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内助の脅威8話

劉備は、正妻である孫夫人と、その部屋で向き合って座っていた。




「いや、部屋の設えは、こちらで選んだものですから、どうぞ、お好きにして頂いてよろしいのですよ。お国で使われていたものを運ばれても構いません」




劉備は、新妻へおべっかを使うが、取り囲む様に控える武装侍女達の姿に押されていた。




さすがに、部屋の中で、槍を持たれていては気分も落ち着かない。




「いえ、これで結構……」




孫夫人こと、孫朗は、口ごもり、こちらも落ち着かない様子を見せていた。




劉備には、呉の姫、そして、親子程の歳の差という気まずさがあり、孫朗には、蜀に嫁いだ、そして、兄、孫権の言い付けを実行しなければならない、というかせがある。




政略結婚の始まりへ、どう、踏み込んで行くか。面会を重ねて行くしかないのだろうと、場には諦めのような沈黙が流れている。




それではと、劉備は、後ろに控える趙雲へ退室の合図を送りつつ、孫朗含め、皆へ笑顔を向けて席を立とうとした。




その時。




「尚香と、お呼びください!」




孫朗が叫ぶ。




胸のつかえを吐き出すかのように、そして、なぜか、劉備を睨み付け、黙していた新妻は、いきなり声をあげたのだ。




「しょうこう……様ですか」




余りの勢いに、席から立ち上がりかけたままの姿勢で、劉備は答えた。




「く、国では、そう、呼ばれておりました。特に、母が、気に入って!」




理由の様なものを、訴えかけてくるが、また、それも、非常に勢いがあり、劉備は、中腰のまま妻の変貌具合に仰天するのだった。




「ならば、劉備様、そうお呼びになられれば?このように、うら若き姫君を、孫夫人、と、お呼びするのは味気ないものですよ? 」



固まりきる劉備を、ほぐすかのように女人の声が割って入ってくる。




「まあ、尚香様だなんて、可愛らしいお名前。でも、私どもは、やはり、孫夫人とお呼びすべきですわよねぇ」




控えていた趙雲が、いきなり入ってこられますかと、言いたげに顔をしかめた。




せっかく、気まずい部屋から、退出できる機会を乱入してきた女──、黄夫人に邪魔立てされたのだから。




しかも、孫朗の顔つきは、非常に険くなっており、黄夫人を何者だとばかりに睨み付けている。




「あらまあまあ、お邪魔いたしまして、ですがね、若君が劉備様がお帰りと聞いて、是非にと言われましては……」




このところ、周辺の州へ、視察ごとで、小競り合いを押さえに劉備達は出向いていた。




そして、脅威となりえそうな土地には、お目付け役として、信頼できる古株の武将、関羽と張飛を各々置いてきた。




劉備は、久方ぶりの帰還だったのだ。




「ですよね、若君?」




黄夫人は、いつの間にか連れて来た、嫡男、阿斗を、父である劉備の前へ押し出した。




「おや?阿斗や?それは?」




「はい、父上、庭で捕らえた鳩でございます」




幼子は、逃げられてはならぬと、両手でしっかり、掴まえている。




「うん、そうか。しかし、人慣れしているなぁ。何処かで飼われていたのかもしれない」




「あらー、若君は、すっかり気に入って、お部屋で飼いたいと、さっきまで、ただをこね……」




ははは、と、笑いながら、劉備は、我が子へ歩み寄ると、




「飼うと良い、しっかり、世話はできるか?」




と、阿斗の頭を撫でた。




「では、逃げないように、趙雲様へ、お渡しなされませ」




お願いできますか、と、黄夫人に促され、鳩を受け取った趙雲だったが、周囲の侍女達の視線がやけに刺さる。




そして、顔つきが、一斉に変わった事に、趙雲は違和感を覚えた。




「では、若君参りましょうか……ああ!そうでした!」




なんと言う失態。劉備様申し訳ございませんことで、と、どこか、芝居がかった黄夫人の態度に、趙雲へ向けられていた視線が、一斉に移った。




その筆頭と言えるのが、孫朗で、苦虫を噛み潰すかのような、なんとも恨めしげな顔をしている。




「ああ、私ったら!そうそう、若様を!」




「おお、そうだ!」




劉備も、うっかりしていたと、孫朗に詫びつつ、嫡男、阿斗を紹介した。




「さっ、御正室の孫夫人ですよ、若様?」




はにかむ、阿斗へ、あいさつするように黄夫人は言うが、先に孫朗が動く。




「あいわかった。阿斗殿、よろしく頼む。して、その、おなご、そちは何者じゃ」




怪訝に、しかし、挑発的な声色で、孫朗は、黄夫人へ問いただした。




「あ、私ですか?ただの、通りすがりの侍女ですわ。少し、古株ですけど。たまたま、若様をお連れして差し上げただけ、孫夫人には、ご機嫌麗しゅう。いえ、尚香様でしたかしら?」




「どちらでも、良いっ!」




言って、孫朗は、くっと、息を吐く。




「あら、恐ろしや。劉備様の御前ですのに!」




いや、恐ろしいのは、二人共だと、劉備、趙雲は、顔を見合わせ、退出するぞと、合図し合う。




「そうだ、趙雲!鳩を!」




「ああ、そうでした!若君、後で、鳥かごに入れて、お部屋までお持ちいたします」




男二人は、逃げ口上を見つけ出し、そそくさと、戸口へ向かった。その後を追うように、さあさあ、若様、と、黄夫人が、したり顔で続く──。




賑やかに去る一同を、孫朗含め侍女達は、黙って見送るしかなかった。

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