「なるほどね。あくまでも、お飾りに徹するということね」
「いつのまにか、お二人で、お決めになっていたようで、その、お子は持たないと……」
趙雲の言葉に、黄夫人は、うーんと、考え込んだ。
そもそもの始まりは、隣接する国、呉の孫権が妹姫との婚姻関係を望んだ事だった。
しかし、互いに使節を遣わすのではなく、孫権は劉備へ足を運ぶよう求めて来た。
明らかなる罠、と、読んだ孔明は、趙雲に、あらゆる難の回避方を託すと、劉備の護衛として同行させた。
ここで、下手に引き延ばしたり、拒否の態度を見せれば、何の言いがかりをつけられるか分からない。
もし、孔明が同行すれば、留守の間に、北方の魏が攻めこんで来るかも知れない。または、それが、目的なのかとも思い、孔明はあえて留まった。
孫権は、あくまで、劉備の首狙い、だったようで、かなりの罠を仕掛けられたが、趙雲が上手く立ち回り、孫権は妹姫を差し出すしか手がなくなった。
こうして、劉備は孫権の妹を連れ帰った。ここで、後日、姫君をお迎えに、となると、帰路の途中に狙われる。さすがに、孫権の妹が一緒ならば、手の者も、動きがとれず。そこまで孔明は趙雲に託していたのだ。
が、連れ帰った姫君は、ただのお転婆なのか、敵意丸出しなのか、という状態で、正直、皆、手を焼いている──。
「そうねー、二人で、って、ことは、お二人で、話したってことですよね?旦那様?」
「はい、はい、聞いておりますよ、黄夫人」
物憂げな顔をしつつ、卓に突っ伏した孔明は、妻へ返事をした。
「あらあら、すねちゃって、そんなに、髭って、大事なの?趙雲様?」
「私が、犬などと言ってしまったのが、不味かったのかと……」
「いや、趙雲、確かに、お前の言う通り。まるで、子犬みたいになっている」
「旦那様?かわいいじゃないですか。子犬って!」
「ええ、そうですねぇ、本当に、子犬は、かわいいです、ええ、まったくもって……って!!」
それですっ!!と、叫び、孔明は、飛び起きた。
「子供!嫡男!」
「ええ、そうですねぇ、おかしいですよねぇ」
「そうでしょ!黄夫人!」
「趙雲!嫡男です!嫡男!孫権の狙いは、劉備様から、ご嫡男の阿斗様へ変わった!」
「だ、そうですよ、趙雲様?」
いや、それは、どうゆうことなのか。孔明夫婦は言い切っているが、趙雲には、いまひとつ掴めない話だった。
つまり──。と、孔明は語り始める。
姫を送りこみ、縁組させる。そうして、縁戚関係となり強たる同盟ができる。これは、どこでも行っている話で、見返りの領土分割など、揉め事もなく確実に国を守れるすべといえた。
さて、送り込まれた姫には、概ね
相手側の内情を国元へ報告する。そして、嫡男を産み、その子を次の
内側から、崩してしまうという手の駒になれと送り込まれる訳だ。
もちろん、これも、皆、やっていることで、言われた事に忠実な姫と、嫁ぎ先に義を通す姫と、二派に別れる。前者の場合は、当然夫婦仲は悪くなり、乗じて、内紛も起こりやすい。そして、後者の場合は、夫婦として仲睦まじくなり、国土も安定するが、国元の目論みは消えてしまう。とはいえ、その、義の、お陰で、少なくとも同盟関係は安定する。
「で、当方の姫君は、子は持たないと。嫡男は既にいる。よって、劉備様も、異存はない。ですがね、男と女として、見てみれば、奇妙な話ではありませんか?趙雲」
「奇妙……ですか。確かに、普通は、子供を望むものです」
「でしょ?既に、嫡男がいる、となると、自身の立場は?何がなんでも、子供を作り、自らの子を立たせたがるものでしょう?」
「でも、旦那様?劉備様とは、親子ほど、歳の差があるのでしょ?ならば、姫君は、まだまだ子供と言っていい年頃じゃないですか?夫婦のあれこれが、恐ろしいと感じるものですよ?」
あー、なるほど!と、孔明、趙雲共に、口を挟んできた黄夫人の言葉に感心するが、すかさず孔明は、
「うん、そうなれば、少し恥じらってみたりして、今はまだ、もう少しお待ちください。などと、可愛らし事を言うのではないのでしょうか?子は持たないと言い切りますか?そして、武装侍女など、はべらせますか?」
理屈が合わぬと、孔明は首をひねった。
「孔明様、あの、侍女達は、なんですか?」
「趙雲、それは、私も知りたいところ」
言いながら、孔明は、恨めしげに顎髭を撫でる。
「でしたら、放ってごらんになれば?」
いや、それは!そんな、無茶な!
孔明と趙雲が、声をあげた。
劉備の嫡男、阿斗を、嫁いで来た孫権の妹姫、孫朗へ近づけてみればわかるだろうと、黄夫人は言ったのだ。