「うーん、そこそこ。はあーー!」
「ここですか?おや、まあ、確かに、随分と凝ってますね」
「今日は、色々ありましたから。それに、
「おや、黄夫人!それは、いけませんねぇー、そもそも、気は、体を動かす源ですから。その通り道、経絡は、全部で20本。そのうち12本は、正経十二経脈と呼ばれておりまして、残りの8本は、奇経八脈と呼ばれていましてね……」
「何でもいいですから、黙って、按摩できないのですか?あーもー、なんだか、頭が、痛くなるわ」
「あれ!いけない。頭痛に効くツボは、ですねぇ……」
「旦那様が、黙ってくだされば、収まります!」
「黄夫人、そう、つれなくしなくても……」
「たかだか、按摩に、それだけ語りを入れる方がおかしいのですよ!」
「はあ、そうなのですか……」
孔明は、意気消沈しながらも、寝台に横たわる妻の体を、揉みほぐし続けていた。
「で、お聞きにならないの?」
「何をですか?」
「素直じゃないんだから、さっきから、聞きたくて、ウズウズしているくせに」
「な、何を、私は、ウズウズなどしておりませんよっ!」
「では、鳩の話など、お聞きになりたくないと?」
「鳩?」
首をかしげる孔明に、黄夫人は、事のあらましを話した。
「ああ!なんたることや!そのような繋ぎを……。北に曹操、南に孫権、更に内にあっては孫夫人の脅威……ですか」
内助の功は、いったいどこへやら、と、孔明は、顔をしかめきっている。
「旦那様、手が、止まっておりますよ!」
「あっ、はい!失礼しました」
「はあ、もう、あのじゃじゃ馬は、よしとしても、お付きが、なかなか曲者ですわねぇ」
「そうでしょう?あの、城壁はなかなか崩れませんぞ」
「なるほど、やはり、本陣、孫夫人を攻めるのが、速いですわね」
ちょっと、あなた、また、何を企んでいるのですかっ!と、孔明は、己の妻に、
「それで、結局、あちらは……」
「わかりませぬが、我らの主を城壁に囲ませ、本陣大将が若君を……」
「手なずける……だけで、終わると思いますか?黄夫人」
だから、放ちましょうと、そういうことだったのでは?と、目を細め、黄夫人は、うとうとし始めた。
「あれ、随分と、お疲れで。構いませんよ。おやすみください」
「……ええ、旦那様の、按摩が心地よくて、つい。あー、安眠のツボとやらの、うんちくは、いりませんから、そのまま続けてくださいな」
全く、人使いが荒いのだからと、言いながら、孔明は、妻の身体を揉みほぐし続けた。
「ご苦労様でした。黄夫人のお陰で、色々わかりました」
すうすう、寝息を立てている、妻に、そっと、呟き、孔明は、呉の真意を計ってみるが、どう考えても、答えは出ない。
狙いは、劉備なのか、その嫡男、阿斗なのか。
阿斗を貶め、孫夫人との間に、子供を作らせる──、それが、手っ取り早い話ではある。しかし。
「あの、じゃじゃ馬が、劉備様に、なびくはずもないだろうし……。さても、困った刺客を送り込んでくれたものだ」
妻の寝顔を、眺めつつ、孔明は一人ごちた。