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第11話 我等、黄昏を求めし

 2097年5月11日


 暗い回廊で閃光が煌めく。

 目の前で繰り広げられる戦いで引き起こされた光がこの場を支配し続けていた。

 辺りの外敵すらも全く寄せ付けない程の戦いは激しく、そして今も更に激しさを増していた。

 俺達四人に対して、相手はたった一人。

 しかし、俺達を相手にしつつも互角以上に奴は渡り合って見せていた。


 「ガラ空きだよ、君?」


 相手の男が右の指を鳴らす動作に入るを確認。

 音が鳴り出す前に攻撃の呼び動作と判断し俺は一気に加速し敵に向かい、踏み込んだ。


 瞬間、俺の目の前に先程の奴が繰り出したと思われるガラス質の刃が現れる。

 瞬時に構えた武器で振り払い、その刃を弾く。

 しかし、迎撃により生まれた隙に対して再び奴の攻撃が向かっていた。

 認識は出来ていたが体の動作が攻撃に間に合わないと悟った瞬間、銃声と共に現れたもう一つの刃が破砕した。


 「フィル、奴の放つ攻撃には常に細心の注意を払え」


 攻撃の主はそう言うと、左手に構えた拳銃を下げる。

 先程、発砲した銀髪の女性ことエルクは、敵の姿を遠くから見据え敵を観察している。

 俺達の師でもある彼女。

 切迫し焦っている中、この状況下であっても一番に冷静であった。


 「なるほどなぁ、その銃とその佇まい。

 君の事、何処かで見かけたなぁと思っていたんだよねぇ。

 お前、あの時番犬君のところに居た奴だよなぁ?」


 「さぁ、どうだかね」


 「君があの銀髪野郎本人だとは思わなかった。

 で、子犬ちゃん達とはどういう関係なのかなぁ?

 俺にも教えてくれよ?」


 すると男の背後に何かの影が視界に写った。


 「よそ見とはいい度胸だな!!」


 瞬間、凄まじい衝撃が空間へ響き渡る。


 「いいねぇ。

 やっぱり君はそう来ないとさ?」


 男の背後から攻撃を繰り出したのはケイであった。

 アイツの灰色のコートが衝撃ではためく。

 両者で繰り広げられる衝撃の強さが簡単に理解できた。しかし、背後からの攻撃に瞬時に反応した男の能力にも俺は驚きを隠せない。

 奴からは武装など見当たらないのである。

 それにも関わらず、奴が念じた場所には必ず得物状の武器が現れて来るのである。

 先程のガラス質とは違う、光の反射返さない特殊な造形の黒い剣にケイの攻撃は阻まれていく。


 「化け物かよ、アイツ……」


 俺がそう呟くと、エルクが俺とシロに話掛けて来た。


 「フィル、シロ。

 お前達は撤退の準備をしろ。

 アレを相手にするのは、流石に手に余る」


 「何言ってるんだよ!!

 もう何人かが奴に殺されてるんだ!

 ここで奴を止めないでどうするんだよ!」


 「君達だけでも逃がす、それが今出来る精一杯だ。

 撤退をしている間は私が奴を抑える。

 そして私の代わりに上へ状況報告を頼みたい。

 頼めるかい、フィル?」


 「何を言って……、

 ここで俺達があんた等を見捨てろって言うのかよ!!

 ふざけるのも大概にしろよ!!」


 俺がそう彼女に言い返すが、普段の彼女からは見られない声でこちらへ罵声を放つ。


 「状況をよく見ろ!!

 ふざけているのはどっちだ!!

 今の我々では奴には勝てない。

 捨て身なら可能性はあるかもしれないが……。

 しかし、ここはダンジョンだ。

 ここで、大きく消耗すれば今後我々も危ないのは明白だろう。

 それくらい君も分かるだろう」


 その言葉の直後、敵の攻撃が俺達へと迫る。

 お互いに距離を取り攻撃を回避していく。


 「逃げてくだけで、俺に勝てるのかなぁ?」


 「クソっ!!

 なんでこんな奴相手にっ!!」


 苛立ちを隠せない。

 認めたくはないが奴は強い、今の俺達よりも………。


 「あー、そうだ。

 こっちの方が少し面白くなるよなぁ?」


 不気味な笑顔を浮かべシロの方へと一気に詰め寄る。


 「嘘、私が見逃した……?」 


 「てめぇ!!」


 俺は自分の自身の安全などの身の振り構わず奴との間合いを詰めた。


 「じゃあ、君のソレ貰うね?」


 奴は腕を伸ばし、シロの腕を掴むと灰色のエフェクトが現れそして彼女を投げ捨てた。

 彼女に大したダメージなどは無いが、何かが起こったのは確かだった。


 その瞬間、俺の持つ大ぶりのナイフが奴の武器と衝突する。

 ガン、と重々しい音を立てて力が一瞬均衡する。


 「貴様!!

 シロに一体何をした!!」


 「おいおい、そんなカッカするなって。

 何か特別なモノをした訳じゃないんだからさぁ?」


 「何を言って……っ!!」


 瞬間、俺の腹部へ衝撃が奔る。

 奴から放たれた至近距離からの蹴りが直撃し吹き飛ばされる。


 すぐに態勢を取り戻し態勢を立ち直すが、衝撃の威力が凄まじかつたのかスタンの状態以上が8sと体力ゲージの隣に表示されていた。


 「さてさて、落ち着いたところでさっき何をしたのか説明してあげるよ?

 君のお望み通りね」


 そう奴は言うと、自分の右手を広げて何かのアイテムを出現させた。

 緑色の立方体の形をしたアイテム、確かアレはダンジョンから脱出する為の……


 思考がそこまで至ったところで奴が何をしたのかに気付いた。


 「これは、さっきその女から取ったモノだ。

 さっきお前達は死にぞこないの奴等に、これと同じモノを分けただろう?

 つまり、その女には今コレが無いんだよぉ?

 お前達が避難したところで、この女は逃げられない。

 まあ分け与えたところで、少なくともお前等の誰か一人はここで殺せるって寸法さぁ」


 「返しなさい!!」


 シロが男へと一気に間合いを詰め寄る。

 彼女の得意技である電気属性の輝きが、全身を纏っていた。


 「俺と速さで勝負か、面白そうだね」


 「私を甘く見ないで!」


 ケイの繰り広げていた速度の数倍はあろう速さでシロは攻撃を繰り出し続ける。

 並みの人間では2回防げればいいところだろう、しかし目の前のあの男は全ての攻撃を凌いでいた。


 「そんな……」


 「その程度で黒雷かよ?

 がっかりしたなぁ、本当に」 


 奴から振るわれた攻撃を紙一重でシロは防ぐとすぐに間合いを取直す。

 武器を鞘へ納める、彼女はすぐに抜剣の構えへと移った。

 構えへと移った刹那、彼女を中心に辺りの空気が一瞬で凍り付く。

 圧倒的な威圧感が目の前の男へと向けられた。


 「だったらその口、今から潰すわ」


 冷めきった冷酷な彼女の声に、俺の背筋が凍る。

 ガチでキレている、味方であるはずなのに俺は自身の実の危険を察した。

 彼女を中心に電気属性特有の、青白い光が彼女の鞘を中心に纏わり付いていき光の強さが頂点へと達する。

 瞬間、彼女の姿が青白い残像を残し消え去った。


 電気属性特有のエフェクトが辺り一帯に広がった。

 破砕音を響き上げ、シロの攻撃の手が一撃毎に加速する。


 轟々と鳴り響く雷鳴の如く、彼女の攻撃は激しさを増していく。

 まるで嵐のさなかに居るような、激しい衝撃が響き続けていた。


 しかし、違う音が鳴り響く。

 金属武器同士がぶつかり合う時に生じる音とは少し音が違う鈍い音が響き渡った。


 「残念、やっぱ君弱いね」


 パラパラと彼女の武器が砕け散り、ノーグの回し蹴りが彼女の体を捉えた。

 鈍い音が響き、シロの体が吹き飛ばされる。


 「貴様!!」


 武器を構え、俺は奴との間合いを詰める。

 両手に長めのサバイバルナイフを構え、至近距離での戦闘に持ち込む。


 「今度は君かい、トカゲ君!!」


 俺を取り囲むように、数十程の剣が出現。

 想定通りの動き、周りを取囲み逃げ場を奪うのは許容範囲だ。

 なら、全力でそれを潰せばいい。


 「ケイ!!お前の力を借りる!!」


 彼にそう叫び、スキルの発動を告げる光のエフェクトが発生を確認。

 スキルを使用を確認すると、俺は使いたい能力をアタマの中で強く念じた。


 この状況を打開する為に俺は第二層攻略時に入手した新規スキルを使用する。

 生命共有と呼ばれる、この世界がデスゲームと化した最後のアップデートで実装された新規エクストラスキルだ。


 この能力の利点は仲間パーティの能力を自分も使用出来るというもの。

 仲間が多ければこの能力はナウス史上最強のスキルであろう。

 味方の数だけ自分の扱える技が増えていくのだ。

 しかし、相応のデメリットも併せ持っている。

 能力を共有すると同時に、このスキル名の通り味方との体力も共有してしまうのだ。

 仮に俺がこの能力使用後、奴の攻撃で死ねばその死は共有の対象として使ったケイも同じく死亡してしまうのである。

 このスキルは安易には使用できない、しかし奴をここで野放しにすれば俺達全員が被害を受けてしまう。


 そんな事には絶対にさせない!


 そして、奴との現在の間合いは目視で予測するに間もなく10メートルを切る。

 この間合いなら、ケイのあの技が使えると俺は分かっていた。


 「来いよ、ノーグ!!」


 「お望み通り、お前から殺してやるよ!!」


 奴の掛け声と同時に待機された剣が放たれる。

 攻撃の軌道は読めている、何処を狙うかの軌道が手を取るように理解出来た。

 ケイの何かのスキルなのだろうか、攻撃が手を取るように把握出来る。

 間合いを詰めていき、奴の目前へと迫った。


 一撃を加えるが当然防がれる。

 右手に構えたナイフが容易く切り払われる。

 お構いなしに間髪入れず二撃目を加える、すると攻撃を軽くいなされ奴の間合いへと入り込んでしまう。


 致命的なミスだろう。

 次の奴の攻撃からの直撃は免れない。

 先程シロへと振るわれた回し蹴りが俺の体を捉える。


 だが、触れる寸前奴の目の前から俺の姿は消えている。唖然とした表情を抜かし、俺は奴の背後へと周り込んだ。


 「幻影重式……」


 「効かないんだよ、俺にはな!!」 


 俺の攻撃を読んだかのように、奴の回し蹴りが俺の体を再び捉えていた。初めから来る事を予測していた奴の動きだろうが、それでも構う必要はない。


 俺は奴の姿を視界に捉える。奴の位置を把握し、そして一気に動く。


 本命の一撃を浴びせる為に。


 ブンと空を切る音を立てて奴の攻撃が過ぎる。

 しかし、奴の視界の先に俺は既に居ない。


 ダメージエフェクトが奴の背後に現れる。 

 特有の破砕音が響き渡り、奴の体力ゲージを一気に削っていく。


 「クソがっ!!」


 「シロ!!」


 奴の罵声に構わず、俺は彼女の名前を叫ぶ。

 声に反応し視線を奴は彼女に向ける。

 先程砕けた彼女の武器は、電気属性により錬成された青白い光を放つ武器として姿を変えていた。

 そして、光流れるようにふっと消え去ると同時に彼女の姿は消えた。

 薄暗い空間に紛れ、そして奴の足元の影が捕食者の如く奴の体を蝕んだ。


 奴が声を放つ隙も与えない。

 激しい閃光を放ちながら青白く光輝く刃は。

 黒と白が入り交じる雷撃が奴の体を貫いた。


 「黒雷」


 シロが技の名を告げた瞬間、奴の頭上へ無数の雷が落ち続ける。

 引き起こされる光は強力なフラッシュを巻き起こし、その光に黒さえ交じるようにも見えた。

 彼女の代名詞とも言えるこの技をまともに受ければ流石の奴も倒せるはずだろうと思った。


 しかし、次の瞬間鳴り響く光よの嵐が突如として止む。


 「ハハハ……」


 不敵な笑い声が聞こえる。

 声の先にあるのは、ダンジョンの床に武器を突き立て奮い立つ奴の姿である。

 無傷では済まなかったのか、装備の耐久力がかなり落ちそして体力も半分を切っている。

 しかしそれだけだった、奴から放たれる威圧感のようなものは以前として変わらない。


 むしろ悪化しているとさえ思えた。

 その思考が過ぎった頃、ケイとの間に発動していた生命共有のスキルの効果が消えた。


 「痛えぇ、流石に効いたわ。

 前に刺された以来だな。

 相変わらず、ボロい機械を使ってるからだが痛みには慣れねぇなぁ?」


 瞬間、俺の体が僅かに宙に浮いた。

 少し遅れて腹部から全身に衝撃が奔る。


 「まずお前から死ねば?」


 衝撃で体の動きが止まる。

 一瞬、凄まじい目眩に襲われ平衡感覚を失う。

 抵抗も出来ず、奴の攻撃が直撃した。


 「……ィル!!」


 誰かの声が聴こえる中、俺の意識が途絶えそうとしていた。

 声の主に抱き止められるが攻撃の勢いは殺せず壁へ俺ともう一人が叩きつけられた。

 俺と壁の間に挟まれたのが原因なのか声の主の体力もかなり減少しているはずだろう。


 「大丈夫……、フィル?」


 意識が徐々に鮮明となり、俺助けた人物の姿が露わになる。

 体力は残り半分近く、そして俺の方を見て優しく声を掛けて来たのはシロであった。


 「シロ……なんでお前が」


 「今はいいから、早く……」


 彼女が言葉を言い掛ける前に奴は忽然と俺達の前に現れる。


 「何生き残ってるんだよ、お前?」


 その言葉を最後に俺達の意識は途切れる。

 何が起こったのか、理解が追い付かずただ憤りが頭の中を支配していた。


● 


 2097年 6月1日


 「以上が私達がケイ達を見た最後です」


 黄昏の狩人のメンバーであるシロという人物は、私達に事の次第を言い終える。

 驚き以外の何者でもない感情が思考を支配していた。 

 白狼が死んだと。


 目の前の二人が全く敵わない程の強力なプレイヤー。

 少なくとも、今の我々と同等以上の実力者であるとクロ達の反応を見ればなんとなく分かる。

 雰囲気以外にも、黄昏の狩人という組織の力は一時期ナウス内に名を轟かせた程だ。

 彼等がそう簡単にやられるはずがない。

 ダンジョン攻略の最前線に居る彼等が敵わない相手を、これから私達が相手にしなければならないのだと。


 「私達はあの戦いで倒されDLをまた一つ失いました。

 私達は以前にも、第二層の攻略に参加した際にも一度失っていますから。

 あと一回、あのダンジョンで死ねば私達は終わりです。あちらに残されたケイとエルクさんがどうなったかは現在もわかりません。

 少なくとも彼女に至っては一度向こうで死んでいるのは確かです。

 ケイがどういう状況なのかはわかりませんが……」


 シロからの話を熱心に聞き、クロは一つの疑問を彼女へ尋ねる。


 「エルクさんの方も連絡が付かないのか?」


 質問に対して、シロはすぐに答えた。

 僅かに暗い表情を浮かべながらもゆっくりと言葉を続ける。


 「はい。

 一応、彼女にも連絡は取ったんですけどね………。

 しかし、現在も返事はありません。

 余程緊迫している状況、あるいは既に……」


 少し考え込むと、クロは再び彼女へ問いかけた。


 「エルクさんとアイツがそう簡単にやられるのかよ?

 仮にもお前等と同等以上なんだろ、簡単に死ぬ訳がない」


 クロの言葉に僅かに苛ついたフィルが反論をする。

 認めたくはないという葛藤が、彼の中ではあったのだろうが自分の弱さに対してが一番彼にとって辛いようにも見えてくる。


 「だったら、四人掛かりで負けた俺達二人はどうなるんだ?

 奴は俺達より遥かに格上だった。

 俺達は明らかに全力だった、だがそれでも奴の足元にも及ばなかったんだよ!!」


 拳を握りしめ、フィルはそう言った。

 彼等が全く敵わない程に、気付けばノーグという人物は彼等よりも遥かに強くなっていたのだと。


 フィルの嘆きに対して、ソレを諭すようにクロは二人に言葉を投げかける。


 「多分、アイツのことなら大丈夫だろうよ。

 恐らく今も必ず生きているはずだ。

 わかっているのは、少なくとも現在はダンジョンの攻略は行われていないという認識で良いんだろ?

 つまりだ、ケイが生きているなら奴等の組織であるアントについて色々調べている可能性が高い。

 恐らく、ダンジョンにも既に居ないのだろうな……。

 連絡を通さないのは何らかの理由がある、そうと考えるのが自然だろう?」


 クロは冷静に分析をしそう彼等に言うと、シロは驚きの表情を浮かべながら問い掛ける。


 「怖くないんですか、ケイがもう死んでしまったかもしれないのに……」


 「アイツがそう簡単に死ぬわけない。

 ケイの実力は俺達が近くで見て十分に分かっている。 それに、俺達よりも長く関わっていたお前等二人がアイツの生存を信じないでどうするんだ?

 アイツは必ず生きている、それ以外あり得ない。

 お前達は、自分達を放っておいたアイツを殴る用意でもしておけばいい。

 引っ張り出しててでもアイツをここに連れ戻す、そうだろう?」


 クロの言葉にシロとフィルはゆっくりと頷く。

 そしてクロはそのまま話を続けた。


 「俺達から一つ提案があるんだ。

 俺達のギルドと合併しないか?

 現在俺達も、例のダンジョンの攻略を目指しているんんだ」


 「本気なんですか、クロさん?

 今のあなた方の実力では流石に厳しいのでは?」


 「以前、ケイにもそうやって俺達がダンジョンの攻略に挑むのを反対されたからな……。

 それが原因で、今アイツは俺達のギルドから距離を取っている。

 だが、アイツばっかりに格好付けられても嫌なんだよ。

 俺達だって戦える、あの場所でアイツと肩を並べてあのダンジョンの脅威を乗り越えたい」


 クロの言葉に対して、フィルは問い詰める。


 「実力は今のところどうなんだ?

 何か、宛はあるのかよ?

 そこに居る見ない顔の奴と何か関係があるのか?」


 「今も上げている段階だよ。

 先月よりはかなりマシになってはいる。

 そこで聞いている軍神からのお墨付きは貰えてる程度だがな」


 「軍神?ってまさか、そこに居る奴ってワルキューレの軍神かよ?!

 なんでそんな奴がこんな所に居んだよ?!」


 フィルがこちらを見てかなり驚いた様子である。

 確かにワルキューレという名前は彼等にとって相応の存在なのだろうと今更ながらに思う。

 フィルが何かの説明を欲しているように見えたので、私から話を切り出す事にした。 


 「現在、こちらに居ないもう一人の存在であるエルクに私を監視するよう依頼を受けているんです。

 しかし彼女が自らの仕事の都合上で付けない今、私は現在彼等の元で共同生活をしているんです。

 私はここでお店の手伝いや雑用等もやっております。

 彼等とは対等の立場を私自身からお願いしたんです。

 だから、お二人もそこまで畏まらず接してもらって構いませんよ」


 「そうか……。

 いや、軍神って言えば傍若無人で凄いワガママな女指揮官だって噂で聞いてたから驚いたよ。

 見る限りはそんな気配は感じないからな」


 「フィル、ミヤさんに失礼でしょう?」


 「シロさん、顔は笑ってるけどなんか怖いですよ?」


 「何か言ったかな?」


 すると、何かの物音が足元から響く。

 少し視線を向けると、シロの靴がフィルの足をガッツリ踏み込んでいたのだ。

 現実であれば相当な激痛だろう。

 先程の失礼な言葉は多目に見てあげようと少し思った。


 「いえいえ、何も……」


 フィルはそう言うと冷や汗を書きながら背筋を立てて彼女へと答えた。

 シロと名乗った彼女の言葉には一切逆らえない彼の様子に流石に可哀想にも思える。

 この人物に対しては流石の白狼も頭が上がらないのだろうとなんとなく察しが付いてくる。


 すると、シロは軽く咳払いをし話を戻す。


 「お話は分かりました。

 クロさん達のギルドとの合併の件、了承します」


 「シロ、本気なのか?」


 「うん、私は本気だよ。

 今は少しでも仲間が欲しい、それが彼等なら凄く頼もしい限りだと思うでしょう。

 それはフィルも同じ考えじゃないのかな?

 彼等の実力は戦力として十分だと思う。

 それにミヤさんの協力もあれば私達自身の実力も引き上げられると思うから」


 「お前がそう言うなら俺はそれに賛成するよ。

 俺達二人だけでは、流石にキツイ段階だろうとは分かっていたからな……」


 「じゃあ、合併に関してはお互い承諾という事でいいんだな?」


 「はい。

 それでは、どちらが新しいギルドマスターにしますか? それに、新しいギルドの名前に関しても決めないといけませんね」 


 シロがそう言うと、私と同じく控えていたドラゴが口を開く。


 「私はシロさんか、クロのどちらかがリーダーをするべきだと思う。ほら、名前もシロとクロで語呂良いしそれに二人がリーダーになればお互いきっと上手くまとまれると思うから、なんて……」


 彼女の言葉にシロが僅かに微笑むとクロ達に一つの提案をする。


 「では、私からの提案としてクロさんが新たなギルドマスターというのでいかがでしょう?

 私が副ギルドマスターとして、可能な限りのサポートを致します。そして、可能であれば副ギルドマスターを私ともう二人を任命して欲しいです。

 候補はユウキさん、そしてミヤさんを推薦したいのてみすがそれに関してはお二人はどうでしょう?」


 「僕は構わないよ、今と似た立場になるだろうからね。

 黒雷さんにそう推薦して貰えるのなら、喜んでお引き受けしますよ」


 ユウキはそう答える時には、私の答えは既に決まっていた。


 「私も構いません。

 私にも果たしたい目的がありますから。

 その目的の為にあなた方が協力をしてくれるのら、私もあなた方の為に喜んで力をお貸し致します」


 私が答えると、クロがゆっくりと言葉を告げた。


 「そうか、そう言ってくれるなら俺がギルドマスターを引き受ける。

 お前達の期待に添えるように頑張るよ」


 「ありがとうございます。

 じゃあ次はギルドの名前ですかね?

 フィルは何か案があるかな?」


 「案って、突然振られても困るんだが……。

 俺達のギルドは「黄昏の狩人」で、お前等のギルドの名前は確か……」


 「悠久のレジスタンス……。

 ギルドを作る時に、俺とユウキとドラゴがノリで名前を付けた名前だよ」


 「そうだったね…あはは。

 ねぇ、じゃあ名前を合わせるとかかな?」


 ドラゴがそう提案し、フィルはお互いのギルドの名前を合わせる案を試行錯誤していく。


 「合わせるだと悠久の狩人、黄昏のレジスタンス?

 少し変な感じがするかな?

 どちらかの名前に合わせるでも良さそうだと思うよ」


 確かに変に名前を合わせても違和感しかないのなら変えないのも一つの案である。

 クロも同じ考えなのか、少し納得していた様子である。


 「それもそうだよなぁ。

 フィル達は、今のギルドの名前に何か思い入れでもあるのか?」


 「思い入れというかな……、俺がこのギルドの名前を付けたんだよ。元々は、俺とシロとケイの三人を示す名前だったんだ。ナウスを始めて、それからメイと出会ったがギルドの名前はその当時のままだからな」


 クロがそう言うと、シロが補足をするように説明を続ける。


 「私達のギルドは元々、私の為にフィルとケイが作ってくれた私の居場所が始まりなんです。

 現実世界での私は生まれつき障害があって、補う為に特殊なVRヘッドギアの装着を常にしなければならないんです。でもそれが少し見た目が不格好で周りからはいつも距離を置かれていたんです。

 でも、二人はそんな私を気にせず対等に接してくれたんです。そしてナウスの中でなら誰からもそんな差別は受けないで済むって教えてくれて、それで私達はこのギルドを作ってくれた。

 それが私達のギルドの始まりです」


 「ケイとお前がねぇ……」


 「何だよ、おかしいのか?

 こっちは小学校から二人と付き合いがあるんだよ。

 分かるだろ、その……、あの年代辺りならシロが浮いてしまうのは仕方なかったんだと思うよ。

 まあ、俺とケイはそんな奴等に嫌気が差してシロの意見を無視してでも関わったていたからな……」


 照れくさそうに答えるフィルに続けて、シロが言葉を続けた。

 何かを思い出すように、懐かしそうに彼女は語っていく。


 「最初は本当に面倒な人達だなって思ったんですよ。

 でも、あの二人から関わっていく内に私から折れて気付けば毎日のように三人一緒にいましたから。

 私達三人を示すの言葉が黄昏なんです。

 日は沈み前が見えなくても、私達は変わらずここに居られる。

 今は暗く何も見えなくても、いつか必ず光が照らしてくれる。照らしてくれる物が無いなら、自分達が必ず見つけ出して手を伸ばす。例え、どれだけ遠くに居ようとも私達は共に居られるとケイは私に言ってくれましたから」


 「アイツがそんな事を?」


 クロが驚いた様子でシロに尋ねるとゆっくりと彼女は答えた。


 「昔の彼は、今程冷たい性格では無かったんです。

 それこそ、クロさんやユウキさんのように明るくてムードメーカーのような存在でしたから。

 でも、いつの間にか彼は私達とは遠くにいるような感じを漂わせるようになりました。

 何処か遠くを見据えている、まるでここには本物の彼は居ないかのような達観としている今の彼へと変わったんです」


 「本当、いつの間にかだったよ。

 一番近くに居た俺もアイツの変化はある日突然だったからな。

 まあ心当たりがない訳じゃないんだが……」


 フィルはそのまま言葉を続ける。


 「知ってるだろ、俺達の師匠はエルクなんだよ。

 俺はあの人を姐さんって慕ってた。

 戦い方の師匠でもありそして絶対に乗り越えてやるって決めたライバルでもあった。

 俺達三人、勿論メイにとってもな……。

 アイツが変わったのは、姐さんの家族の葬式からだったはずだよ」


 「エルクさんの両親が亡くなった事が原因ってどういう事だよ?何でそれがアイツの変化と関係ある?」


 「簡単だ。

 あの人が一番折れていた頃、アイツは自分を深く追い詰めていたんだよ。

 目の前で泣いている人間を見ている事しか出来ない無力さに苛立ちと哀しみに暮れていた。

 そして、いつの間にかアイツ自身の心は少しずつ壊れていった。アイツの目の前で泣き続けたのが自分の大切な人であって、失ったのは家族のように親しかった人達であれば尚更だろうよ。

 俺だって目の前で仲間が泣いているなら黙っていられないからな……」


 「それでアイツは変わったのか……。

 いや待て、何でアイツがエルクさんと現実でそんなに深く関わっているんだよ?」


 「言ったろ、俺達の師匠だって……。

 俺達が黄昏の狩人を作る以前からも、俺達はエルクと関わっていたんだよ。特にケイ、アイツが一番深く関わっていたのはメイもシロもよく知っているだろう?」


 フィルがそう言うと、シロとメイは小さく頷く。

 彼等とエルクがナウス以前から深く関わっていたという事実に私は驚きを隠せない。

 そして、彼とエルクの関係性についても……


 「簡単に説明するとだな、姐さんの両親とケイの家族とは昔からの知り合いだったんだ。そして姐さんは下に妹と弟が一人ずつ居て、そいつ等とケイもとても仲が良かったんだよ。姐さん自身も、ケイを実の弟のようにかわいがって本当に仲のいい奴等だって俺とフィルは思っていたさ。

 だがそんな平和な時間は長くは続かない。

 姐さんの家族は、姐さんが高校の修学旅行から帰ってくると全員亡くなっていたんだ。弟達の遺体は酷く傷んで、両親はそのショックからなのか遺書と姐さんを残して自殺していた。

 今も忘れないよ、あの人が色々と可笑しくなってケイは呆然と見ているだけだったからな」


 彼から告げられた衝撃の事実に私達は言葉を失う。

 あまりにも辛すぎる過去に、思わず涙が漏れそうになる程だった……。


 「壊れたアイツを支えたのは、一番辛いであろうエルクだったよ。

 そして脆く弱かったエルクを支えたのもアイツだった。 アイツの強さは元々姐さんの為なんだよ。

 自分が強く自立すればきっとあの人も報われるだろうと今も本気でアイツはそう思っているんだ。

 だからいつもアイツは大人びて無理してでも振る舞っているんだよ。姐さんの為に、自分がもう大切な誰かを失わせない為にな……。

 姐さん自身は、アイツを実の家族のように思ってるのだろうよ。姐さんにとってアイツは残された唯一の肉親みたいな存在なんだろうな」


 話を終えてフィルは周りの様子を見ていた。

 自分が失言をし過ぎた事に気付き慌てて首を振る。


 「少し話し過ぎた……。

 アイツには黙っておいてくれ……」


 フィルの言葉の後に私達の間でしばらくの沈黙が続く。しばらく経つとクロがゆっくりと口を開いた。


 「……そうか、アイツが俺達をダンジョンから遠ざけたのは単に実力不足だけが理由じゃなかったのか……。

 ダンジョンを失う事を誰よりも恐れていたのはケイ自身……。

 俺、アイツに酷い事を言ってしまったな……、

 一年近く共に過ごしたあいつ等はお前にとって何だったんだ?取るに足りない無意味な存在だったのか?ってさ……。

 取るに足りないなら、俺達をとっくに見捨てていたはずだったろうに……」


 クロはそう呟くとゆっくりと立ち上がりこちらを見渡す。

 そして私達に向けて話掛けた。


 「アイツは必ず生きている。

 そして今もきっと一人で背負って戦うつもりだ。

 それは今の俺達では到底敵わない強大な敵だろうよ、だがアイツはそれでも俺達の為に抗っている。

 たった一人で格好付けようとしている大馬鹿者だ。

 アイツが一人で抗っているのに、俺達が何もしないのは駄目だ。

 アイツが俺達の為に戦うのなら、俺達もアイツの為に戦おう。

 俺達はアイツと共に、この世界に抗う抵抗者の一人だ。

 だから追い付こう、アイツの目指す場所までな」


 私を含むギルドのメンバーが全員頷くと、何か思い浮かんだのかドラゴが立ち上がり自身のストレージからホワイトボードを目の前に出現させた。


 「ドラゴ、急に立ち上がって何かあったのか?」


 「少し待ってて、今浮かんだの!」


 「浮かんだって、何がだよ?」


 彼女はクロの質問に構わずホワイトボードに何かを書き続ける。

 そして書き終えると、こちらに描いた板面を見せた。


 「いいから、はいコレ!」


 彼女はそう言うと自慢げにソレを紹介する

 そこに描き出されていたのは、簡単に描かれた河井動物達の絵、そして何かの文字列である。


 【黄昏を求めし抵抗者】


 そう書かれた文字列を誇らしくドラゴは説明を始めた。


 「さっきのクロの言葉でピンと来たんだ。

 『俺達はアイツと共に、この世界に抗う抵抗者だ』って言葉」


 「いや、それは……」


 「いいの!さっきのクロは格好良かったし、それにさっきの言葉でピンと来たんだ。

 私達一人一人が一緒になって戦う、勝てるかは正直分からない。でも、一緒になって抗えばきっと勝てるかもって思ったの。

 私達ならきっと出来るってクロはそう言ったんだかさ。

 だからもうこれしか無いって思ったの!

 黄昏の狩人、悠久のレジスタンス、一緒に同じ場所を求める仲間だから……。

 私達は黄昏を求める抵抗者、そこから少し変えて【黄昏を求めし抵抗者】だってね!

 もうこれしか無いって思ったの!」


 大きくはしゃいでそう自慢げに言う彼女に、クロとユウキ、私を含めてギルドの仲間は全員笑い始める。


 「どうして笑うのよ?

 これじゃあ駄目……なのかな?」


 「いえ違いますよ、ドラゴさん。

 ね、クロさんもそうでしょう?」


 「ああ、それで決まりだ。

 俺達の新たなギルドの名前は黄昏を求めし抵抗者だ。

 全員満場一致だよ」


 「そっか……うん。

 じゃあ決まり、これからみんな頑張って行こう!!」


 彼女の明るい一声に私達は新たな一歩を歩み始めた。


 黄昏を求めし抵抗者。


 それがこのギルドの新しい名前だ。

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