砂ぼこりをあげながら、趙雲は、愛馬、白龍にまたがり、張飛の陣営へ駆け込んだ。
その勢いに、行き交う兵達は、飛び逃げながら、身を交わして行く──。
そして、白龍は張飛の天幕前で止まった。
「
突然現れ、平伏している趙雲へ、張飛は、やや、呆れながら、言った。
「無礼を承知で、参りました。火急の用件で……」
「言われなくとも、分かるわ。主を、見たらのぉ」
張飛は、槍を取ると、趙雲の話しも聞かず、表へ出る。
「して、どこを押さえる?」
馬にまたがりながら、張飛は、いかほど兵が必要かと、趙雲へ問うてきた。
「それが、長江を封鎖せよと。孫夫人が、阿斗様を連れ去りました」
瞬間、眉を潜めた張飛は、
「呉のおなごは、やってくれるのぉ。孔明の策じゃな?」
と、何やら腹の座った言葉を返し、陣営へ激を飛ばした。
こうして、張飛と共に趙雲は、更に、南下して、呉との国境を押さえに向かった。
「のお、趙雲、長江封鎖は、分かった。が、これより兵を二方へ分けるぞ。目的は、阿斗様を連れた孫夫人。
「成る程、下手に、呉を刺激しないと……」
「ん?そうなるのかのぉ?我は、ただ、阿斗様を奪還すれば良かろう、そう、思ったのだが?」
「はあ、しかし、孔明様には、阿斗様の事は、忘れろと、長江封鎖をと、命じられました」
「まあ、それは、物の例えみたいなものよ。考えて見ろ。何が、最も大切なのか」
「それは、張飛様、阿斗様では!」
「ほれ、やはり、そうきたか。主らしいわ。確かに、阿斗様も、大切じゃがな、肝心なのは互いの面子」
馬で駆けながら、張飛と、かいつまんだ話しをしているからなのか、趙雲は混乱してきた。
「まっ、趙雲、主は、陸路を押さえろ。見送りに間に合ったとでも言っておけ。我は、長江封鎖へ動く。おなごらは、駄々をこねるじゃろう。そのまま、我の元へ連れてこい。我も、ついでに、孫夫人を見送るぞ」
なるほど、と、趙雲は思う。
要するに、下手に食ってかかるなと、相手は呉の船に乗りたい、ならば、乗せれば良いだけの話。そして、阿斗を上手く船に乗せなければ、要らぬ争い事にはならない。
帰るという者を迎えに来た船に乗せ、こちらは、見送る、ただ、それだけの話、なのだ。
「まあ、いささか、呉側も、度が過ぎる所はあるがのぉ、趙雲よ、焦りは、禁物ぞ」
その一言を残して、張飛は、兵と共に駆けて行った。
呉の船は、国境まで。いくら、正当な理由があろうと、蜀の領土へは入れてはならぬと、声高に指示を出しながら……。
趙雲は、格の違いを感じていた。
孔明といい、張飛といい、場数を踏んできた者の底力とでも言うべきものを、目の当たりにしたような気がした。
「では、我らはこれより、孫夫人のお出迎えへ向かう。無事に迎えの船にお乗り頂けるよう、警護いたす!」
張飛に与えられた兵にむかって、趙雲は叫んだ。