「よし、これぐらいで良いか?」
張飛は、薪で一杯になった背負い籠を、女に見せた。
「あ、あの……」
「足りんのかっ?」
馬上から、女は首を振る。
ならばと、張飛は言うと籠を背負い手綱を取った。
空は案の定、茜色に染まっている。急がなければ直ぐ、暗闇が追って来るだろう。
「そうじゃ、どこの屋敷まで送ればよいかのぉ?」
「や、屋敷に!」
ひっと、息を飲む女の様子に、張飛は慌てて言い訳がましく語った。
「いやいや、屋敷に押し込むとか、屋敷で、馳走になるとか、その様なことは、考えておらぬから安心しろ。この荷物と、主も、どこぞ、体を打ち付け不自由になっておるじゃろう、そう思って送るだけのことでの、何も下心やら、礼をよこせやら、その様な女々しいことは、ワシは考えておらぬので、だからのぉ、安心しておれ」
と、その勢いは止まりそうにない。
「……何か、その様なことがあれば、直ぐに、屋敷の男衆が出てくることでしょう。ただ……」
真顔で、しかも、凛とした態度の女に、張飛はやや押されぎみになる。
ただ、何なのだろう。
男衆が、出てくると言ったが、薪を運んで……まさか、こちらが被害に遭うとは考えにくい。
女は、何を言いたいのだろう。
張飛に一抹の不安がよぎった所へ、
「屋敷までは、困ります。男連れで帰れば、屋敷の者に何を言われるか……」
心許なげに、女は言った。
「あーー!!すまぬ!そうじゃ!しかも、ワシだ。虎髭、赤ら顔にぐりぐりの目玉を持った男が一緒ではなあ!!」
「おまけに、酒臭い……」
「あっ、それは、の……」
張飛の赤ら顔が更に赤くなった。
ふふっと、小さな笑い声が聞こえ、では、と、女は続けた。
「歩む道を伝えましょう。そこを、右側、そこを、左に、と……」
「おー!なるほど!よし!急ごう!日が暮れてしまっては、皆が心配するからのぉ」
張飛は、女の言う通り道を進んだ。
しかし、雑木林を抜けてから、張飛は、女の言った意味を知ることになる。
「もう、この辺りで……」
何軒かの屋敷を過ぎた辺りで、女は言うと馬から降りようとした。
「……ここ、は……」
この先に、唯一、お屋敷と呼べる
「主は……」
驚きから口ごもる張飛に、いつの間にか馬から降りた女は、一礼すると、その屋敷へ向かって行った。
「あ、あ、主!ま、薪は!」
慌てる張飛に、女は振り向くと、
「そこに置いておいてくださいませ。屋敷の者に取りに来させます」
とても下働きとは思えない落ち着きと共に張飛へ答えた。
そして、
「……この、お礼は……」
と、口ごもる。
「い、いや、いらん!いらんわっ!!」
吐き捨てるように言って、張飛は馬の胴を蹴った。
馬は、小さく嘶くと一気に駆け出す。
「……そうか、あのおなごは……」
はっ、と、声をかけ、張飛は更に馬を飛ばした。
「あーーー!ワシはどうしたらいいのじゃ!!関羽の兄じゃーーー!助けてくれーーー!!」
雷のような、大きなダミ声をあげながら、張飛は己の住み処へ馬を走らせた。