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第16話 定め

 その日はいつもより冷たい雨が降っていた。

 震える体を強張らせ、目の前の視界も僅かにぼやけている。

 思考の判断も鈍り、ここが何処なのか一切分からずにいた。

 いや、宛も無く適当に歩き彷徨っていた自分のせいだろう。 


 疲れた俺は一人、路地裏の隅に腰掛け体を休めていた。視界が僅かに鮮明になり、今いる自分の場所を確認する。

 今のご時世では珍しい、トタン屋根の家屋が後ろにあった。

 錆や劣化も酷く雨宿りがどうにか出来るくらいのボロい家だった。


 横から眩しい光が入り込んでくる。

 この近くは繁華街なのだろうが、金もない今の俺にはコンビニのおにぎりすら高級品と大差ない。


 今の俺には何処にも行く宛が無い。

 今年で10歳を迎えたが、親は俺を売り飛ばし何処かへ消えた。そして、俺を迎えに来たのは黒服の大人達。

 奴等の包囲を死にものぐるいで逃げ続け既に今日で3日を迎えていた。


 この身一つで逃げていた俺に、金などあるはずもない。一日でも生きる為に、まだ可食部位の残る残飯を口にいれ嘔吐や下痢を先程まで繰り返していたくらいだ。

 体力を限界までもっていかれ、同時にこの寒々しい場所で体温も奪われる。


 始めは誰かの救いを求めようとした。

 だが俺のようなみすぼらしい子供の言葉を大人は何一つ信じない。警察に突き出されたとしても、再び黒服の者達に回収されるオチが既に分かりきっていた。


 ここでは誰かを信じたところですぐに裏切られる。

 自分自身で自分の身を守れなければ意味がない。

 ソレが友人だと思っていた相手、自身と親しかった親戚や実の家族であろうとも……。



 「君、こんなところで何してるの?

 そんなところで寝ても死ねないのに……」


 こちらに僅かって掛かっていた雨を、声の主がもっていた傘に遮られた。

 声と体格から恐らく自分と同年代の女。

 しかし、その声は酷く冷めており悪寒が背筋に過ぎった。


 「お前、誰だよ?」 


 顔を上げ女の方を睨むように見上げる。

 顔立ちの整ったこの辺りには似つかわしくない小綺麗な少女。長い黒の長髪で清楚な印象を受けるように思えたが、彼女から放つ威圧感は氷のように刺さってくる。


 「私は日宮奈美ひのみやなみ

 君の事を探していた。

 では、行きましょうか春馬はるま君?」


 明らかに愛想笑いを浮かべ彼女はそう告げた。

 つまり彼女は俺と同年代ながらも黒服の奴等と同じ裏の人間なのだろう。僅かでも逃げる為に近くに物がないか視線をあちこちに向けるが手頃な小石の一つも無かっい。

 俺は仕方なく彼女に質問を返した。


 「俺を売る為かよ?」


 「依頼主はそうらしいわね。

 なんでも、依頼主の知人の子供が重い病らしい。

 現在はドナーの順番待ちだそうよ。

 そこで今回、君の両親の借金返済のカタとして君の臓器を幾つか貰いたいんだよ。

 以前行った血液検査の結果、君の体はその子供との相性は良かったそうだからね。

 だから大人しくこちらへ来てほしい。

 無駄に傷つけるのは品物の価値が下がりかねないし、君も痛いのは嫌だろう?」


 「お前等に殺されるくらいなら俺はここで死ぬ!」


 俺がそう言った瞬間。

 目の前の女は俺の右手にナイフを刺した

 突然の事に驚きうめき声を上げると同時に刺された右手を俺は抑え、女を睨んだ。


 「てめぇ……」


 「あなたの意思は関係ない。

 それに、そのくらいではあなたは死なないでしょう?

 さあ、こちらへ来なさい

 いっそ腕の一本をこの場で折っても構わないのよ?

 あなたの臓器が無傷であれば、腕の全部を奪っても私達は構わないんだから」


 「鬼畜女が………!!」


 俺が無理やり彼女を引き剥がそうとするが逆に引き込まれ腹部に衝撃がはしる。胃や腸の中が空な上に、背中を突き飛ばすかのような鈍い衝撃が響いた。


 あまりの激痛に俺は悶えていたが、女は構わずこちらの胸ぐらを掴み壁に叩きつける。


 「こちらをあまり甘く見ない方がいいよ。

 もう少し、口には気を付けたらどう?

 子犬ちゃん」


 俺の意識が闇へと消える中、女の冷めた瞳が色濃く焼き付いていた。


 2097年 7月1日


 私が探し求めていた人物と出会って二日目。

 彼等ともその日を境に連絡を取る事をできずにいた。

 久しぶりの自分の部屋に戻り、私は時間が過ぎるのを待っていると部屋に誰かが入ってくる。


 こちらより僅かに背の高い女性。

 2日前の交戦時にカイラの後ろにいた部下の一人であった。


 「お元気そうで何よりです、ミヤ様。

 私は僅かな期間ではありますがここでのあなたの世話を命じられ参りました。

 ゲイレルル副団長のリオです。

 僅かな期間の間ですが、よろしくお願い致します」


 そう言って目の前の彼女はこちらに頭を下げる。


 「よろしくお願いします、リオさん。

 それで私はこれからどうすれば良いのかしら?」


 「あなたのお祖父様がお呼びです。

 そこに、例の彼も既に居りますので」


 「そう、じゃあ案内をお願い」


 「畏まりました。

 では、こちらへ」


 彼女の案内を受け、私はお祖父様居る部屋へ向かう。

 向かう途中、私幾つか彼女と会話を交わした。


 「どうしてあの場で私達と戦ったの?

 私が向かえばそれで済む問題でしたのに」


 「カイラ様の命令でしたから。

 私には彼の目的は何も知りません。

 私は彼の命令の通りに動くだけですから」


 「その彼、カイラと貴方はどういう関係なの?」


 「そうですね、高校時代の先輩後輩の関係です。

 当時は色々とありまして、その間彼には幾度も世話になりました。

 ですので今は、私はカイラ様の為に時間を使いたいのです」


 「そう……。

 じゃあつまり、貴方は彼の恋人なの?」


 「いえ、違います。

 私にカイラ様と付き合う資格は御座いません。

 そういう関係を望んだ時期は一時期ありましたが、あの方は私を対象として見てくれた試しがありませんでしたので」


 「そうなの?」


 「貴方の以前護衛任務を請け負っていたエルクという人物。彼女は以前、エルク様と交際関係にありましたから、ですが彼女の方から一方的に別れを切り出しそれ以降あの日まで直接会う事はありませんでしたが」


 「本当なの?

 エルクがあなた方の団長と付き合っていたって……」


 「はい、事実を述べたまでです。

 少し、話が過ぎましたね。

 そろそろ着きますので心の準備でもしておいて下さい。どうやら、あなた方は複雑な縁で結ばれているようですので……」


 「一体、どういう意味?」


 私がそう彼女に尋ねると、お祖父様の居る部屋の前に到着する。

 そして彼女は何も答えず、こちらへ一礼すると立ち去ってしまい部屋の前に私一人が残された。


 「訳が分からない」


 思わず私はそう呟いた。

 彼女の言葉が事実なら、エルクは亡くなる事を想定して彼等に協力を仰いだ事になる。

 そしてエルクはこちらを襲撃したカイラという人物と現実世界で知り合っている。

 交際関係にあったのだと、先程彼女は言っていたくらいだ。

 そんなエルクやカイラに対して何らかの複雑な感情は抱いていたに違いない。

 彼女がカイラの命令の元に動くのは間違いないが、少なくともこちらへの敵意はないのだろう。


 私は部屋をノックし、扉の向こうからの声に僅かに萎縮する。

 お父様以上に期間を空けての再会なのだ、久しぶりに聞くその声に緊張感が高まる。


 「失礼します」


 平静を装いゆっくりと部屋へ入ると、そこには既に二人の人物がいた。


 一人は私の実の祖父、白崎相馬しろざきそうまのこの世界での姿ある僅かに白ひげを生やした勇ましさを放つ男性アバター、ソウマ。

 そして私が探し求めいた、カノラリールの実の息子である明峰継悟あかみねけいご、そしてこの世界では白狼として名の知れ渡っていたケイ。


 二人がソファーに座り茶を飲んでいる光景がそこにはあった。


 「久しぶりだな、雅七。

 ここで再び孫娘の顔を見れるとは思わなかったよ」


 「お元気そうで何よりです、お祖父様」


 「まだまだ私は死ねぬよ。

 やるべき事が沢山あるのでな。

 そして、どうやら上手く出会えたようだな例の彼に」


 「そうですね。

 ですがあまり良い気分はしませんでしたよ」


 「ふむふむ、そうかい。

 まぁ突然、従兄妹いとこが現れたとなったら驚くに決まっておるか。

 ワシもここ数年は彼の存在を知らなかったのでな。

 随分苦労を掛けてしまって申し訳ない」


 「俺は今の家族が自分の家族だと思ってる。

 白崎グループと繋がりがあろうがそれは絶対に変わらない。

 どんな理由があろうとも、俺はそちらの両親に見捨てられたんだからな」


 「ケイ、あなたお祖父様に対して失礼よ!」


 私が思わず声を荒げるも、お祖父様は右手を上げこちらを静止させる。


 「君も気持ちもよく分かる。

 私の娘が君を産んですぐに今の養夫婦に預けたのは事実じゃからな。

 当時は仕事が色々と忙しく、君の世話をしている余裕が無かった。御父上も同様、君に手をかける暇は無くこの世界の設計や管理の仕事に追われていた。

 各国や財閥達は彼の力を我が物にしようと様々な手を講じていた程だ、まだ生まれて幼い君が彼等の元に渡っていたらどうなっていただろうな」


 「だとしても、一度も連絡が無いのはおかしいだろう」


 「そうじゃな。

 だが、幼い頃の君の成長記録は、しっかりと君の母には届いていたよ。

 君を育てた養夫婦、明峰家は娘の学生時代からの親友でね。

 二人を通して君の写真が僅かではあるが毎月数枚は送られていたんだよ。2年前、彼女の遺品を整理していた時に幼い君の写真をまとめたアルバムが出てきた。

 君の事をいつも気にかけていたに違いないと私は思うよ」


 「そうですか……」


 「お祖父様、それで私を呼び出した理由は?」


 私がそれを切り出すと、お祖父様は真剣な顔付きで話を切り出した。


 「少しばかり長い昔話になる。

 雅七、そこへ座りなさい」 


 私はそう言われ、仕方なくお祖父様の指したケイの右隣へ腰掛ける。

 彼に近い事に僅かに嫌悪感を抱くが重要な話を聞くのだからこれくらい我慢しよう。


 「まず始めに、このデスゲームを生み出した。

 いや少し違うかな、こちらへと持ち出した彼の話から始めようか。全ての元凶、いや発端となった彼の話をね」



 私が彼と始めて出会ったのは、確か40年程前。

 彼の父親に連れられ幼い少年であった頃になる。

 VRヘッドギアが実用化に至ったのも丁度40年前、その原型を生み出したのは彼の父親であるアルノ・リールであった。


 私と彼は共同研究の末にVRヘッドギアの原型を開発。

 その後、学会でも大きな評価を経てそれから一般的な実用に向けて動かした。

 その当時は今ほど豊かな暮らしは送れなかったが、学会からの評価を経て我々はお互いの子供を海外の大学へ入学が出来るようになった。

 私の息子や娘、そしてアルノの息子であるカノラ君も共に同じアメリカの大学へ入学した。

 その後、彼等の卒業と同時に当時カノラ君が我々の研究を元にして在学中に開発したVRヘッドギアの中枢システム、ラグアルド。

 今現在世の中に出回っている物の原型に当たるOSを開発した事をきっかけに十大財閥からの多大な支援を受けて今のユグドラシル社を設立した。


 設立の翌年、彼の父親は亡くなったよ。

 そして残された彼はとあるシステムの原型を開発する。

 その名は会社の名前を取って、ユグドラシルシステム。

 それがこの世界を動かす大規模中枢システムの名前だ。

 更にその翌年、大規模MMORPGであるnousを発表。

 ただのゲームではなく、もう一つの現実として。

 世界に新たな常識を生み出す試みとしてそれは発表された。

 当時は様々な批判がメディアから報じられたが、何をしたのか十大財閥の支援もあって見事多くのユーザーからの受け入れられ発表から3年後の2074年に本格的なサービスが開始された。


 その同年に、私の娘とカノラ君は小さな教会で親しい親族のみで式を挙げた。

 しかし、私はこの時知らなかったんだよ。

 あの世界が何を目的として作られたのかをね。 


 「この会社、色々とおかしい」


 と、ある管理担当者がそう言っていた。

 ユグドラシル社は本社に本体サーバーを置いている。

 しかし、ユグドラシル社の建設計画書を見るとそこには様々な違和感があった。

 本体サーバーを置くスペースなど何処にも無かった。

 つまり本社から隠れた場所にサーバーが置かれているかと思っていたが、いくら調べても全ての通信は中継地点を設けたとしても全て本社に繋がっている。

 しかし、本社の何処にも本体サーバーなど存在していなかった点。


 私をそれを息子から聞いてね、色々と本社について調べて見たんだ。

 まぁ彼はとても信用していたから、裏切るような真似をするとは思わなかった。

 財閥達に様々な監視を受けてまで、するような事ではないだろうとたかを括っていた。

 しかし、色々と細かく調べている内に不可解な点が挙がっていったんだ。

 専門的な話になるから簡略すると、主に以下の3点だろう。


 1、国籍も不明、身元も不明な通信が複数確認されその言語がこちらの物と一切一致しなかった点。

 2、サーバーが置かれている場所は確認された。

 しかし、ゲームが正常に運営されるような大規模サーバーが置けるような広さには到底足りない点。

 3、VRヘッドギアを動かしているラグアルドOSに存在しているブラックボックスをこちらの開発部で極秘に解析した結果、こちらで現在扱える技術を大幅に上回っていた点。


 以上の3点がユグドラシル社及び、彼の開発したVRヘッドギアを調査して分かった点であった。

 この報告を聞いて、色々と彼が怪しいと私は疑った。

 何か、こちらでは知られてはいけない何かの計画を裏で行っていると。

 私は彼を疑っていたが、ナウスが運用されてからこのデスゲームが行われるまでの期間、彼は何も怪しい行動を見せることなく平然と仕事を日々こなしていた。

 無事に娘を生まれ、君を今のご両親に預けたりと様々な事はあったがさして大きな事件などは起こらなかったよ。

 雅七の世話をしてくれたり、彼は彼なりに様々な役目、役割を果たしてくれたさ。


 しかし彼はデスゲーム開始の20分程前に何者かによって殺されてしまった。

 犯人はすぐに分かったよ、私の息子である月咲つきさであった。

 彼は私に報告してくれたよ、彼を殺していた事そして彼が裏であまりにも非人道的な実験を行っていた事をね。


 「お父様。

 あの男は、あの世界で収集したユーザーデータを元に戦争の模擬実験を行っていた」


 息子はそう私に連絡した後、私共々このデスゲームに巻き込まれたよ。


 彼の行っていた実験の概要は実に単純なものであった。


 この世界と全く同じ世界が他に4つ存在。

 そしてそれ等の世界に我々のデータを落とし込み、疑似人格を植え付けられた彼等は自分達がデスゲームに巻き込まれたと教え込まれ生き延びた物は現実世界へ帰還出来る。


 そう言う条件の元、我々のコピーとも言える存在は日々戦争を繰り広げいた。

 戦争は各世界で行われ彼等にとっての三年間を我々の1日へと圧縮され行われていた。

 通称、代理戦争と呼ばれたこの戦いはこのゲームが運用開始された翌年から連日行われていたらしい。

 しかし彼の指示の元で行われた代理戦争は決してクリアできる難易度では無かった。

 しかし、デスゲームの開始の前日初めてクリアされる。

 そして、それと同時に今回のデスゲームが起こるようこれまで生産されたVRヘッドギアに仕組まれたウイルス、及びシステムが稼働し今回の事件は引き起こされた。


 今回行われたナウス事件の大まかな全容は明らかになった。

 しかし、不可解な点が多く残っている。

 先に説明した3点の問題、それ等全てが解決されていないという事だ。

 更には、このデスゲームの目的。

 恐らく他の財閥達が何か握っている可能性がある。

 あるいは彼の生前に行われた例のやり取りで既に終えていた可能性もあった。

 今の段階でさえ、分からない事は多い。

 少なくとも、君の父親は我々を裏切ったのは事実だ。

 その報いとして彼を殺した私の息子にも責任はある。

 事件解決後にはその報いを受けるだろうな。



 お祖父様の話を聞いて私は言葉を失っていた。

 私の尊敬していたおじ様を殺したのは実の父親である事。

 そしておじ様自身は今回の事件を引き起こした発端である事。

 その間に生まれた隣にいるケイの存在。

 そして、これまで知ることの無かった代理戦争と呼ばれる戦い。

 しかし代理戦争というものがどういうものなのか上手く理解が出来ずにいた。

 お祖父様はその言葉に関してはやけに重く話していたので詳しく聞いてみる。


 「お祖父様、その代理戦争というものと私達に一体何の関係があるのです?

 私達の本体は無事で、そしてコピーと呼ばれる存在は何処にもいないではありませんか?」


 私がそう尋ねると、お祖父様は言葉に悩みながらもゆっくりと答えた。


 「私の説明不足だな。

 しかし少なくとも、例のダンジョンで直接戦っていたケイ君には分かっているみたいだね?」


 「まあ、薄々は察していたよ」


 隣に座るケイはそう答えた。

 何かを知っている、ソレがどういうものなのか何か嫌な予感が拭えない。

 いや確実にこれは知ってはならない禁忌のようなそう言う類いの……。


 「代理戦争で戦った者達のデータを利用し、ダンジョン内に巣食うモンスター達は設計されている。

 つまり、君達が現在ダンジョン内で戦闘しているモンスター達の元となっているのは我々と根本は同じ人間だという事だ。

 そして最奥にいるそれぞれの階層ボスこそ、例の代理戦争に勝利した僅かなプレイヤー達だ。

 彼等は姿や意識をこのデスゲームに合わせて変えられ君達と戦っている。

 あるいは君達と倒すことで、元の世界へと帰れるという条件でな……」


 「それって……。

 私達が現在、必死なって攻略しているダンジョンの敵は全て我々と同じプレイヤーだと言うのですか!!

 そんな事あり得るはずが……」


 「事実だよ。

 お前のお祖父様の話が本当だろうよ。

 あいつ等には知性があるって言ったよな、俺達人間のような知性があるって。

 俺達が撤退をした場合奴等は襲撃を辞めたよ、つまり俺達と本来戦いたくないという意思の現れだ。

 そんな事をわざわざするのは同じ人間でしかあり得ない。

 それも俺達のような戦争を知らない世代にとっては、誰かを殺すような真似を簡単にできる訳がない」


 「ケイは、何かを知っているの?」


 「あのダンジョンに待ち構えているボス達は、俺達だ」


 「俺達ってどういう意味です?」


 「第1階層は二人組のボス。

 一人は巨大な盾を構えた黒い甲冑の騎士。

 もう一人は巨大な片刃剣を構えた女剣士だ。

 あんな戦い方をするのは、クロとドラゴしかいない。

 第2階層のボスは数多の敵を使役するボスだった。

 状態異常と統率に優れたあのやり方、初戦は分からなかったが癖で理解が追い付いた。

 あれは間違いなくユウキだよ、わざわざこちらにヒントを与えてくる程だったからな」


 「それじゃあ貴方が彼等をダンジョンの攻略に勧めなかったのは……」


 「あいつ等に戦ってほしく無かったんだ。

 自分達をこの手で殺す戦いに巻き込む訳にはいかない。

 それに俺自身がもうあまり保たないんだ。

 前に言ったよな、俺は必ず死ぬ定めだって。

 多分それはあんたの爺さんの言っていた一つ目の点が理由だよ。

 俺は生まれた遺伝子の都合上長生きは出来ない。

 最大でも25年、先に亡くなったのはエルクの家族。

 その死因は俺の今侵されている物と全く同じものだ」


 ケイは、そう言うとお爺様に問いかける。


 「なあ、ミヤのお爺さん知っているんだよな。

 この病が何を原因として起こっているのかを、貴方は必ず知っているはずだ。

 40年前から稀に発生しているこの病、OTHER(アザー)と呼ばれるこの病の真相を貴方は必ず知っているはずだ」


 ケイの告げたその病気の名前を私は知っている。

 10数年前ようやく公にその病名が知れ渡る事になった病気の名前だ。

 その症状は体の五感を徐々に蝕み数年で死に至るとされている病で現在に至ってもその有効な治療法や特効薬がないものである。

 この病に感染力は全くなくそして症例も悪化するまで一切分からないことから難病とも呼ばれているのを過去に何度かメディアに特集が組まれていた事があったのを覚えていた。

 隣にいるケイがその病に侵されている事を知り、そしてお祖父様が何かを知っていると彼は言ったのだ。

 お祖父様が何故その病を知っているのか、動向が気になってくる。


 「どうして私が知っていると思っているのかね?」


 「以前に一度だけ、俺は今の両親から聞いたんですよ。

 俺の爺さんに当たる人物は俺の両親の結婚に大きく反対していたと。

 その理由が、今の俺の侵されている病に関係あると」


 「そうか……」


 「知っているのなら教えてほしい。

 この病は一体何なのか?

 そしてこの病はどうすれば治るのか?

 それとも治らないのかをな」


 「始めに結論から言おう。

 OTHERは今の現代医学では決して治る事はない。

 この病は、君の父親及び彼等の生まれた場所が関係するらしい。

 彼等と我々との間に生まれた子供が100%生まれてから10数年以内に必ず発症する事が現在確認されている。

 その理由は、君達の遺伝子と我々の遺伝子の相性が原因らしい。

 私もそれ以上詳しくは分からないがな。

 有効な治療法も現代階においては不明だ。

 私が君の両親の結婚に反対したのは事実だよ。

 君達二人の間に生まれた子供は必ず死ぬと。

 そう肝に命じさせたはずなのだが、君はこの通り生まれて私の前に現れてしまった。

 私では今の君を救えない。

 ましてこのデスゲームと化した今となっては我々も元の世界に帰れるかは分からないのが現状だ。

 本当にすまない、娘と父に代わって謝罪しよう」


 「治らないのなら、それでいい。

 ある程度は既に覚悟はしていたからな……」


 ケイはそう言うと先程までの気迫は無くなり意気消沈と化す。

 彼の気持ちもわからなくも無かった。

 もしかしたら何とかなるかもしれない、僅かな期待ではあるものの裏切られたら落ち込むに決まっている。

 仲間を裏切った報いとしてはあまりにも重すぎる、いや彼はこの病があったからこそ彼等との距離を取っていたのだ。


 ダンジョン内で倒すべき敵が自分達と同じプレイヤーである事。

 そして自分に残された命は短いという事。

 更には自身と親しかったであろうエルクをも失ってしまったのだ。


 彼が正気でいられるのが不思議なくらいであろう。

 その強さが、強がりなのか彼自身の強さなのかは私には分からない。


 「それでだ、ケイ君に一つ私から頼みがあるんだよ。

 雅七も聞いて欲しい、君達にしか頼めない事だ」


 お祖父様は私達にそう告げた。

 私達に一体何を頼む気なのであろう?


 「デスゲームの攻略条件にある3つのダンジョンを全て攻略して欲しい。

 恐らくそれに私や君達の求める真実があるはずだ」


 「正気かよ?

 ただでさえ、世界各国が攻略不可能と言われている難攻不落の迷宮だ。

 俺もそれを身に染みて理解している。

 俺達でそう簡単に攻略できる訳がないだろ」


 「君はそれでも攻略するつもりだろう?」


 「………。」


 お祖父様のその言葉にケイは何も答えない。

 自身が勝てないと、生きては帰還出来ない事がわかっていても彼はダンジョンを攻略する気なのだ。


 「君の意思は尊重する。

 その道に、雅七も連れて貰いたい。

 彼女にはこの世界の秘密を知る必要がある」


 「どういう意味だよ?」


 私も彼と同じく疑問に思った。

 この世界の秘密、つまりまだ何かこの仮想世界には秘密があるのだという事だ。


 「この世界はただのゲームとして作られていない。

 君の父親、カノラ・リールが何かの目的の為に設計したものだ。

 君や財閥達の持つエクストラスキル、恐らくそれはこの世界での何からの鍵を握っている。

 それを知る資格が雅七、君にはあるんだ。

 白崎グループとして、いや私達には知る義務がある。

 その道筋をケイ、明峰継悟君に切り開いて欲しい」


 「つまり、俺の目的に彼女を連れて行けと?

 何の命の保証も出来ない、この俺に?」


 「私が保証するよ。

 君なら必ずこのゲー厶を攻略できるとね。

 それに雅七は君の思うよりも遥かに強い、君の目的の助けになるはずだろう」


 「ミヤ自身はどうなんだ?

 確実な命の保証なんてない。

 それに、あんたはこんな裏切り者と共に行動出来るのか?

 俺が力不足だと判断すれば容赦なく見捨てる。

 それでも来る覚悟があるのか?」


 ケイが私にそう尋ねる。

 覚悟があるかと……。

 私の求める真実はこのデスゲームを乗り越えた先にあるかもしれない。

 お祖父様はそう言ってくれた。

 でも、その確証はない。


 だがアレを攻略しなければ私達はここで死ぬ。

 目の前にいる男はもっと早くに死ぬかもしれないのに戦うつもりなのだ。

 それに対して、私はここで逃げて誰かが攻略してくれるのを待つべきなのか……。


 共に戦う仲間がいてくれた。

 クロやユウキ、メイ、ドラゴ、シロ、フィル。

 もしかしたらヒナや、目の前にいる彼も……。


 様々な迷いや覚悟があって彼らは戦うと決めたのだ。


 では、私はどうなのだろう?

 おじ様の死因、その真相は理解した。

 探していた彼も見つけた。

 当初の私の目的は全て果たせたのだ。


 だがこれだけでは足りない。


 まだ何かがあると、お祖父様の話を聞いて確信したばかりではないか。

 そして、共に迷宮を攻略しようと私に言ってくれた黄昏を求めし抵抗者のメンバー達。


 ここで私が歩みを止める訳にはいかないのだ。


 答えは既に決まっている。


 「覚悟は決めました。

 私もあなたと共に戦います」


 そう告げると私は彼に右手を差し出した。


 「何の真似だよ?」


 「これからは私が私の目的の為にあなたを守ります。

 だからあなたも、あなたの目的の為に私を守りなさい。

 その誓いの為の契約です」


 「随分と重い契約だな。

 期間はいつまでだ?」


 「全てが終わるまで、あるいはお互いが死ぬまで」


 「本気なんだな」


 「ええ、勿論。

 互いに命を預ける身です、妥協はしませんよ」


 「その言葉、信じていいんだな」


 「信じるも何もこれは契約です」


 「その見返りは?」


 「私はあなたが生きて元の世界に帰れるように私の力の持てる限りで尽力します。

 だからあなたも、私がこの世界の一端へ辿り着けるように私に持てる力の全てで尽力してください。

 私から出せる条件はこれくらいです」


 「分かった、その契約を受けよう。

 俺の命を賭けて必ずこの世界を攻略する」


 「私もあなたが生きて帰れるよう命賭けて共に戦います」


 彼と握手を交わし、その契約は交わされた。


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