「惚れてしもうたのじゃーーー!!ワシは、ワシは、どうすればよいのじゃーーー!!!」
泣きすがる張飛に、関羽の顔は曇りきる。
「……張飛、いつものことと、割りきれぬのか?お前、おなごに振られるなど、慣れておるだろう?」
諭す関羽の言葉が刺激したのか、うわあーー!と、張飛は更に声をあげて泣いた。
「張飛!いい加減にせぬかっ!!」
「じゃがな、ワシは!!!」
「……お前も、相手が悪いと、分かっておるのだろう?」
すがり付いて泣きじゃくる、弟分の背を関羽はそっと撫で、荒ぶれる気持ちを押さえようと試みる。
しかし、腕のなかにいる張飛は、だだっ子のように、関羽の言葉など受け付けない。
「……分かっておるのじゃ、分かって……じゃが、兄じゃ、どうにもこの気持ちは押さえられん。ワシは、どうすれば良いのじゃろうか」
ぐずぐずと、鼻をすすりながら、張飛は関羽を見る。
その瞳は、涙で潤んではいるが、
「張飛よ、お前も、厄介な話に巻き込まれてしまったなぁ」
関羽には、それ以上言葉がなかった。忘れろ、と、しか言えないのは、お互い分かっている。それでも、張飛は関羽にすがっているのだ。
何か、良い案は無いものかと、関羽が張飛の熱意につい押されたところへ、再び、野獣の雄叫びがあがった。
「そうじゃ!!!まき、じゃ!!!」
言って、張飛は、再び馬に飛び乗ると、勢い良く駆け出した。
「お、おい!張飛よ!!何処へ行く!私は、巻き込まれてしまったと、言っただけであろう!おい!張飛!帰ってこいっ!!」
あいつの考えは、さっぱりわからぬ。騒ぎを起こさなければ良いのだがと、困り切る関羽へ、穏やかな声がかかる。
「あいかわらず、騒がしい奴だなあ」
「あっ、劉備様!」
くくくっと、含み笑いしながら、劉備が、張飛の馬を見送っている。
「おい、関羽。今度は、あやつ、本気のようだぞ。私達も覚悟が必要のようだ」
「……覚悟、ですか」
うん、と、劉備が答えた。きっと、あいつは、自分の気持ちを通すことだろうと。
「ですが!」
「ああ、聞こえたよ、あの雷声だからね。相手は夏侯淵の屋敷の者か……。いくら、下働きの女でも、かの屋敷の者となると……、私達も、それなりの覚悟が必要だろう。そもそも、男女の仲。上手く行くとは限らまい」
「と、仰有られますと?」
「関羽、相手は張飛だよ。並の女では 相手にできまいて」
「つまり、張飛は、相手にされぬと……」
一瞬の間の後、劉備、関羽は、吹き出した。
「なるほど!劉備様、振られた腹いせの相手を、我らが受けると……、確かに、これは、並大抵の覚悟では勤まりませんなぁ」
「そうだろう?関羽、お前も大変だと思うが、可愛い弟分のためと思い辛抱してくれ」
「かしこまりました」
二人は、顔を見あわせ、くすくす笑い合った。
「しかし、張飛のやつ、どこで、夏侯淵の屋敷の者と知り合ったのだろう」
劉備も、やや顔を曇らせ、首を捻った。