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第12話 共依存

 目の前には見知れた人達が立っていた。

 背の高いショートヘアー女の子と坊主頭の子柄な男の子。

 そして二人の間に割り込み手を繋ぐ、二人よりも背の高く長い黒髪の女が居た。


 男の子がはしゃいでこちらの方へと走ってくると、俺の方へと飛びついて来る。


 「おいおい。

 そんなに焦らなくてもお兄さんは居なくならないだろ、直人?」


 優しく、直人【ナオト】と呼ばれた男の子へと声をかける長い黒髪背の高い女は、男の子の頭を撫でるついでに自分の頭も撫でてくる。


 「二人のこと、よろしく頼むよケイゴお兄さん?」


 そうからかいながら微笑む女の顔から照れくさくなった俺は目を逸らす。

 子ども扱いする彼女の存在は、自分にとって天敵と言えるだろう。


 「じゃあ、二人を頼んだよ」


 そう言って二人の姉弟を自分に預けると、先程の彼女は自分達の両親の方へと歩き去って行く。


 「相変わらず身勝手な姉さんね……。

 あんなのより私の方が魅力的でしょう?」


 「暑苦しいからくっつくなよ、李亜」


 俺が姉に照れた事が嫌なのか、彼女の妹である李亜【リア】は俺の右腕にしがみつく。

 俺よりも2つも年上のはずなのに、未だに自分以上に子供である。


 「別にいいでしょう。

 直人だって、左腕にくっついているんだし」


 「それとこれとは別だ。

 両腕塞がれたら動けないだろ」


 「姉さんは動けていたよ?」


 とぼけながら答える李亜に対して少し呆れながらも俺は自分の意見を伝えた。


 「身長が違うだろ、俺とお前じゃあまり変わらない。

 体格差を考えろ」 


 「じゃあ、今から私の下僕になりなさい。

 姉さんの下僕には絶対にさせない」


 「俺はどちらの下僕でもない」


 「兄ちゃん、李亜と一緒になると苦労するよ」


 「ナオト?

 何が苦労するのかなぁ?」


 李亜が直人の方へ威圧気味に問いかけると、直人は途端に逃げ出す。


 「こらーー!!

 逃げるなぁ!!」


 怒鳴り散らしながら李亜は直人を追いかける。

 俺も仕方なく彼等の後を追った。


 少し走って曲がり角を抜けると、そこには先程両親の元へと向かった先程の姉の後ろ姿がそこにいた。


 そして気付けば自分は座敷部屋に立っている。

 黒い礼服を気付けば着せられていた。


 後ろ姿でも分かる、彼女は泣いていた。

 その理由に最初は理解が追いつかない。

 視線を僅かに上に上げると、すぐに理由を理解した。


 「李……亜、直人……?

 おじさん、おばさんまで……」


 先程まで一緒に居たはずの二人は、黒い額縁の遺影として姉を除く一家全員の分が置かれていた。

 複数の棺桶が置かれ、自分の足がゆっくりとそれ等の元へと動いていく。

 沢山の花に囲まれているその様子に、彼等が亡くなったことを悟った。


 「なんで……、さっきまで一緒に居たはずだ!

 なんで死んでいるだよ!!

 ふざけるなよ、俺をからかっているんだろ!!

 答えてくれよ!!」


 俺が声をあげる中、泣いていた姉が俺を強く抑える。


 「ごめんなさい。

 私が側にいてあげられなかったから……」


 「冗談だろ?

 なんでみんな居なくなるんだよ、なんで……」


 するとこの場に集まっていた者達は何も答えない。

 自分の両親もその中に居るが、母親は泣き崩れそれを父親がなだめていた。


 「済まない。

 涼香さん、継悟を連れ出してくれ」


 父親のその声に、俺を力任せに抑え付け彼女は俺をこの場から連れ出そうとする。


 「離せよ!!

 まだ、俺は納得出来ないんだよ!!

 おじさん達が……李亜が!、直人が!!」


 俺の声を無視し、あの場から2つ程離れた明かりも付いていない部屋へと俺を投げ捨てた。

 動けると分かりすぐに俺はあの場へ戻ろうとするが、彼女は再び俺を強く押さえつける。


 「離せよ!!

 俺ははまだ!!」


 「頼むからこういう時でも落ち着いて欲しいよ。

 君の気持ちも分かるからさ……」


 「だったら離してくれよ!!」


 俺は彼女を振り払い、座り込む彼女の前に立つ。


 「何も思わないのかよ!! 

 家族が死んだのに、あんたはこういう時でも何もしないのか!!」


 「私だって悔しいさ!!

 でも、どうしようもないんだよ!!

 死人は決して蘇らない、人間がどんなに優れていようが死人は絶対に蘇る事はないんだ!!」


 「死んでない。

 李亜も直人も、おじさんやおばさんも誰も死んでない!!」


 「お前なぁ!!」


 再び俺を強く押さえつけ拳を構える彼女。

 殴られると思い目を瞑るが、しばらく経とうとも何も来ない。


 頬に何かが当たる。


 触れた物を確かめると僅かにそれは濡れていた。

 目を開けて彼女の様子を見ると、拳を抑えて泣いている彼女がそこにいた。


 「なんで……、泣くんだよ?」


 「君を傷つければ、李亜達に何を言われるか分からないだろ」


 その言葉を聞くと、自分の込めていた力がゆっくりと抜けていく。

 そして、目の前の彼女は俺を優しく抱き締める。


 「君まで失ったら、私にはもう何も残らない」


 「そんなことはないだろう……、俺の両親だって他にもそっちの学校友人とか居るんじゃないのか?」


 「そうかもしれないな」


 そう言うと彼女は俺を強く抱き締める。


 「涼香姉さん?」


 「私が二人の代わりになるよ。

 そして、何があっても君の側に居る。

 もう二度と大切なものは失わせないと決めたから」


 彼女の言葉の意味が分からないまま気付けば意識はゆっくりと闇へと落ちていった。


 2097年 5月11日 未明


 「誰か居るのか?」


 誰かの気配を感じ、俺は辺りへと声を掛け問いかける。

 すると、手を上げてこちらへと一人の人物が現れる。

 長い銀髪のアバター、それはすぐにエルクであると俺は気づく。


 「エルクか。

 どうしたんだ、こんなに朝早くに何か招集か?」


 「いやいや、ただの夜這いだよ」


 その言葉に僅かに驚くがすぐに笑い始めた彼女の様子にすぐに嘘だと理解する。


 「ふざけてるだろ」


 「勿論」


 いきなりの訪問に一瞬戸惑った自分が馬鹿に思えたが、俺は彼女に要件を聞き返した。


 「何の用なんだよ、実際は?

 寝る前にも、多少は話してたばかりだろ」


 「まあ、その通りだよ。

 でもちょっと、昔の夢を見てね」


 昔の夢と言われ、俺はなんとなく事情を察した。

 自分も先程、同じような夢を見た。

 かつて彼女の身に起こった出来事に今現在も彼女は苦しめられている。

 俺もたまに思い返せば辛くなるが、それでも目の前の彼女に比べれば遥かにマシだろうと。


 「俺もさっき同じような夢を見た」


 「そうか……」


 「昔、あんたは俺に言ったよな。

 二人の代わりになるって、何があっても俺の側にいるってさ……」


 「そうだったね。

 確かに私は君に当時そう言ったよ」


 「俺に突っかかるのは直人の代わりか?

 そして、李亜の代わりに俺に対して好意的に接しているのか?」


 「さあ、どうだろうね」


 「でも、あなたは李亜でも直人でもない。

 どれだけ二人の代わりをしようとも、あなたは篠原涼香という他人だ」


 「そうか……」


 一言、彼女はそう告げるとゆっくりと武器を構え俺に向けた。

 彼女の動きに反応し、同じタイミングで俺も武器を構える。


 「少し場所を移そうか。

 ここじゃ周りの迷惑になるからね」


 「ああ」



 いつだって、意見の割れた時はこうして決闘をしていた。

 始めは勝てない前提。

 あの人はいつも自分より先に立っている。

 圧倒的な実力、そしてこちらの考えを読んでいたかのようにわざと負けてこちらの意見を優先する。

 結果が見えていても、あの人はいつだって俺達を優先していた。


 だが、この時は少し違った


 「何故今になって私と戦うか。

 理由が分かるかな?」


 「俺にはさっぱり分からないよ。

 ただ、何かの狙いがあるんだろう?

 これまでとは違う、何かの理由が」


 俺がそう言うと、エルクは僅かに微笑みたった一言の言葉を告げた。


 「ただのケジメだよ」


 ケジメだと彼女は告げた。

 ソレが何に対してなのかは分からない。

 ただ、今までの彼女とは何かが明らかに違った。


 続けて、彼女は一つの条件を提示する。


 「この勝負。

 もし私が勝てたら、私の要求を何でも一つ従う事。

 逆も同じく、君が私に勝てたら私は何でも一つ君の命令に従おう」


 「正気か?」


 「勿論、まあ私に出来る範囲なら何でもね。

 君が言うのであれば、私はそれに全て従う。

 君からしたらいい条件だろう?」


 「何を俺に命令するつもりだよ、エルク?」


 「さあね、私が勝ったら分かるよ。

 そして君の望みも、君が勝ったら言えばいい。

 まあ、今ここですぐに決める必要はないよ。

 この勝負、引くのも受け入れるのも君の自由だ」


 彼女の告げた条件に対して、俺は不審感を抱いた。

 今回のこの勝負、彼女には何かの狙いがあると。

 向こうは恐らく本気である。

 そして俺がこの勝負を引かない事を前提だと理解した上で行っているのだとすぐに察しがついた。


 お互いに何でも命令に従うという事。

 何かの覚悟が彼女にはある。

 そしてこの戦いで俺の何かを見極めようとしている。


 彼女の覚悟に対して、俺の答えは決まっていた。


 「分かった。

 その条件を受け入れるよ」


 俺の返答を聞くと、自分の目の前に決闘の申請メッセージが表示された。


 決闘の申請を受け入れますか?というメッセージに対して「はい」か「いいえ」の二択を突きつけられる。

 躊躇いもなく「はい」の表示を指でタップし目の前にカウントダウンが表示される。


 カウントダウンが開始。

 いつもは10秒という間であるが、今回に限っては60秒という比較的に長い時間。

 妙に長い時間、そして目の前の彼女は静かにこちらを見ている。


 「何が狙いだよ?」


 俺が尋ねると、彼女はゆっくりと武器を構えた。

 交渉の余地は無かった。

 勝てたら教える、いかにも彼女らしい反応だろう。

 逆の立場なら自分もそうするのかもしれない。


 思考を続ける中、カウントダウンは気付けば10を切っていた。


 自分も覚悟を決めて彼女と同じく武器を構える。

 鏡を見ているかのような同じ構えを取る。


 目の前に立つ彼女は、様々な意味で自分の目標としていた人だった。

 勝てた試しもない。

 自分に対していつも過保護な人だろう。


 亡くなった家族の代わりをする。

 自分の本心を押し殺してまで、それが気に食わない。


 あの人の感情は全て、あの日失った者達の代わりなのだから。

 それが彼女を形作っているのは仕方ない。

 どうしようもないことくらい分かっている。


 だからこそ、俺はあの人が嫌いだ。


 自分とあの人は似通ってる。


 あの人のやっている事は俺と全く同じ事だ。

 俺の間違いを認めさせる為に、わざわざ回りくどい事をする。

 俺がそれを理解している事を承知の上で。


 「気に食わないな、あなたのそのやり方は」


 「それは君も同じだろう?

 いや、違うな君が私の真似をしているんだよ」


 その瞬間、カウントダウンが切れるがお互いの体は動かない。

 彼女の言葉に動揺し、俺の動きが滞った。


 「……」


 俺が返答に迷い、沈黙をしていると目の前の彼女は構わず言葉を続けた。


 「私が弟達の真似をしていたのは確かだろうよ。

 でも君は昔の私の真似をしているじゃないか?

 私達は同類なんだよ。

 失った者、もう2度と戻らないと分かっていてお互いに代わりを演じている同類なんだからさ」


 ゆっくりと彼女がこちらへと歩み寄る。

 エルクの言った発言は恐らく事実だろう。

 彼女が二人の代わりをしているように、俺はあの人の代わりをしていた。

 俺達3人がふざけてる時でも、いつも達観としてこちらを見守る彼女の姿を、俺はいつの間にか真似していたのだと。


 「君は私に勝てない。

 私の姿を追い続けて、自分らしさも犠牲にした君に私が負けるはずなどないんだからさ」


 彼女の右手に構えられた細身の片手剣、俺にその剣先が向けられる。

 だが俺はすぐに向けられた剣を振り払い、攻撃に向かう。


 「久しぶりに見たよ、君のそういう姿は」


 一撃目に対して僅かに驚いた彼女であったが、すぐに彼女も攻撃へと体制を変えた。

 お互いの攻撃が交錯する。

 傍から見れば両者の攻撃はまず捉えられない程の速度で繰り広げられている。

 一瞬でも攻撃の読みを間違えば、その瞬間から体力の全損は免れないだろう。


 「以前よりは実力は上がっているか。

 でも、まだ足りない。

 もっと本気で来なよ!!」


 エルクが攻撃を振り払い、お互いに間合いを取り直すし息を整える。

 彼女の意図はわかっていた。

 俺から引き出そうとしているモノ、それがこの戦いを持ちかけた彼女の狙いなのかは分からないが。

 少なくとも使わなければ永遠に彼女に勝てないだろうと理解していた。


 デスゲームに巻き込まれて以降に使用可能になった俺のEXスキル、事象予測の存在を彼女は知っているのだから。


 「いいんだな、使っても?」


 「いいから本気で来なよ、早くしないと招集の時間になるだろう?」


 「……分かった」


 目の前の彼女は既に覚悟を決めていた。

 なら、こちらも応じよう。

 彼女とのこれまでに決着を付ける為に。


 俺はステータスウィンドウを開き、スキル枠の表示を開いた。

 そして、育成枠に付けていたEXスキルである事象予測をタップし使用枠へと移す。

 例のスキルが使用可能になった事を確認すると、俺はウィンドウを閉じ再び彼女と向かい合う。


 「準備が出来たみたいだね、ケイ」


 「そうだな」


 このスキルは人間相手には使いたくない物だ。


 武器を構える。


 ごく単純な一動作をしたにも関わらず目の前の視界が大きくブレた。


 体力ゲージの減少は一切ない。

 状態異常の表示もない。

 ただ俺自身のアバター 何らかの体調不良を引き起こしているかのようだった。

 だが、それでも負ける気はしない。


 倒すべき人。

 乗り越えるべき人。

 それは視界の先に捉えている。

 絶対に勝てる、それだけは知覚出来ているのだから。


 両者はほぼ同時に動く。

 お互いの武器の構えは鏡のように統一され、寸分狂わず両者の武器が衝突する。

 今までで最も重い一撃だ。

 全身の力を使ってようやく受け止められるような威力の物である。


 俺の俺の攻撃が彼女の力に負け僅かに重心がズレる。


 致命的な僅かな動きを見逃さず、エルクは再び攻撃を繰り出した。

 その間は一秒にも満たない一瞬の出来事。

 しかし俺はこの瞬間、勝利を確信していた。


 視界が一瞬純白の光に染まる。

 捉えているのは、線画のように描かれた彼女の攻撃。


 スローモーションを見ているかのような光景だった。


 線画のように描かれた彼女の攻撃。

 ゆっくりとこちらへ向かうソレに向かって軽く己の武器を振るって当てる。


 体の流れに合わせるようなゆっくりとした一振り。


 「パリ」と薄いガラスにヒビが入ったかのような軽い音が光の空間に響き渡った。

 その瞬間、光の空間に色彩が戻って行く。

 同時に、一迅の衝撃が辺り一帯へと響き渡る。

 両者の動きが止まり、その勝敗は決していた。


 「俺の勝ちだな、エルク」


 目の前の彼女は、唖然としていた。

 ありえないと、そう思わざるを得ない光景が自身の目の前に存在していたかのような様子だった。


 彼女の武器である細身の剣。

 その得物の半分が吹き飛び、俺の首筋を捉えている。

 武器が半分折られ、間合いは20センチメートル程足りない程である。

 そして俺の武器も同じく、彼女の首を捉え寸前で止まっている。

 しかし、武器は一切折れておらず彼女の首を確実に捉えていた。


 「あの一瞬でどうやって……」


 「事象予測の能力の一つ、事象否定。

 危険を察知し、相手の攻撃や行動を所持者に伝え必要に応じこれから引き起こされるであろう事象を任意で拒否する事が出来る。

 相手の攻撃を予測し一方的に無力化できるという能力。

 それが、このEXスキルの力の一つだよ」


 「なるほど……、そういうことか。

 確かにこの勝負は私には少々分が悪かったようだな。

 私の負けだよ、ケイ」


 彼女がそう告げるとお互いに武器を下ろし、俺は彼女に先程の約束に付いて問いかけた。


 「お互いの言うことを何でも一つ聞くんだよな?」


 「勿論だよ。

 君は私に何をお望みだい?」


 「エルク、あんたが俺に言おうとしたモノはなんだ?

 それが知りたい」


 俺がそう答えるとエルクは突然笑い出す。

 笑いが落ち着くと彼女はゆっくりと答える。


 「勝った上で、願いを聞くとは面白いね。

 まあ、約束だから仕方ない。

 この戦いから、共に逃げよう。

 それが私の望みだ」


 彼女の言葉に俺は唖然とする。

 何の意図があっての発言なのか、全く読めない。

 言葉の意味の通りなら、これは……


 「ケイ、私はね君を失わずに済むのなら私は何でもするつもりだよ。

 君が幸せで居てくれるのなら、それが君の幸福の為になるのならね」


 「どこまで本気だよ、その言葉は?」


 「質問が多いね、君はいつも……。

 私はね、君のやろうとしている事に対してあまり賛同は出来ない。

 だから、何をしてでも君を繋ぎ止める。

 それで君を失わずに済むのなら、君に嫌われても奪われても構わない」


 余程の自信があるのか、彼女はこちらを真っ直ぐと見つめる。

 少なくとも彼女の意思が本物である事に間違いない。


 「君は私が嫌いかい?」


 彼女の問い掛けに対して僅かに迷いが生まれる。

 やり方が気に食わない。

 この人のやり方は、どうしようもない程の自己犠牲だ。

 俺がいつも見てきて、かつて憧れたモノの成れの果てだと理解し歯痒い気持ちが奥底に残る。


 「あんたはそれでいいのかよ?

 自分の意思を押し殺して、俺なんかに費やしてそれで本当にいいのか?

 あんたのやり方は必ず後悔するだろ」


 「君には言われたくないね。

 こんな私を追って、何をもってか前のギルドも今のギルドからも離れた君には」


 「俺は、俺のやるべき事を貫くだけだ!」


 思わず声を荒げて反応してしまい、僅かに俺は戸惑う。視線を少し彼女から逸らし、続く言葉に迷う。

 すると、彼女はゆっくりと右手で俺の首筋に触れて呟いた。


 「君は、なんかじゃないさ。

 君がどれほど落ちぶれようと、今の私に残されたのは君しか居ない。

 だから私は君の為ならなんだってする、これは私が私の為に決めた事だ。

 誰かの為じゃない、ただの私の為の自己満足だよ」


 そう言い終えると、いきなり力を込めて俺を押し倒し絞め技で抑えられる。

 突然の事に俺は体制を戻すことすら出来ず彼女の力に任せて倒れるしか無かった。


 「ああそうだ、まだ勝負は終わってないよ。

 私はまだ降参していないからね?」


 そう微笑みながら俺を押さえつける彼女。

 何処か楽しそうに笑う様に、俺は自身の窮地に焦るしかなかった。


 「おい、ソレは流石にズルじゃないのか!!

 ここに来ていきなりだなんて!」


 俺の抗議に対して、彼女は喜々としながら返答した。


 「最後まで油断は禁物だよ、ケイ?

 まだまだ詰めが甘いなぁ。

 何年私と関わってきたと思ってるんだい?

 こういう不意打ちの想定くらい常にするものだろう?」


 「この状況でやることかよ!」


 気付けば自身の体力ゲージはかなり減っている。

 気付けば2割、このまま行けば敗北は確定する。

 しかしそれ以前に、この場で俺がロストすれば今日から行われる攻略に参加が出来ない。


 つまり、負けか降参の二択しか俺にはないのだ。


 負ければロストで攻略には参加出来ない。

 降参すれば先程交わした約束により、彼女と共に攻略から逃げる事になる。


 俺の犯した致命的なミスであった。


 「してやられたわけかよ」


 「そういう事だね。

 この際、素直に負けを認めなよケイ?」


 彼女はそう言う時には既に自分の体力は1割程。

 残された2つの選択肢。

 俺は既にどちらを選ぶのかを決めていた。


 「分かった、降参だ。

 負けを素直に認める」


 俺が降参の意を伝えると、決闘終了を告げるファンファーレが響き渡る。

 自分の時に鳴らなかったのは何故なのか、色々と思うところはあったが俺の負けに変わりは無い。


 「私の勝ちだね、ケイ」


 先程の俺の言葉をそのまま返し、得意気な彼女はゆっくりと俺から離れ立ち上がると俺へゆっくりと手を指し出した。


 「ほら、これで立てるだろう?」


 「そうだな」


 素直に負けを認め、彼女の下に従う。

 これからどうなるか、色々と思いやれると感じた。


 「じゃあ、集会に行こうか」


 「は?」


 彼女から言われた突拍子もない言葉に驚く。

 攻略から逃れようという彼女から、放たれたその言葉に俺は驚いていた。


 「行かないのかい、ダンジョンの攻略に?」


 「いや、さっきの奴と約束が違うだろ?」


 俺の言葉に対して、彼女は僅かに微笑み答える。


 「ああ、あれは嘘だよ。

 君の勝ちが決まっていなかったんだ、あの場で本当の事を言うわけないだろう?

 もしかして、ケイ?

 結構期待してた?」


 「いや、まさかそう来るとはな……」


 彼女の言葉に半ば呆れ、半分何処かで安心している自分がいた。


 「じゃあ、勝負が終わったから改めて私からの命令になる訳だな。

 私からの命令は、……」


 彼女は命令を俺に告げた。


 最初に聞いた時、彼女の言葉の意図が掴めなかった。

 彼女から告げれたたった一つの命令に対して、俺は納得がいかない。


 「どういう意味だ?」


 思わず俺は聞き返す。

 彼女の命令なのだから負けた俺は従うしかない。

 それは分かっている。

 だが、何故彼女の命令から■■の名前が出てくる?

 その理由が分からなかった。

 何故、■■に拘っているのだろうか?


 「意味なんてどうでもいいさ。

 だがコレは君にか頼めない事なんだよ。

 引き受けてくれるかい?」


 彼女は細かな理由など告げずこちらの返答を伺う。

 その言葉に対する答えは決めていた。


 「俺は勝負に負けたんだ。

 あんたの命令に従うよ。

 だが、あんたは俺が決して死なせない」


 俺がそう答えると、彼女は何かに納得したのか「そうだな」と答え、俺達は攻略者達の決起集会へと向かった。


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