている。






こちらの様子に応じるかのよう、尚香達を迎える小舟が、下ろされ、静かに向かって来ていた。






「お陰で、何事もなく、戻れそうじゃ、世話になった」






言って、尚香は、振り替える事なく迎えの小舟に向かって歩んだ。






悔しさか、寂しさか、何かわからない感情に押され涙いているのを、誰にも見られたくなかった。






そして、劉備と共に、この長江を渡って来たのだと、思い出していた。








内情の脅威(了)



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